墜落からラバーカップまで
「待たせたな、先生」
「待ちくたびれましたよ、卓弥くん」
「んじゃ、とっとと決着つけようじゃねーの」
「せっかちな男はモテませんよ?」
「はっ、ほざけよ。モテモテだよ」
「…………その顔で?」
「…………」
「え!ごめん卓弥くん泣かないで!?」
「な、泣いてねーよっ!目にゴミがついたんだよっ!」
「………………」
「………………」ゴシゴシ
「と、とりあえず決着つけようか?」
「あ、あぁ、そうしよう」
身構えた先生に向かって駆け出す。
「っらぁ!!」
そしてその勢いを殺さずに飛び回し蹴りを放った。先生はバックステップで回避。回し蹴りの回転を利用し一回転するように着地しながら後ろ蹴り上げで顔を狙う。上体を逸らしかわされた。そして先生は一歩踏み込み正拳突きを背中に放ってくる。横にかわすもその拳を軸にして横からの肘打ち、次は肘を起点にした裏拳。流れるような挙動で次々と攻めこんでくる。一撃の威力は低いものの攻撃の速さ、攻撃回数の多さ、臨機応変な動きが武器となっている。
なんとか全てを防ぎ、流し、避けてはいるが自分が攻める隙がない。最初の二撃以降攻撃が出来ていない。スタイルを変えよう。蹴り技主体から投げ技主体。
先生の拳を受けとめそのまま手首を掴み手前に引く。思わぬ行動で体勢を崩す。そして一歩踏み込み相手の懐へ入り込む。掴んだままの手をしっかりと固定し、その場で前転。相手を投げ飛ばす。背中から地面に激突させられた先生は呻き声をもらした。
早々に立ち上がり追撃を放とうとするも素早く身を起こし距離をとった先生は攻撃の範囲外にいた。
「少々君のことを甘く見ていたようです。私も本気で戦いましょう」
そう言って腰の後ろにつけていたトンファーを構えた。
威力が段違いに変わる。これでは迂闊にガードすることは出来ないだろう。
動きを確かめるように先生がトンファーを振るう。早い、どうやら今までの動きもお遊び程度だったようだ。
「さぁ、続けましょうか」
そう言い一気に踏み込んできた。
時はさかのぼること二時間ほど前でしょうか。
慌てて階段を登って二階についた僕は言葉を失っていました。なんでしょうかこれは。武骨な鋼鉄の塊が病院の外側から落ちてきたように突き立って病室を貫通、通路まで出てきているようです。今しがたの音の原因はこれだ、とでも言いたげに病院の壁がパラパラとこぼれ落ちる音が聞こえます。
えぇと、なんでこんなものが突っ込んでいるのでしょうか?
「いったいなんの音ですか!」
振り向くと、40代ほどでしょうか、細めの男性がこちらに走ってきました。
「あれ?卓弥くん?良かった、元気になったようですねぇ」
僕を知っている、ということは。
「??どうしたんだい?初めて会ったような目をして。」
前の僕と面識がある方のようですね。
ささっと記憶喪失のことを話しました。
「あぁ、確かに頭を強く打ってたもんねぇ。なるほど、だから変な目をされたのかぁ」
そう言って優しげな笑みを浮かべています。
「私はくすもと。楠の木の楠に、本で、楠本。ここで医師をしていた者だよ。今はここに来る人に治療や病院の物資の提供、病室を提供したりしているよ。
っとそんなことよりこれはなんだい?」
やはりこの人が楠本先生ですか。
ふむ、THE優男という感じの人ですね。
あと、これはなんだい、と言われても分からないのですが。
とりあえずよく観察してみましょう。えーと、これは、
「飛行機の一部、でしょうか。小型機の翼みたいですね」
「あぁ、言われてみればそんな形にも見えるねぇ。飛行機かぁ、なんでまたそんなものを」
「翼が落ちてきたってことは近くに墜落したんですかね」
「んー、そうなんだろうねぇ、でもこんなに大きく分解してるなら乗ってる人が生きてる可能性は低いんじゃないかなぁ」
「そうですね。
……飛行機、物資かなにかでも積んでるんですかね」
「ん、あぁ、確かにね。そうかもしれないねぇ」
「音はこの翼が落ちる音しか聞こえませんでした。それに重なって近くに本体が落ちたのではないでしょうか。ちょっと見てきます」
「頭が回るのかそれともただ外に出たいから必死に口実を探してるのかどっちなんだい?」
あ、バレてしまいました。だってゾンビが彷徨く外に出てみたい、無双とかしてみたい、て普通の男の子なら思いませんか?
