二
時は流れ、愛子は中学三年生になっていた。
紺色のセーラー服に身を包み、教室の窓際で頬杖をついている彼女は、クラスでは「静かな子」として知られていた。成績は良いが目立たない。部活もしていない。休み時間は本を読んでいることが多い。
その本のジャンルは、いつも決まっていた。星、宇宙、生命の起源。図書室の科学コーナーの本は、たいてい彼女が一番先に借りていく。
「愛子、また理科の本?」
クラスメイトの美咲が、机の上に置かれた本のタイトルを見て笑った。『生命はどこから来たのか』。
「うん」
「飽きないの、それ」
「飽きない」愛子は短く答えて、また本に目を戻した。
美咲は肩をすくめて、別の友達のところへ行った。愛子はそれを気にする様子もなく、ページをめくり続けた。
放課後、愛子は一人で帰り道を歩いていた。空はオレンジ色に染まりかけていて、電線にはたくさんの鳥が止まっていた。
ふと、川沿いの道で、小さな女の子が泣いているのが見えた。五歳くらいだろうか。手には、糸が切れた凧を持っている。
「どうしたの?」
愛子が声をかけると、女の子は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「凧が……壊れちゃった……」
凧の骨組みが折れていた。竹ひごが真っ二つに割れている。
「ちょっと見せて」
愛子はランドセルから、授業で使っているセロハンテープと、小さな十字ドライバーを取り出した。意外と便利な道具を持ち歩く性格だった。竹ひごの折れた部分に、近くで拾った割り箸の切れ端を添え木のようにあてがい、テープでぐるぐると巻いた。
「飛ばしてみて」
女の子は半信半疑で凧を持って走り出した。風を受けて、凧はふわりと空に上がった。
「飛んだ!」
女の子は嬉しそうに走り回った。愛子はそれを見て、少しだけ口元を緩めた。
その時、愛子の頭の中に、ふと声のようなものが響いた。
——それでいい。それが、お前の道だ。
愛子は驚いて周りを見回した。誰もいない。風の音だけが聞こえていた。
「……気のせいか」
愛子は呟いて、また歩き始めた。けれど、その「声」は、彼女の心の奥底に、小さな種のように、ずっと残っていた。




