2.フィンフィールと5人の男たち(4)
◆ ◆ ◆
それからしばらくして、勇者ユアンの邪竜討伐慰労パーティーの日がやってきた。
王都にある広いホテルのパーティー会場を貸し切って行われる盛大な慰労会に、カルミナも青いドレスに身を包んで参加した。
「カルミナ様、ブルーのドレスとてもお似合いです!」
「はは……どうも…………」
わざわざ笑顔でそう言いにきたフィンフィールに苦笑いを返す。
彼女はいかにも聖女らしく、淡いピンクのドレスを着ていた。
「今日はお越しくださりありがとうございます。カルミナ様が来てくださって、ユアンもきっと喜びますよ!」
「どうかしらね」
悪を狩る勇者はカルミナにとっても敵だ。
ユアンは冷静で冷徹な勇者であり、カルミナを殺すときも顔色ひとつ変えない。
「……それよりフィンフィール、あなた何当然のような顔をして私の隣に立っているの」
「えぇっ、せっかく学院の制服姿じゃないカルミナ様のおそばにいられるのに!」
この子ってこんな性格だったっけ……?
今回の生では、アレクシス達と同じくフィンフィールのカルミナへの好感度も妙に高いように感じる。
「ああ、もう! 鬱陶しい!!」
カルミナは自分の腕に腕を絡めてくるフィンフィールを振り払おうとしてはたと気づく。
パーティー会場に来ている貴族の男性たちがチラチラといやらしい目で彼女を見ていること、そしてフィンフィールの手が小さく震えていることに。
「(……怖い思いでもさせられたのかな。聖女候補といえど、貴族の男たちは庶民の女の子を下に見てるから)」
腕を振り払うことは簡単だし、きっと私はそうすべきなんだろうけど、怖い思いをしている彼女を男たちの前に突き出すのはどうなんだろうか。
カルミナの矜持として、悪女として振る舞う中でも誰かを物理的に傷つけることはしないと決めていた。
今フィンフィールを見捨てることは、そんな私の矜持に反するのでは?
「……ねえ。あなたあの男たちに何かされたの?」
「えっ」
「あそこの、入り口近くにいる伯爵家の3人組よ」
「あ…………いえ、その……」
フィンフィールは口ごもる。
やっぱり何かあったのか。
カルミナは近くにいた給仕からゴールドのシャンパンが入ったグラスを受け取ると、フィンフィールの腕をそっと自分から引き剥がす。
「言いたくないなら言わなくていいわ。あいつらに直接聞くから」
「あっ! か、カルミナ様……!?」
カルミナはパーティー会場の入り口近くで下品な笑みを浮かべている伯爵家の3人組にカツカツと歩み寄ると声をかける。
「ねえ、ちょっと話を聞きたいのだけど」
「うわっ!? ヴァーミリオン侯爵家の……! な、なんすか」
「あなたたち、聖女候補の女の子に何かしたでしょ」
3人は顔を見合わせるとヘラヘラとした笑みを浮かべながらカルミナに向き直る。
「別になんもしてねえっすよ、ちょっとパーティー抜けて遊ぼうよって誘っただけで」
「そうそう。聖女候補だかなんだか知らねえけど、庶民が俺らに声かけてもらえるなんてむしろ感謝してほしいくらいっすよ」
「あんな庶民、顔くらいしか取り柄ねえもんな」
「ふうん……」
カルミナは3人を見渡すと、おもむろに手にしていたシャンパンをそのうちの1人に向かってぶちまけた。
「うわああ!? な、何すんだこのブス!!」
「伯爵家の恥知らずが……。今回のあなたたちの品位を欠く発言は全て記憶したわ。加えて、侯爵家である私への暴言もね。全てあなたたちの家と王宮へ報告するから覚悟しなさい」
「なっ……!?」
「この場は聖女候補のフィンフィールが取り仕切り、勇者ユアンの邪竜討伐を労うための場よ。あなたたちはこの場にふさわしくないからさっさと消えてちょうだい」
「このアマ……!」
「ああ、でも何も口にせず帰るなんてね? せっかく来たのだし、床に溢れたそのシャンパンくらいなら舐めてもいいわよ」
「カルミナァァァ!!」
