↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしが「婚約破棄」された瞬間。なぜか聖女様がわたしにプロポーズしてきたのですけれど?〜えっ、貴女。そっち側のお人でしたの?〜  作者: ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/4

2

「お嬢様。本日は、いつもより三割増しでお可愛いでございます」


「マリア」


「はい?」


「その評価基準は、いったい何なのです?」


朝から侍女に若干食い気味に褒めそやされ、わたくしは困惑しておりました。

鏡の中にいるのは、淡い桃色のドレスをまとった、いつもどおりのわたくしです。


髪は丁寧に結い上げられ、首元には真珠のネックレス。


化粧も控えめ。


どこからどう見ても、公爵令嬢として申し分のない装いです。


……ただし。


「マリア。なぜ、わたくしの髪に花を挿したのです?」


「聖女様がお喜びになるかと思いまして」


「なぜ、香水まで変えたのです?」


「聖女様がお喜びになるかと思いまして」


「なぜ、いつもの三倍も時間をかけて支度を」


「聖女様がお喜びになるかと思いまして!」


「全部それではありませんか!」


マリアは、にこにこと笑っておりました。


主の恋路を応援する侍女というものは、どうしてこうも楽しそうなのでしょう。


そもそも、恋路と決まったわけではありませんのに!


「よろしいですか、マリア。今日のお昼は、あくまでも聖女様とお話をするための席です。求婚のお返事をするわけではございません」


「はい、存じております」


「わたくしは、まだセレスティア様をよく存じ上げません。まずはお人柄を理解し、今後のお付き合いについて考える。それだけですわ」


「まあ。つまり、お互いを知るためのお食事ですね」


「言い方が違うだけで、意味は同じではありませんか?」


「そうですわね!」


なぜ、そこで嬉しそうになさるのです!?


わたくしは深くため息をつきました。


いけません。


出発前から疲れていては、先が思いやられます。


本日の目的は、ただ一つ。


聖女様に誤解を与えず、穏便にお話を終えること。


よろしいですわね、エレノア。


あなたは公爵令嬢。


外交交渉も、領地経営も、王太子妃教育も乗り越えてきた女です。


聖女様との昼食会くらい、どうということはありません。


……たぶん。


〜〜〜


約束の場所は、王都でも指折りの高級レストランでした。


白亜の建物に、色とりどりの花が咲く庭園。


大きな窓からは噴水が見え、店内には柔らかな弦楽器の音色が流れております。


そして、入口には。


「エレノア様!」


わたくしを見つけたセレスティア様が、満面の笑みで駆け寄ってこられました。


白を基調としたドレス。


金色の髪には、小さな花飾り。


まるで絵画から抜け出してきたかのような美しさです。


……いけません。

少々、見惚れてしまいました。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


「いいえ! こちらこそ、お越しいただけて嬉しいです!」


セレスティア様は、わたくしの両手をそっと握りました。


「今日という日を、ずっと楽しみにしていたのです」


「それは、どうも」


今日という日。

まるで数十年ぶりのような口ぶりですこと。


「昨夜は、あまり眠れませんでしたわ」


「まあ。お体に障りますわ。今夜は早めにお休みくださいませ」


「エレノア様のことを考えていたら、眠れなくなってしまって」


「…………」


わたくしは、そっと視線を逸らしました。


いけません。


この方は、平然とそういうことをおっしゃるのです。

いちいち動揺していては、身が持ちません。


「それでは、参りましょうか」


「はい!」


案内されたのは、庭園を一望できる個室でした。

そしてテーブルには二人分の食器しかありません。


個室。

二人きり。

高級レストラン。


なるほど…これは。

わたくしにだけ話したい秘密でもあるのでしょうか。

恋沙汰だと思わせておいて、なるほど。油断ならないお相手。


例えば、王国の財政問題。


あるいは、教会内部の権力争い。


まさか、魔王軍の再侵攻に関する極秘情報……?


「エレノア様?」


「はっ。失礼いたしました」


「どうかなさいました?」


「いえ。少々、考え事を」


「まあ……」


セレスティア様は、なぜか嬉しそうに頬を染めました。


「わたくしとのお食事で、緊張してくださっているのですね」


「違いますわ」


「照れていらっしゃるのも、お可愛らしい」


「違いますと申し上げております!」


だめです。


本日のご昼食。開始からわずか三分。

すでに主導権を握られております。


〜〜〜


「それでは、乾杯いたしましょう」


セレスティア様がグラスを持ち上げました。


「エレノア様と、こうして二人きりでお食事ができる幸せに!」


「……ええ。では、本日の有意義な意見交換に」


「い、意見交換?」


「い、いえ。こちらのお話です」


セレスティア様は慌ててグラスを合わせました。


……意見交換。


なぜ、そんなに驚かれたのでしょう。


やはり、何か重要な話があるのでは?


わたくしは気を引き締めました。


前菜が運ばれてきます。


季節の野菜を使った美しい料理でした。


「エレノア様。お好きなものはございますか?」


「好きなもの、ですか?」


「はい。食べ物でも、趣味でも、何でも!」


「そうですわね……。読書と、紅茶でしょうか」


「まあ! どのような本をお読みになるのですか?」


「歴史書や経済書、領地経営に関する書物などですわ」


「素晴らしいです!」


「……そのようなものをお読みにならないのですか?」


「いえ、わたくしも勉強はいたしますけれど……」


セレスティア様は、少し考え込まれました。


「エレノア様は、どのような物語がお好きなのかしら、と」


「物語?」


「はい。恋物語などは?」


ぶふっ。


危うく、紅茶を吹き出すところでした。


「こ、恋物語!?」


「はい!」


「なぜ、そのような話題に!?」


「エレノア様のことを、もっと知りたいからです」


「そ、それは……」


「好きな男性のタイプなども、ぜひ!」


「男性!?」


わたくしは思わず声を上げました。


「ええと……」


セレスティア様は、なぜか困ったように微笑まれました。


「やはり、殿方のほうがお好きでしょうか……?」


「いえ、そういうわけではなく!」


「では、女性でも?」


「…………」


しまった。


誘導尋問ですわ!


