二
「私は、長い間、自分の『一番目の願い』は、『生命の起源を解明すること』だと思っていました。だから、答えが見つからないまま年老いていくことに、少しの寂しさを感じていました」
「でも、ある時――もう五十歳を過ぎた頃だったと思いますが――一人の学生が、私の研究室に入ってきました。彼女は、ある日、ふと、こう言ったんです」
愛子は、その時の記憶を、ゆっくりと語り始めた。
「先生、どうして、こんなに長く、ずっと同じ問いを追いかけられるんですか?」
愛子は、その学生――名前を、仮に「結」としよう――の顔を見て、少し考えた。
「結さんは、なぜだと思う?」
「答えが見つかると思ってるから、ですか?」
愛子は、笑った。
「正直に言うと、見つかるかどうかは、わからない。私が生きている間に見つかるとは思っていないし、もしかしたら、結さんが生きている間にも、見つからないかもしれない」
「それなのに……」
「うん。それなのに、続けてる」
愛子は、窓の外を見た。夕焼けが、研究室を、オレンジ色に染めていた。
「結さん。私が四歳の時、ある夜、布団の中で、何かを願ったの。それがどんな形をしていたか、言葉にはできなかった。でも、温かくて、柔らかくて、どこまでも広がっていく――そういう感覚だった」
「はい」
「その感覚を、私は、ずっと『答えを見つけること』だと思ってた。でも――最近、ちょっと違うんじゃないかって、思うようになったの」
「違う、というのは?」
愛子は、結の方を見て、静かに言った。
「私が本当に願っていたのは、『この問いを、誰かと一緒に、ずっと考え続けられる場所にいたい』ということだったんじゃないかって」
結は、少し驚いた顔をした。
「答えそのものじゃなくて……問いを、考え続けること自体が……?」
「うん。考えてみれば、私は、答えが出ることを、本当に望んでいたわけじゃなかったのかもしれない。答えが出てしまったら、この『考え続ける時間』は、終わってしまうから」
愛子は、優しく笑った。
「私の一番目の願いは、『誰かと一緒に、終わらない問いを、ずっと見つめ続けること』だったんじゃないかな、って。そして――それは、もう、ずっと前から、叶っていたのかもしれない」