コケにされ激昂した伯爵家の男は拳を握りしめるとカルミナに殴りかかろうとした。
カルミナは冷静に男を睨みながら、いつでも魔術を発動できるよう身構える。
「そこまでです」
「!」
カルミナたちの間に黒い影が割り込み、伯爵家の男の腕を捻り上げた。
「いだだだだ!」
「お、お前……アレクシス殿下の護衛騎士……っ!」
その場を制圧したのは護衛騎士のヴァルターだった。
ヴァルターはカルミナを一瞥すると、床に押さえつけた伯爵家の男に耳打ちする。
「一部始終を拝見しておりました。今のはカルミナ様がアレクシス殿下のご婚約者だとご承知の上での行動でしょうか」
「ぐっ……!」
「であれば、王家への反逆罪に問わせていただきますが」
ヴァルターの言うことはもっともだが、それだとあまりにも手続きが面倒になる。
カルミナはため息をつくと、ヴァルターの肩に手を置いた。
「ヴァルター、その人を離しなさい」
「…………よいので?」
「あなたが離さなければ会場から出て行ってもらうこともできないでしょ」
「……」
ヴァルターはまだ伯爵家の男を床に取り押さえたまま離さない。
カルミナはしょうがないな、と首を振ると、男の目の前にズダンとヒールを突き立てた。
「ひっ……!」
「あら、ごめんなさい? 危うくあなたの目を潰してしまうところだったわね。……二度と聖女候補に近づかないと約束してくれるかしら」
「わ、わかっ……わかりました……!」
「ヴァルター、この3人を会場の外までお見送りして差し上げて」
「……承知いたしました」
ヴァルターに引きずられ、青い顔をした伯爵家の3人は華やかなパーティー会場から連れ出されたのだった。
「ふぅ……」
「カルミナ様……っ!」
「(げっ…………)」
一息ついたカルミナの元に駆け寄ってきたフィンフィールに、カルミナは気づかないふりをして背を向けた。
それでも諦めずにフィンフィールはカルミナの正面へと回り込む。
に、逃げ場がない……!
「お、お怪我はありませんか……!?」
「な、ないから……私は大丈夫だからあっちへ行って。あなたのそばに居たくないの」
「あの、今の、もしかして私のために……?」
「違うから。私があなたのために動くわけないでしょ、自惚れないでくれる? 自分の身の安全と、パーティーの治安を守るためよ」
「はっはっは。これはカルミナのただのツンデレだから、今の行動はフィンフィールのためだ、と受け取っていいぞ!」
「アレクシス様!」
ご、護衛騎士だけけしかけておいて何呑気に笑ってんだこの王子は……っ!
フィンフィールは泣きそうな顔で私の手を握ると何度も何度も頭を下げた。
「ありがとうございます……ありがとうございます、カルミナ様……! 勇敢なお姿、本当に素敵でした……!」
「ちょっ……! 離して! 気安く私に触るんじゃない!」
「幼馴染みでもあるユアンのためにと、今日のパーティーはたくさんの人に声をかけたのですが……人選を間違えてしまったようです……」
しょんぼりしてしまったフィンフィールの肩をそっと抱いて、アレクシスは優しい言葉をかけてやっている。
「初めての企画ではそういう失敗もあるだろう……。次はきっともっと上手くできるはずだ」
「アレクシス殿下……」
そう、そう!
それでいい!
2人の世界にどんどん入っていって、私のことなんて放っておいてくれればいい!
その場からこっそり逃げるべくジリジリと少しずつ後ずさっていたカルミナの背に、ドンッと誰かがぶつかった。
「っ、ごめんなさ……」
咄嗟に謝ろうとして振り返ると、ふらつきもしないで立ち尽くす冷静な目が、カルミナを見下ろしていた。
「いえ、お気になさらず」
伯爵家の男たちを追い出し、戻ってきたらしいヴァルターだった。
…………なんでこの男が私の後ろにいるの?
毎日22時に続話更新です。
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