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一番目の願い  作者: Kentarou Theater
その1

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3/13


その夜、愛子は夢を見た。


夢の中で、愛子は広い、何もない真っ白な空間にいた。地面も天井もなく、ただ光だけが広がっている。


「やっと、ここまで来たね」


声が聞こえた。愛子が振り返ると、そこには誰もいなかった。ただ、光そのものが、まるで意識を持っているかのように、ゆっくりと脈動していた。


「あなたは、誰?」


「私のことは、好きに呼んでいい。神様でも、宇宙でも、法則でも。みんな違う名前で私を呼ぶけれど、本質は同じだ」


愛子は身構えた。けれど、不思議と恐怖は感じなかった。


「あなたが……願いを叶える存在?」


「叶える、というよりは——きっかけを与える、と言った方が正しいかな」


光が、わずかに形を変えた。まるで、ゆっくりと回転する万華鏡のように。


「人は生まれた時、誰しもが、心の中にひとつの『種』を持っている。それを、私たちは『一番目の願い』と呼んでいる」


「一番目の……」


「そう。それは、その人にしか持てない、その人だけの願い。生まれながらに与えられた、最も純粋な方向性だ。もしその種を、誰にも踏みつぶされず、誰にも歪められず、最後まで育て続けることができたなら——」


光が、一際強く輝いた。


「それは、信じられないほど簡単に、現実になる。子供が指をさすだけで、欲しいものが手に入るように。まるで、世界そのものが、その人のために用意されていたかのように」


愛子は、心臓が早く打つのを感じた。


「でも……簡単じゃない、んでしょう?」


光は、少しだけ、寂しげに揺れたように見えた。


「そうだ。簡単ではない。なぜなら——人には『煩悩』と『欲』が、同時に与えられているからだ」


「煩悩と、欲」


「人は成長する過程で、無数の『欲しいもの』に出会う。お金、地位、誰かからの評価、安全、安心、見栄、嫉妬、怒り、比較。それらは、決して悪いものではない。生きていくために必要なものでもある。けれど——」


「一番目の願いから、目をそらしてしまう」


「そうだ」光が頷くように動いた。「多くの人は、成長とともに、自分の中にあった『最初の種』を、忘れていく。あるいは、『そんなものでは生きていけない』と、自分で踏みつぶしてしまう。そして、より目に見えやすい、すぐに手に入りそうな、別の願いを追いかけ始める」


「それが、二番目の願い……?」


「正確には、二番目、三番目、四番目——無限通りの願いだ。私は、一番目の願いが見失われた時のために、無数の代替の願いを、あらかじめ用意している。いわば、保険のようなものだ」


「保険……」


「だが、それらは一番目の願いに比べると、どれも数段劣る。そして、何より——叶えるのがとても難しい」


光が、ゆっくりと、何かを愛子に見せるように動いた。映像が浮かび上がる。古びた研究室。何百個もの試作品が、壁一面に並べられている部屋。


「ある男がいた。彼は最初、ごく早い段階で、ある発明品の、最初の形に辿り着いていた。フィラメントを使った、小さな光る球」


「電球……」


「彼は、それに満足しなかった。もっと良いものがあるはずだと、別の素材を、別の形を、別の方法を、探し続けた。竹、綿糸、白金、様々な金属——二万通り近い試行を重ねた」


愛子は、息をするのも忘れて見ていた。


「そして、最後に彼が辿り着いた答えは——」


光が、静かに告げた。


「最初に手にしていた、フィラメント型の電球だった」


部屋の中の映像が、ゆっくりと巻き戻されるように動き、最初の試作品——細い糸状のフィラメントが灯る、小さな光——にピントが合った。


「彼は、二万通りの『二番目以降の願い』を経て、ようやく『一番目の願い』に戻ってきた。それが、彼にとっての真実だった」


愛子の声は、震えていた。


「……それじゃ、最初からそれを選んでいれば、二万回も失敗しなくてよかったのに」


「そうかもしれない。けれど——」


光が、初めて、何かを愛おしむような色を見せた。


「その二万通りの道のりの中で、彼は多くのものを学び、多くの人と出会い、多くの技術を生み出した。それもまた、彼の物語の一部だ。一番目の願いに『戻る』までの道のりに、無駄なものは何もない。ただ——」


「ただ?」


「一番目の願いを『手放さなかった』者だけが、最後に、それに辿り着くことができる。途中で『もう無理だ』と諦めて、別の場所に立ち止まってしまった者は、二番目以降の願いの中で、人生を終えることになる」


愛子は、自分の中に、何か熱いものが宿るのを感じた。


「私の……一番目の願いは……」


「それは、私が教えることではない」光が、優しく、しかし確かに言った。「お前は、もう知っているはずだ。四歳の冬、神社の夜に、心の中に灯したもの」


愛子は、はっとした。


あの夜の記憶が、鮜やかに蘇る。母の寂しげな目。絵馬の音。布団の中で抱きしめた、温かくて、柔らかくて、どこまでも広がっていく、何か。


「それを、忘れないように。それを、誰にも踏みつぶされないように。それを、最後まで、追い続けるんだ」


光が、ゆっくりと、薄れていく。


「もう一つ、伝えておくことがある」


「何?」


「お前の母も、かつて、ここに来たことがある」


愛子の胸が、どきりと跳ねた。


「お母さんが……?」


「彼女もまた、一番目の願いを持っていた。だが——」


光が、初めて、悲しみのようなものを見せた。


「彼女は、その願いを、自分の意志で『手放した』。理由は、彼女自身が、お前にいつか話すだろう。私が言えるのは、ここまでだ」


「待って——」


愛子が手を伸ばしたところで、視界が真っ白に染まり、夢は終わった。


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