EP 3
限界集落ポポロ村と、タローソンを超える『本物のコンビニ』契約
鬱蒼とした原生林を抜けた先に現れたのは、土壁と木造の簡素な家屋が点在する、いかにも辺境の限界集落といった風情の村だった。ここが三大国(ルナミス帝国・アバロン魔皇国・レオンハート獣人王国)の緩衝地帯に位置する「ポポロ村」である。
「ようこそポポロ村へ! スポンサー様ぁ!」
道中で野盗から助けた芋ジャージの人魚姫・リーザが、すっかり案内役気取りで豊満な胸を張る。そのすぐ後ろで、ピンクジャージの駄女神リリスが「私のスポンサーですぅ! 泥棒猫!」と威嚇しているが、義正は無視して周囲の市場調査を開始した。
村の広場を歩くだけで、この村の異常性が嫌でも目に付く。
広場の隅には、内見時にくしゃみをして部屋を全焼させたらしく、手取り14万の給与明細を握りしめながらしょぼくれたテントで生活している竜人の姿がある。その横では、自警団長らしきケンタウロスの女性が「もう25歳……25歳なのよ……」と、年齢という数字に対してひどく焦燥感を抱きながら虚空を見つめていた。
「おい、同い年(25歳)として他人事じゃねぇな……」
義正がセブンスターを取り出そうとした矢先、リーザに連れられて村で一番大きな木造建築――村長宅へと案内された。
「よくいらっしゃいました。私がポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートです」
出迎えたのは、長い耳を持った月兎族の少女、キャルル(20歳)だった。穏やかそうな笑顔を浮かべているが、どこか腹の底が見えない狂気を孕んだ瞳をしている。
その傍らには、モノクルをかけた知的な人狼の執事リバロン(30歳)と、煙管を燻らせながら金庫番特有の鋭い目を向ける猫耳の財務担当、ニャングル(25歳)が控えていた。
「ほほう、あんさんがリーザを助けてくれたっちゅう義正はんか。なんや、えらい上等な服着とるやないか」
ニャングルが、義正の皺だらけになったオーダーメイドスーツを値踏みするように目を細める。
「ただの元・商社マンだ。今日はこの村に、確実な利益を生むビジネスの提案があって来た。定住許可と、販売許可を頂きたい」
義正が単刀直入に切り出すと、執事のリバロンが冷ややかに推論を述べた。
「ビジネス、ですか。この辺境のポポロ村で? 義正様、現在この村の流通は、100年前の勇者・佐藤太郎様が遺した知識で作られた『タローソン』という店舗が独占しております。しかし、商品は『引っこ抜くと走る人参マンドラ』や『三面記事ネタで命乞いするネタキャベツ』といった現地の怪奇野菜を使った粗悪な再現品ばかり。おまけに緩衝地帯という立地ゆえに輸送費が法外に乗せられ、完全なぼったくり価格です。新規参入は厳しいかと存じますが」
「そうですわ! タローソンのパサパサのサンドイッチなんて、食べたら三日はお腹を下しますのよ!」
リーザが芋ジャージのお腹を押さえて力説する。
「なるほど。粗悪な商品の独占市場に、高い物流コストか。……典型的な、刈り取りがいのある腐った市場だな」
義正は不敵に口角を吊り上げると、リリスから譲り受けたユニークスキル『コンビニ』を起動した。
空間が微かに歪み、村長宅の応接テーブルの上に、見慣れた現代日本の商品が次々と出現する。
「なっ……なんやこれ!?」
ニャングルが煙管を取り落とし、猫耳をピンと立てて驚愕の声を上げた。
テーブルに整然と並んだのは、完璧な密閉包装が施された『ポテトチップス』、黄金色の『特選マヨネーズ』、そしてお湯を注ぐだけで完成する『シーフード味のカップ麺』の数々だ。
「これらは俺のスキルで取り寄せた、本物の『地球の最新商品』だ。品質と衛生基準は、現地の粗悪な再現品とは比べ物にならない。そして最大のメリットは……これら全て、物流コストも製造原価も『完全なゼロ』で無限に仕入れられるってことだ」
