三
講堂に戻った愛子は、続けた。
「私は、長い間、自分の願いが『叶っていない』と思っていました。答えが見つかっていなかったから」
「でも――今、この場所に立って、こうして、何十年もこの問いについて、後輩や学生たちと話し続けてきたこと。それ自体が、私の『一番目の願い』だったんだと、今は思っています」
「四歳の私が、布団の中で抱きしめた『何か』。それは、特定の答えや、特定の発見ではなかった。それは――『誰かと一緒に、何かを問い続ける時間』そのものだったんです」
「そして、それは――もう、何十年も前から、毎日、叶っていました。ただ、私自身が、それに気づいていなかっただけです」
客席は、静かだった。
「私の母は、若い頃、ピアニストになりたかったけれど、家族のために、その道を諦めました。でも、何十年後かに、もう一度ピアノに触れた時、母は言いました。『弾きたいと思っていた気持ちは、ずっとあった』と」
「私は、その時、母の『一番目の願い』は、『ピアニストになること』そのものではなく、『音楽と共に生きること』だったんじゃないかと思いました。そして、その願いは――何十年後であっても、形を変えて、確かに、戻ってきました」
愛子は、最後に、こう言った。
「皆さんの中にも、それぞれの『一番目の願い』があると思います。それは、もしかしたら、皆さんが思っているような『目に見える結果』ではないかもしれません」
「でも、もし、今、皆さんが、何かに向かって、心からの興味や、好奇心や、温かい気持ちを持って、誰かと一緒に、何かに取り組んでいるとしたら――」
「それは、もう、叶っているのかもしれません」




