3.それは呪いの言葉のように(1)
結局、勇者ユアンの邪竜討伐の慰労パーティーでフィンフィールの恋人候補の絞り込みに失敗したカルミナは、警戒を解けない日々を送り続けることになっていた。
フィンフィールの恋人になるのは誰なのか。
自分を殺しにくるのは誰なのか。
わからないまま、生き延びるために今日も悪役を気取る。
カルミナを取り巻く環境は今までと異なっていて、フィンフィールを中心に5人の男たちは相変わらずカルミナへの好感度が高い。
婚約者のアレクシスとその護衛騎士のヴァルターはカルミナのことを邪険にしないし、幼馴染みのエヴァンはカルミナに付き従い仕事を手伝ってくれるし、勇者のユアンは悪役だろうとカルミナを助けてくれるし、担任教師のカシウスは嫌な顔をせずに悩みを聞いてくれる。
「(あいつらに今までと違う態度を取られているせいでいつまでも気が抜けないし、頭がおかしくなりそう……)」
いつも通り学院の中庭に昼食をとりにやってきたカルミナは、サンドイッチの包みをベンチに置いて深いため息をついた。
けれども、この世界は確実に今までとは違う方向を目指して動いている。
……もしかしたら、何十回も繰り返していたカルミナの運命を打破できるかもしれない。
死なないその先の未来が……あるかもしれない。
「(もう死を繰り返さなくてもいいなら、それはそれでいいことなのかもしれない……。でもその先の未来がある保証はどこにもない。運命が変わっているというのなら、今度は戻れずに死んだらそこで終わりの可能性だってある)」
「カルミナ様~!」
「(またフィンフィール…………)」
中庭のベンチに座るカルミナの元へ、フィンフィールとアレクシスがやって来た。
「一緒にランチを食べませんか?」
「鬱陶しいから関わってこないでと言っているでしょ!」
「カルミナ、君はまたフィンフィールに向かってそんな口の利き方を……天気も悪くなってきているし、とりあえず校舎に入らないか? ここにいたら風邪を引くかもしれないぞ」
「え?」
天気なら何も問題のないほどの快晴だったはず…………
アレクシスの言葉にカルミナが空を見上げると、今さっきまで快晴だったはずのそこにはどんよりとした曇天が広がっていた。
今にも雪が降り出しそうだ。
「…………」
そんな、急に天気が……?
「なんだか嫌な天気ですね……」
同じく空を見上げていたフィンフィールが不安そうにそう呟いた。
それについてはカルミナも全面的にフィンフィールに同意だ。
ただの曇り空ではなく、今日の空はなんとも胸騒ぎがする。
「次に学院が休みになるほどの大雪が降ったら、弟たちと雪遊びをしてやらなくてはならないんだよな……」
はあ、と腕を組んでアレクシスがため息をついた、その時だった。
パリンッ
「!」
腕を組んだアレクシスの右手首にある宝石のブレスレットが、音を立てて砕けた。
カルミナは目を見開く。
「アレクシス様、王都の聖女のブレスレットが……!」
それはアレクシスが王都を守護する聖女から譲り受けた護身用のお守りでもある。
アレクシスは目を細めると、地面に落ちた宝石をそっと拾った。
「…………まさか、王都の聖女たちの身に何か……?」
「か、カルミナ様、アレクシス殿下! 空が!」
フィンフィールの必死な声に、カルミナは再度空を見上げた。
王都の聖女の守護……ドーム状の薄いベールの魔術防御壁が、まるでレースのカーテンを開けるかのようにヒラヒラと開いていく。
さすがのアレクシスも青くなった。
「まずい……聖女の魔術防御壁が開いたら、王都の街に魔物が侵入してしまう……!」
「殿下、至急城にお戻りを」
中庭に駆け込んできたヴァルターが鋭く言う。
「ヴァルター、王都の聖女の身に何が起きている?」
「現在王宮の部隊が聖処に確認へ向かっていると聞いています」
「皆無事だといいが……。ヴァルター、カルミナとフィンフィールも王城へ避難できるよう、入城手続きをしてやってくれ」
「承知いたしました。お二人とも、こちらへ」
アレクシスの配慮でフィンフィールと一緒に王城に避難したカルミナは、安全のため与えられた客間から出ないよう使用人たちに念を押された。
「(まさか王都の聖女の魔術防御壁が破れてしまうなんて……こんなこと過去に起きたなんて聞いたことがない。どうなってしまうの……)」
王都の近くには、王都のエネルギー源となる複数の魔力の源と、そこに群がる魔物たちの巣がある。
王国の政治と経済の中心地である王都を守護するのは聖女たちだ。
彼女たちは王都を魔物から守るために絶やさず魔術防御壁を展開している。
それが切れてしまったとなると、王都は魔物の危機に晒されることになる。
カルミナは今までの生ではもちろん、歴史の授業でも過去にこのようなことが起きた例を聞いたことがない。
客間の窓から見下ろすと、城門からは兵士や騎士たちが忙しなく出入りし、庭や城の周りでは王宮の魔術師たちが協力して城に魔術防御壁を展開している様子が見受けられた。
「(運命が焼け付くような、焦げた臭いがずっとしてる……なんなら今まで嗅いだどれよりも焦げ臭い)」
カルミナは顔をしかめながら、臭いを避けるかのように手で鼻と口を覆う。
その時に気づいた。
「……っ!?」
王都の聖女の魔術防御壁がなくなった外の曇天が、まるでライターで紙の端を炙るかのように、ジリジリと焼け焦げているのだ。
「なっ……ど、どういうこと!?」
「カルミナ様……? どうかしたのですか?」
「フィンフィール、あそこを見て! あれが何かわかる!?」
「えっ?」
曇り空を指差すカルミナの指の先を目で辿るが、フィンフィールの目に映っているのはただの曇天だ。
「ええと……曇り空、ですが……空に何かあるのですか?」
「あそこ! 空が燃えているのが見えないの!?」
「え……? …………み、見えません、私の力不足、でしょうか」
「……っ!」
フィンフィールには見えていない……焦げついた臭いもわからないのであれば、私にしか見えていない可能性が高い。
カルミナは本能的に察する。
"あれ"はこの世界によくない何かをもたらす気配がする。
なんとか……消火し、塞がなければ……もしかしたら魔物が世界中に溢れるかもしれない!
「出かけてくるわ」
カルミナはくるりと窓に背を向けると部屋の入り口に向かった。
「えっ!? で、でも、使用人の方々が、安全のためにも部屋から出ないようにって……!」
「そんなこと言ってる場合じゃないの。これ以上ひどいことになってからじゃ遅いでしょ」
せっかく今回の運命を生き延びたところで、世界中に魔物が溢れてる未来でなんて生きていきたくない。
今しかできないことがあるのなら、やらない手はないだろう。
カルミナがドアノブを掴むと、たたっと背後にフィンフィールが駆け寄る気配がした。
「わ、私も行きます……!」
「はあ? 別にあなたまで危険な思いをしろだなんて思ってないんだけど」
「で、でも、本当に外が危険なんだったら……一人より二人の方が、できることがあると思うから……! 私、カルミナ様のお力になりたいんです」
「………………」
攻撃魔術は苦手なので、魔術防御壁を張ることくらいしかできないですけど、と言うフィンフィールのことを、カルミナはじっと見つめた。
「……私はあなたまで守ってやる余裕はないから、自分の身は自分で守りなさいよ」
「は、はい!」
ふたりは慎重に人目を避けながら、王城から抜け出した。