「げ、原価ゼロォ!?」
財務担当であるニャングルの目が、金貨の形に変わった。
「そんな馬鹿な! この精巧な包装、均一な品質……アバロン魔皇国の錬金術でも不可能なレベルですぞ!」
リバロンがモノクルをずらしてカップ麺を凝視し、キャルルはマヨネーズのボトルを不思議そうにプニプニと押している。
「論より証拠だ。お湯はあるか?」
義正はカップ麺のフタを開け、手際よく熱湯を注いだ。三分後、部屋中に漂う強烈なジャンクフードの香りに、キャルルもリバロンもニャングルも、そして横で見ていたリーザとリリスも一斉に喉を鳴らした。
「食ってみろ」
ニャングルが震える手でフォークを受け取り、カップ麺を一口啜る。
「……っ!? なんやこれ……なんやこれえええっ! 麺が縮れとってスープが完璧に絡みつく! 魚介の旨味が……暴力的なまでの旨味が脳天を突き抜けるでえええ!」
ニャングルは涙と鼻水を流しながら、カップ麺を爆速で平らげた。
「義正はん……いや、義正社長! この商品、ウチの村で独占販売させてくれ! タローソンなんか一瞬で駆逐できる! 莫大な利益が出るで!」
「ああ、そのつもりだ。俺はこの村を拠点に、圧倒的な資本で巨大な独立経済圏を築く。そのための卸売契約と、俺たちの定住許可を頼む」
義正が手を差し出すと、ニャングルは両手でその手をガシリと握りしめた。
「契約成立や! まいどありぃ!」
商談は瞬く間にまとまり、義正とリリスは、村が管理する集合住宅『ポポロ・コーポ』のA301号室に破格の家賃――月3万円で入居することが決定した。ちなみにすぐ下の階には、リーザがちゃっかりと住み着いているらしい。
「ここが今日からの俺たちの拠点か。だが、この隙間風だらけのボロアパートじゃ、セキュリティもインフラも心許ないな」
義正はポポロ・コーポの広い駐車スペースに立つと、再びスキルを起動した。
『コンビニ』スキルの真骨頂。それは単なる商品取り寄せではなく、店舗設備や付属インフラそのものを自在に展開できる絶対的チート能力だ。
「出ろ、俺の城」
ドスン! と重い音を立てて、未開の土の地面に、ピカピカに磨き上げられた巨大な最新鋭のキャンピングカーが出現した。さらに、見えない力場が働き、車内には現代日本と全く同じ規格の電気が煌々と灯り、水道からは清潔な水が流れ、さらにはWi-Fiの電波までが異世界の空へ飛び交い始めた。
「ふぇぇ!? な、なんですかこの動く鉄の箱は! 中がすっごく明るくて、涼しい風が出てますぅ!」
リリスがキャンピングカーのエアコンの風を浴びてはしゃぎ回る。
「義正様! 私もこの箱に住みたいですわ! そのフカフカのベッドで寝かせてくださいませ! スポンサー様ぁ!」
リーザが窓ガラスに張り付いて中を涎を垂らしながら覗き込んでいる。
「お前は自分の部屋に帰って雑草でも食ってろ。ここは俺のプライベート空間兼、オフィスの裏回線だ」
義正は冷たく言い放つと、キャンピングカーのドアに寄りかかり、ポケットから愛用の『セブンスター』を一本取り出した。
ブックマッチでシュボッと火を点け、深く紫煙を吸い込む。
タローソンという既存のパチモン権益。狂気に満ちた村の住人たち。そして、リリスが抱える99万9000円の神話級不良債権。
「……さて、どこから骨の髄までしゃぶり尽くしてやるか」
吐き出した煙が、異世界の夕焼け空へとゆっくり溶けていく。
元・五大商社エースによる、理不尽で容赦のない異世界黒字化計画が、今ここに本格始動した。
読んでいただきありがとうございます。
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