「セレスティア様。そもそも、わたくしは恋愛経験がほとんどございませんの」


「はい」


「殿方の好みも、女性の好みも、正直なところ、よくわかりません」


「……そうなのですね」


セレスティア様は、少しだけ目を伏せました。


その表情に、わたくしの胸がちくりと痛みます。


あら。


なぜでしょう。


この方が残念そうになさると、わたくしまで申し訳ない気持ちになってしまいます。


「ですが」


気づけば、わたくしは口を開いておりました。


「一緒にいて、気を遣わずに済む方がよろしいですわね。わたくしはこれまで、誰かの期待に応えることばかり考えておりましたから」


「エレノア様」


「ですから、これからは、自分らしくいられる相手と過ごしたいと思っております」


セレスティア様は、しばらく黙っておられました。


やがて。


「でしたら、わたくしが、そのお相手になりたいです」


真っ直ぐな瞳でした。


冗談でも、社交辞令でもありません。


「わたくしは、エレノア様に何かを強いるつもりはございません。好きになってほしいとお願いすることはあっても、無理に好きになっていただこうとは思っていません」


「……」


「だから、わたくしといるときくらいは、どうか無理をなさらないでくださいませ」


その言葉が、胸の奥に静かに染み込んでいきました。


わたくしは、すぐには返事ができませんでした。


この方は、わたくしに何かを求めているのではない。


少なくとも、家柄でも、財産でも、政治的な利益でもなく。


ただ、わたくし自身を見てくださっている。


そう思ったのです。


……いけません。


このままでは、何か大切なものが揺らいでしまいそうです。


「ありがとうございます、セレスティア様」


わたくしは、少しだけ微笑みました。


「あなたのお気持ちは、よくわかりましたわ」


「本当ですか!?」


「ええ」


「では、次のお休みの日に、二人で王都の街を歩きませんか!?」


「…………」


前言撤回。


この方、やはり勢いがすごいですわ!


〜〜〜


昼食会が終わるころには、わたくしはすっかり疲れ果てておりました。


しかし、不思議なことに不快ではなかったのです。


むしろ、時間が過ぎるのが早く感じられました。


セレスティア様は、わたくしの話をよく聞いてくださいました。


領地の話をすれば興味深そうに質問し、紅茶の話をすれば嬉しそうに頷く。


時折、少し大胆な発言をなさるものの、決してわたくしの気持ちを無視することはありませんでした。


悪い方では、ないのですわね。


「エレノア様」


店を出たところで、セレスティア様が声をかけてこられました。


「本日は、本当にありがとうございました」


「こちらこそ。楽しい時間を過ごさせていただきましたわ」


「また、お誘いしてもよろしいでしょうか?」


その問いかけは、先ほどまでとは違って、少しだけ控えめでした。


わたくしは、思わず笑みをこぼしました。


「ええ。ぜひ」


セレスティア様の顔が、ぱあっと明るくなりました。


「ありがとうございます! では、次は王都の街へ! その次は劇場へ! それから王立植物園と、湖畔の別荘と……!」


「お、お待ちくださいませ! 一度に予定を詰め込みすぎですわ!」


「あっ……申し訳ございません。つい、嬉しくなってしまって……」


「ふふっ」


思わず、笑ってしまいました。


セレスティア様が目を丸くなさいました。


「エレノア様?」


「いえ。あなたは、本当に面白い方だと思いまして」


「……!」


今度は、セレスティア様が真っ赤になりました。


「お、面白い……! エレノア様が、わたくしのことを……!」


「あの、セレスティア様?」


「一生の宝物にいたします!」


「何をですの!?」


「エレノア様に面白いと言っていただいた、この瞬間を!」


「おやめくださいませ! そんな大層なものではございませんわ!」


……本当に。


この方といると、調子が狂います。


けれど。


馬車に乗り込む直前、わたくしはふと思いました。


明日も、またお話しできたら。


そう思ったことは、ひとまず秘密にしておきましょう。


〜〜〜


その日の夜。


王宮では、アルベルト王太子が頭を抱えておりました。


「どういうことだ」


机の上には、報告書が置かれています。


聖女セレスティアが、王太子との婚姻を拒否したこと。


そして、エレノア・フォン・ローゼンベルクとの婚姻を望んでいること。


さらに。


「ローゼンベルク公爵家が、婚約破棄の件について正式な抗議文を提出?」


アルベルトは顔を引きつらせました。


エレノアの父であるローゼンベルク公爵は、王国の財政と食糧政策に大きな影響力を持つ人物です。


その娘との婚約を、自分から破棄した。


それ自体は、王太子の権限で押し通せると思っておりました。


しかし。


「まさか、聖女まで失うとは」


彼は、まだ理解しておりませんでした。


自分が手放したものの価値を。


そして、自分が捨てた女性が、どれほど多くの人々から信頼されているのかを。


「エレノア……!」


アルベルトは拳を握り締めました。


「私は、何かを間違えたのか?」


答える者は、誰もおりませんでした。


ただ一つ、確かなことがあります。


エレノアは今頃、温かい紅茶を飲みながら、こう考えていたのです。


――明日は、何を読もうかしら。


元婚約者の苦悩など、知ったことではないのですから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。