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入室から誰か来るまで

まだ少し揺れるドアを開けると診察室であった。

分かる人には分かるんでしょうね。この冒頭部分。

冗談はさておき部屋に入りましょう。

これまたよくある診察室ですね。診察机があり、椅子があり、ベッドがあり、身長計、体重計、吸入機も置いてあります。ですが誰もいません。隠れてるのでしょうか。

優しく呼びかけてみましょう。

「悪い子はいねがー!」

「ヒッ!」

やはり優しく呼びかければ答えてくれるものですね。

声はベッドの下から聞こえました。

しゃがんで見てみると同い年くらいでしょうか。女の子が怯えたような表情でこちらを見ています。

「わ、私悪い子じゃありません」

「え、あ、はい、ごめんなさい」

なんか申し訳ない気持ちになりますよね。

ま、特に女の子に用はないのでスルーで。

外に出られるところを探しましょう。

ふむ、ここの診察室の窓は高いところにありますね。しかもガラスを嵌め込んだだけの窓です。

他の部屋もこの造りなら2階や3階の病室の窓から飛び降りて出なきゃいけないですね。

病室は自分が起きた部屋と全部だいたい同じ造りでしょう。窓はそこまで高くないところに、鍵式のがあったはずです。

ま、とりあえず1階の他の部屋も見てみましょう。

「……あ、あなたは私に興味ないの?」

さっきの女の子がベッドの下から這い出ながら聞いてきました。

??どういう意図の質問でしょうか。

「さ、さっき男の人に、お、襲われそうになって、それで、その」

「あぁ、僕にも襲われるのではないか、と?」

コクコク。うなずく女の子。

「……さっきの男の人は持ってた傘で下からフルスイングしてちょっと痛そうにしてる時に逃げました」

下からフルスイングしたら股間にクリティカルヒットしますよね?ちょっと痛そうとかじゃなくて悶絶とか下手すれば泡吹いて気絶しますよ?なかなかえげつないですねこの子。

「大丈夫です、興味ないです」

いきなり死にそうな顔になりましたね。どうしたんでしょうか。

「……は、ハッキリ言い過ぎじゃないですか?」

「僕、帰ってホッケの一夜干しを食べたいんです」

「私ってホッケの一夜干し以下!?」

なんか急に元気になったのは良いですがあまり大きな声を出さないでほしいですね。

「……って、あれ?」

首をかしげ始めた女の子。

まぁ、悩め若人よ。考え抜いたその先に答えはあるじゃろう。

と部屋を出ようとすると。

「あ、あなたどこから来たの?」

「菜六町ですよ。さっき階段から落ちてなぜかここに運ばれたようです。目を覚ましたらここにいました」

「……き、今日はいつ?」

「8月12日ですね」

「何年の?」

「2019年の」

「…………」

「…………」

「…………き、記憶喪失?」

「へ?」

記憶喪失?記憶喪失ってあれですよね、人とか物とか人生とかパッと忘れちゃって思い出せないあれですよね。

「今日は2022年の5月」

あー、まだ5月ですか。だからまだこんなに涼しいのかー。

「だ、だから涼しいのかー、みたいな顔しないでください。そこじゃないです。に、2022年ですよ。今」

あー、3年後くらいですかー。

んー。3年ねー。

ってもそこまで驚かないものですね。

少し想像がついてたからですかね。

少し高くなった目線の高さ、手の覚えのない傷跡、低くなった声。もしかして、とは思ってましたがあまりにも突飛で認めたくなかったんですけどね。言われてしまったら認めざるを得ないですね。

「僕、どうやら記憶喪失ですね」

「……や、やっぱりそうでしたか」

「二十歳になりました、お酒飲めます煙草吸えます」

「ポジティブ!」

時おりこの子シャウトしますね。最近の子は怖いわぁ。

ま、喪失ったものはしゃーなしです。そのうち思い出すでしょう。

「ということはお兄さん知らないんですね」

「??なにがでしょうか?」

「さ、災厄の日」

「災厄?」

「お兄さん、ぞ、ゾンビって知ってます?」

あー、そう来ます?

えー、私ってーホラー苦手なんですよー。

「お兄さん変顔しないで聞いてください」

「ごめんなさい」

「1年ほど前、2021年12月26日の朝方からいきなりゾンビ、人を襲う死者が発生したらしいです。とあるヨーロッパの国からです。私ニュースでそれを見て、遠い異国の話だとばかり思っていました。でも、どんどん外国のニュースも減って。どこから出たのか、日本にも出るようになったらしくて、お父さんやお母さんが慌てて食べ物や飲み物の準備して、テレビが動かなくなって、ラジオも聞けなくなって。そのうち電気が、ガスが、水が止まっちゃって。そして、夜いきなり家の窓が割ら「はい、ストップ」

話す度に、言葉を出す度に歪んで泣きそうな顔になっていくその子の言葉を止めさせた。

「…………お父さん、お母さん」

あー、もう仕方ないな。その子をそっと抱きしめた。

最初は驚いたようにこわばっていたがすぐに抱き返してきた。

あぁ、胸が濡れて服が張り付くからなんか若干気持ち悪いです。

ふむ。つまり

どこぞの国でゾンビが沸いた。

そのうちゾンビが日本上陸。

そしてこんな辺境の田舎にも沸いた。とそんな感じでしょうか。

その子の服の汚れ、くたびれ具合を見るとおそらく4.5日は着たままでしょうか。ここいらの地域に出るようになったのはここ1週間ほどぐらいですかね。

家は大丈夫てしょうか。僕がここにいて家族が見当たらないということは、おそらく、と最悪の想定もしておきましょう。どうしても焦るような気持ちがありますがなんとか押さえつけます。今焦ってもどうしようもないでしょう。こんな時に冷静すぎる自分が少し恨めしいですね。

自分が生きてるうちにバイオハザード経験したいなんて微塵も思ったことないのですが。どうしてこうなったんでしょうか。あー、泣けそうです。僕もこの子のように泣いてしまいましょうか。

「も、もう大丈夫です。あ、ありがとうございました」

考え事をしている間に泣き止んだようですね。

気恥ずかしげな顔をしながら女の子は離れました。

「あ、あの、私、みえっていいます。美しいに恵み、で美恵です」

「ん?あ、うん、よろしく美恵ちゃん」

「お、お兄さんは?」

「あ、僕?僕は卓弥、卓球の卓に弥生の弥」

「よ、よろしくです、弥生さん」

「いや、卓弥です」

「あ、あ、すみません!卓弥さん!」

ってこれからどうしましょうか。

なんか無性にお腹がすきました。

ホッケの一夜干しが食べたいよぅ。

3年経過してるのでホッケの千夜干しになってそうですが。

と、ドアの前に気配を感じた。見るとドアのすりガラスの向こうに人影が。

…………どうしたものか。

ここは黙ってやり過ごすべき?ベッドの下にでも隠れ…

いきなりドアが勢いよく開いた。

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