2.フィンフィールと5人の男たち(5)
「カルミナ……君、ヴァルターを怒らせてしまったな」
「えっ!?」
苦笑しながらそう言ったアレクシスの言葉に、身に覚えが一切ないカルミナは目を剥く。
「カルミナ様。少しよろしいでしょうか」
よ、よろしいかって、いいわけないでしょう、説教されるってわかってるのに!
カルミナをどこかへ連れて行こうとする冷たい瞳に、カルミナはブンブンと首を横に振る。
「いいわけないでしょう! 護衛騎士の分際で私を動かそうとするなんて、図々しいにも程があるわよ!」
「これはあなた様の尊厳をお守りするための配慮だったのですが、不要だと?」
「そ、尊厳……!?」
「あー……カルミナ。ヴァルターの説教は言葉がきついから大人しく呼び出されたほうが君のためになるだろう」
「ええっ……アレクシス様、この男をお止めくださらないのですか!?」
諦めモードなアレクシスと心配そうなフィンフィールに見送られ、カルミナはパーティー会場の隣の広くはない控え室に、ヴァルターのエスコートで連れて行かれた。
ドアが閉められ、カルミナは腕を組んでキッとヴァルターを睨み上げる。
「あなたに説教をされるようなことをした覚えはないのですけど?」
「……」
カルミナよりも頭ひとつ分以上背の高いヴァルターに見下ろされると、睨まれていないにしても威圧的に感じた。
「ご自身が殿下のご婚約者であると再度ご自覚いただき、危険な真似は二度とおやめください」
「はあ……? 危険な真似?」
「先ほどのことです。俺があの場を制圧していなければ、あなたは怪我をしていた可能性がありました」
「ないわ。殴られる前に魔術で吹っ飛ばしてやるつもりだったもの」
「では、背後から別の男があなたに魔術を放とうとしていたことにもお気づきで?」
「! それは……気づかなかったけど」
ヴァルターは完全に据わった目でカルミナに一歩近づく。
背中を冷や汗が伝ったカルミナは一歩後ずさる。
さらにヴァルターが一歩近づき、カルミナが後ずさる……そうしてカルミナの背には無情にも冷たいドアが当たった。
ヴァルターはカルミナが逃げないように、彼女の顔の両脇に手をつく。
いわゆる壁ドンの構図なのだが、この男に殺されたことがあるカルミナからすれば胸キュンどころではなく、死期が早まったのかと気が気ではない。
「俺はアレクシス殿下の護衛騎士であると同時に、殿下より貴女のこともお守りするよう仰せつかっております。どうか今後は軽率な行動はお控えいただき、もっと慎重に行動してください」
「う…………」
カルミナは目の前の恐ろしい護衛騎士から明後日の方向へと視線を逃す。
「だってフィンフィールが……怯えていたから…………」
「お優しいことは結構なことですが、会場には警備が多くいますし、俺だっていました。自ら行動を起こさずとも、誰かを頼ってもよかったのでは?」
カルミナはグッと唇を噛んだ。
き、嫌いだこの護衛騎士〜〜〜!
ド正論ぶつけてきやがって!
カルミナは腕を組んだまま、ふんっと鼻を鳴らす。
「……はいはい。次からはそうしま~す。これでいいかしら?」
「……」
ぐいっと顎を掴まれ、ヴァルターと正面から目を合わせられた。
「(ぎゃあ〜〜〜〜っ!?)」
はたからみれば胸キュンな構図だが、カルミナからすれば今にも殺されるのではと生きた心地がしない。
「俺の目を見て今の言葉をもう一度言えますか」
「て、手を……離しなさい……! 無礼よ!」
「いいえ、これは指導ですので無礼には当たりません」
「はあ!? そんなわけないでしょ!」
「どうぞ、俺の目を見てもう無茶はしないと誓ってください」
「わ、わかった! わかったから! もう無茶はしない! 次からはあなたを頼るから!」
ヴァルターはようやくカルミナの顎から手を離すと壁ドンからも解放してくれた。
「最初からそう言っていればいいんですよ」
ヴァルターは小さく笑ってカルミナを見下ろしていた。
「(こ、このドS騎士がぁ……!)」
カルミナがヴァルターと共にパーティー会場に戻ると、ちょうど本日の主役である勇者ユアンが登場し、慰労パーティーへ参加してくれた人々への感謝を伝えているところだった。
「皆さん、今日はゆっくり楽しんでいってくださいね」
穏やかで紳士的な態度でそう挨拶を終えたユアンは、大きな拍手に包まれながら簡易ステージから下りた。
「(フィンフィールはあっちでアレクシスと話してて、ヴァルターもそこに向かった……。ユアンはステージ下で貴族たちに捕まってる……。カシウスはシャンパンを飲んだくれてて……エヴァンも貴族たちと話をしている……)」
カルミナはホッと息を吐く。
ひとまず今は自分の近くに死の影はなさそうだ。
このまま目立たず息を潜めて、あとはフィンフィールが誰とバルコニーに出るのかを注視していればいい。
カルミナは給仕からピンク色のノンアルコールシャンパンを受け取ると、バルコニーが見えるパーティー会場の隅に位置取って、会場内を警戒しながら見回していた。
そうしてしばらく会場内を観察していたカルミナの元に、ひとりの男が近づいてきて声をかけた。
「こんばんは、ヴァーミリオン嬢」
「(…………こいつは……ロワルド侯爵家の分家筋の男だったはず)」
「いい夜ですが、楽しんでいらっしゃいますか? 実は以前からあなたとお話ししてみたいと思っていたのです」
「それはどうも」
「あなたは噂通り聡明で美しく、気品に満ちた女性ですね」
カルミナは表面上は笑顔を貼り付けつつ、内心では盛大に舌打ちをする。
「ふふ、あなたのような方が私の何をご存知なのかしら」
「えっ」
「顔と家名、社交界で流れている噂。その程度で私の人となりまで理解したつもり? 随分と想像力豊かなのね?」
「え、えっと……それは……」
「ああ、ご安心なさって? 別にあなたのような人に本当の私を理解してほしいなんてこれっぽっちも思っていませんから。では、ごきげんよう」
にこやかに男性を切り捨ててその場を立ち去ろうとしたカルミナの背に、男性の声が飛んでくる。
「お待ちください、ヴァーミリオン嬢!」
「はあ。まだ何か?」
「どうか私にあなたのことをより深く知る機会をお与えください!」
「なるほど。あなたはお話が通じないから嫌われるのね」
「はは、手厳しいなぁ」
本当に面倒な男に捕まってしまった。
張り手でもかまして逃げてやろうか。
こんなときに限ってヴァルターは助けに来ないんだから!
カルミナがぐっと拳を握り固めた、そのときだった。
「カルミナ様」
「!」
穏やかな声がカルミナの名前を呼んだ。
今日のパーティーの主役である勇者のユアンだった。
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