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一
愛子が七十二歳になった年、研究所から「退任記念講演」を頼まれた。
長年勤めた研究所の大講堂で、彼女は壇上に立った。客席には、若い研究者から、白髪の同僚、そして孫のような年齢の学生たちまで、様々な顔があった。
「今日は、私の研究の話をする予定でしたが」
愛子は、用意していた資料を、静かに脇に置いた。
「やっぱり、別の話をしようと思います」
客席が、少しざわついた。
「皆さんは、子供の頃、何か『願い事』をしたことがあると思います。七夕、流れ星、神社のお参り――形は違っても、誰もが一度は、何かに向かって、心の中で何かを願ったことがあるはずです」
愛子は、ゆっくりと、客席を見渡した。
「私は、四歳の冬に、ある願いを、心の中に灯しました。その時は、それが何なのか、言葉にすることはできませんでした。ただ、温かくて、柔らかくて、どこまでも広がっていく――そういう感覚でした」
「私は、その感覚を、ずっと追い続けてきました。生命の起源を調べる、という形で。それは、私の人生の、ほとんど全部でした」
愛子は、一度、目を閉じた。
「でも――今日、皆さんにお話ししたいのは、その『願い』が、本当は何だったのか、ということです」




