2.フィンフィールと5人の男たち(6)
「ユアン……」
「おっと失礼、お話し中でしたか?」
ユアンは意味ありげな目配せをしながらカルミナにわざとらしくそう言う。
カルミナはその意図を理解し、すぐに笑顔になった。
「いいえ、今日の主役であるあなたとの話以上に大事な話などないわ」
「それは光栄です。ぜひふたりでお話をしたいのですが」
ユアンはそう言って男性を見た。
さすがの男性もその意味を理解し、苦笑いを浮かべて「……では私はこれで」と言い残すと、ようやくカルミナの元から立ち去っていった。
「(咄嗟に答えちゃったけど、まずい……悪役でいなきゃいけない私が、悪役を倒すはずの勇者に助けられてしまった……)」
ここで素直に感謝をすると、どこかで死亡フラグが立つ可能性がある。
カルミナは必死にユアンへかける言葉を考えた。
「ご迷惑でしたか? 困っていらっしゃるようでしたが」
ユアンはカルミナの隣に立ち、彼女と一緒に会場内を見回しながら穏やかな声音でそう言った。
「えっ!? いえ……ま、まあ、確かに困ってましたけど……。話が通じない相手だったので」
「あなたのお力になれたのなら何よりです、カルミナ様」
だ、誰にでも救いの手を差し伸べる聖人勇者、何を考えてるのか読めなくてむずがゆい……っ!
こいつの性格には絶対に裏がある!
だってこの穏やかで冷静なテンションで、冷徹に私のことを殺せるんだもの!
でもその一切をこちらに悟らせないにこにこ顔の仮面……!
今この穏やかなテンションのまま、手にしたフォークで次の瞬間には私の首を掻き切っても何も不思議じゃない!
こ、怖すぎる…………!
だからこそ、感謝はせずにちゃんと偉そうな態度でひどく接しなきゃ……!
「ま、まあ!? 侯爵家の人間である私を助けるのも勇者として当然の仕事だし!? あなたは当たり前のことをしただけで別に何も偉くはないですけどね!?」
「…………」
ユアンはカルミナを静かに一瞥しにこりと微笑むと、給仕に声をかけてケーキとフォークを受け取る。
…………フォーク!?
ま、ま、まさか本当にフォークで私を殺……っ!?
「どうぞ」
「へっ!?」
「先ほどから何も召し上がってらっしゃらないでしょう」
「……!」
ユアンはカルミナに小さなケーキの乗った皿とフォークを差し出した。
「今日はカルミナ様にも堅苦しい社交界のルールに縛られず、楽しく過ごしていただきたいです」
「………………」
カルミナはユアンからケーキの乗った皿を慎重に受け取ると、彼の顔をじっと見る。
「……どうして私を気にかけるの? 私を気にかけたところで、あなたに何の得があるの?」
ユアンは少しだけ驚いたような顔をしてから微笑んだ。
「勇者は損得勘定で動きませんよ。俺はただ、フィンフィールが俺のために企画してくれた今日のパーティーを、皆さんに心から楽しんでほしいだけです」
……まただ、またフィンフィール。
どいつもこいつもフィンフィールに起因して、今までの生よりも私に好意的で優しくなっている。
「カルミナ様!」
そのフィンフィールが、手を振りながらカルミナとユアンの元へやってきた。
本来この女はこんなにも積極的にカルミナに関わってくる存在ではなかったはずだ。
フィンフィールはカルミナの手を握ると笑顔で言う。
「バルコニーに出ませんか? 先ほど占星術師の方にお聞きしたのですが、今日は明るい流れ星がたくさん見える日なんだそうです!」
…………バルコニー!?
待って、バルコニーに出るのはフィンフィールの恋人の最有力候補であって、私がフィンフィールと一緒にバルコニーに出てしまったら意味がわからないことになる……!
「(! ……またこの……運命が焼きつく、焦げついた臭い……!)」
これまでの運命が焼却されている。
今まで起こり得なかった運命へと、派生していく臭い。
カルミナの抵抗も虚しく、フィンフィールはすごい力でカルミナの腕をぐいぐいと引っ張ってバルコニーに連れ出した。
「わあ……! 本当に今日は星が明るいです!」
「流れ星なんて、どうせもっと郊外の暗い場所へ行かなきゃ見られないわよ」
「あっ! 見えました!」
「えっ」
フィンフィールは目を輝かせながら、空に向かって真っ直ぐに指を差す。
カルミナもそんなフィンフィールにつられて空を見上げた。
「あっ! ほら、また流れましたよ!」
「! ほんとだ……」
「ふふ、カルミナ様と一緒に流れ星が見られるなんて……夢みたいです」
「………………」
カルミナは空を見上げているフィンフィールの横顔を、見極めるかのようにじっと見つめた。
この少女は私について何を知っているのだろう。
何を考えているのだろう。
知りたい。
私の死を少しでも先延ばしにするために。
この世界の中心であるフィンフィールの思惑を知りたい。
「(でも、やっぱり聞くのは危険かな……フィンフィールについて踏み込んだときに、どこで突然の死亡フラグが立つかわからない。あまり予定外の行動をしたくない……)」
カルミナはぐっと言葉を飲み込むと、いつも通りかわいくないセリフを言い放つ。
「流れ星程度ではしたなくはしゃいじゃって、子どもみたい。あなたみたいな庶民と一緒にいるところを他の人に見られる私の気持ちにもなってくれる?」
「そう……ですよね。申し訳ありません……」
悲しそうに笑って謝るフィンフィールに、カルミナの心がわずかに痛くなる。
……でもこれでいい。
私が少しでも長く生きるために、私は悪役でなくてはならない。
「東の国の言い伝えでは、流れ星が消えるまでの間に3回願い事を言えると願いが叶うらしいですよ」
「はっ、そんな非現実なこと……馬鹿馬鹿しいわね」
「そんな……ロマンチックじゃないですか。あっ! また……」
「(長生き長生き長生き……!)」
カルミナは爛々と目を輝かせながら流れ星を睨み、心の中で咄嗟にそう唱えた。
「カルミナ様は流れ星に何を願いますか?」
「どうしてあなたに教えなきゃいけないの?」
「そ、そうですよね……」
「………………あなたは?」
「え?」
「聖女候補であるあなたは、星に何を願うの?」
どうせ国の平和とか人々の安全とか豊作とか、大それた願いなんだろう。
フィンフィールはふわりと微笑む。
「私は……カルミナ様が幸せになれますように、と」
「はあ……? なんで私があなたに幸せを願われなければならないの」
「ふふ。今までは叶わなかったけど、今なら願える……私がそう願いたいから、願うんです」
「(『叶わなかった』……? どういうことだろう……)」
「カルミナ様」
フィンフィールはカルミナに向き直ると、はにかみながらカルミナの手を握る。
「私、カルミナ様と一緒に流れ星を眺めた今日という日を、ずっと忘れません」
「…………」
「他の誰でもなく、あなたと一緒に見ることができてよかった」
「…………ふん。こんなもの、誰と一緒に見たって同じでしょう」
「いいえ、私にとっては特別なんです」
「ああそう。でも私は体が冷えるからもう中に入るわ」
カルミナはフィンフィールの手を振り払うとバルコニーからパーティー会場へと戻っていった。
フィンフィールは何が狙いなのか?
そして、カルミナの決断は……。
次回から第1章、怒涛の展開に……!