まぁ、物資不足とかも気になるのも事実ですし。まぁ、誤魔化しておきましょう。
「いえ、ここの物資は大丈夫ですか?食べ物、水等不足していませんか?それに、多いに越したことは無いじゃないですか」
「うー、ん。まぁ確かにそうだけどぉ。ここの為に危険をおかして欲しくないんだよねぇ。特に怪我人にはなおさら」
「怪我人でも別に良いんじゃないですか?もし僕が死んだら口減らし、もしなにかを拾ってきたらラッキー、ぐらいの気持ちでいきましょう」
「君は自分の命の価値が低いねぇ。やっぱり外に出たいんじゃないの?まぁ、別に行っちゃダメとは言ってないよ。君が決めることだ。ご自由にどうぞ」
わーい、完全にバレてるー。いっそ開き直ってしまおうかやめておこう。
「まぁ、危なそうだったら戻ってきます」
「うん、怪我したら治療してあげる。でも、もし、噛まれたなら、それがいくら軽傷かったとしても、ここには戻ってこないで欲しいなぁ」
「分かりました」
「っても噛まれて20秒ほどで即死して10秒くらいでゾンビーだから戻ってくる余裕なんて無いと思うけどねぇ。三人ぐらい見たけどみんな共通してたよ」
笑顔でおそろしいこと言いますねこの人。
「ちなみにどこから外へ出れば良いですか?」
「んー、一階で塞げるところは塞いであるはずだからぁ、二階からだね。あちこちに梯子がかかってるからそこから降りて」
「梯子って、大丈夫なんですか?」
「あぁ、ゾンビは梯子を登れないみたいなんだぁ」
「あ、そういえば霊安室の裏口が塞ぎ忘れていましたよ?」
「え?そんなはずないよぉ。あそこもきちんと塞いでおいたはずだよ?」
「開いていてゾンビが一体侵入してましたよ」
「………そのゾンビどうしたの?」
「あぁ、とりあえず倒しておきました」
「なら良かった。卓弥くん強いもんねぇ。普通なら見て恐怖で固まっちゃう人とかいるのに」
「まぁ、ゲームとかで見慣れてますし」
「んー、実際に見るのとは全く違うはずなんだけどなぁ」
「ま、まぁ、他の人とは違って記憶が無いから怖い記憶とかないですし」
「そんなもんかねぇ。まぁ、記憶を無くす前からゾンビを倒すことに手慣れたしねぇ」
「僕ってそんなにゾンビ倒してました?」
「うん。バリケードを叩き続けるゾンビの首を手早く折っちゃったり。てきとーに外で遊んできたり、あとここに入ってきて暴れ始めた人間を投げ飛ばして外に放り出したり。色々と戦ってたねぇ」
まぁ、多少は武道の心得がある、というのもありますが。
「それよりも霊安室の裏口もきちんと物を積んで入れないようにしていたはずなのになぁ」
「誰か出ていこうとしてそこ使ったんじゃないですか?」
「んー、入ってきた人には二階から出るように全員伝えているんだけどねぇ。まぁ、なにごとも無かったなら良っか」
軽くないですか先生。下手すれば病院全滅ENDとかありますよ。
「まぁ、好きなとこから下に降りてよ」
「分かりました、ありがとうございます」
「いえいえ」
とりあえずみずきちと恵美ちゃんに簡単に声をかけてから行きましょう。
階段を降りると未だに不安げな表情の二人がいました。
「お待たせしました」
上の飛行機の話とその飛行機を探す話をしました。
「えっと、卓弥さんが一人で行くの?」
「え、そうですよ?」
「そ、そんな。あ、危ないです」
「危なかったらすぐ逃げ出して帰って来ます。大丈夫ですよ」
「私も行きます!」
「危ないところに女の子を連れて行けませんよ」
「き、気を付けて。絶対に帰ってきてくださいね」
「分かりました。僕はそんな簡単に死にませんよ?」
なんで二人交互に話しかけてくるのでしょう。そういう仕様ですか?
まぁ、報告も済んだことですし外に行きましょう。
あ、武器とか欲しいですね。出来れば片手で持てる棒のようなものが欲しいです。金属バット、工業用のハンマーやバールなどが理想的ですが。
ふと見渡すと、トイレがあります。
道具入れになんかありますかね。
まぁ、あとついでに排泄もしておきましょう。
…………。
道具入れを開けるとデッキブラシ、箒、ちりとり、色々入っています。手頃な長さの棒は……。
…………ありました。ありましたが。これは。
あのトイレが詰まったときにキュッポンってするやつ。
たしかこれの正式名称はラバーカップでしたっけ。




