2.フィンフィールと5人の男たち(3)
◆ ◆ ◆
第一王子のアレクシスは、カルミナが派手な嘘をついてフィンフィールを貶めようとしたことについて激しく怒り非難した…………なんてこともなく、
「フィンフィールが美しいからカルミナは俺を取られると思って嫉妬したんだろう。ああ見えて結構かわいいところもあるんだ」
と朗らかに笑って言ったのだった。
アレクシスのカルミナへの好感度は相変わらず狂っていたが、それでも彼は本来の運命通りフィンフィールと親しくなっているようだ。
カルミナにつきまとっていたフィンフィールを捕まえて、昼食に誘ったりおしゃべりをしたりしてくれる程度には。
そしてある日の放課後。
「(今日の放課後、アレクシスとフィンフィールは学院の中庭でおしゃべりをしているはず。今日2人に会うと厄介なことに巻き込まれるから……中庭の脇を通らず図書室側から遠回りをして校門を目指した方がよさそう)」
遠回りをしつつそれでも周囲を警戒しながら慎重に歩みを進めていたカルミナは、図書室を通り過ぎたところでホッと息を吐く。
ここまでくればもう大丈夫、あとは校門を目指すだけだ。
「(……ん? なんだか焦げ臭い気が……)」
「カルミナ様っ♡」
「ぎゃあーーーー!!」
「いや、カルミナ……侯爵令嬢としてその悲鳴はどうかと思うぞ」
カルミナの肩を嬉しそうに叩いたフィンフィール、そして彼女の傍に立つアレクシスに、カルミナは背後を取られていた。
青くなって振り返ったカルミナは、震える手で2人を交互に指差す。
「ど、ど、ど、どうしてお二人がここに……! 今日は中庭にいるはずでは……!?」
「ん? 確かに、中庭で話でもとフィンフィールを誘ったんだが、彼女が借りたい本があるとかで図書室に来ていてな」
「そうしたらカルミナ様のお姿を発見したので! ラッキーでした」
「ああ。俺たちはちょうど君に伝えたいことがあったんだ」
あああ、厄介で面倒なイベントのお誘いが……っ!
アレクシスは悪意のない顔でにこりと笑う。
「我が国の勇者ユアンを知っているだろう? 近いうちに彼の邪竜討伐の慰労パーティーが開かれる。君にもぜひ参加してほしいんだ、カルミナ」
勇者ユアンはフィンフィールの幼馴染みで、庶民出身の勇者だ。
その卓越した剣の腕で何度も王国の危機を救ってきた。
今回の邪竜討伐慰労パーティーは聖女候補であるフィンフィールの主催で、参加者を彼女が選定しているという。
「(このパーティーは私を殺す5人の男たちが全員揃ってしまう厄介なイベント……! 過去の生で参加を断れたことは二度だけあったけど、そのどちらも直後に死が待っていた、私が避けられないイベントでもある……! 誘われずにやり過ごすことがベストだったのに!)」
「どうでしょう、カルミナ様……? パーティーに参加してくださいませんか?」
庇護欲を掻き立てるようなうるうるとした上目遣いで見つめてきたフィンフィールに、カルミナは引き攣った笑顔を向けた。
「よ、喜んで参加させていただきますね~…………」
クソがぁ…………っ!!
カルミナの心は泣いていた。
笑顔のフィンフィールとアレクシスに見送られながら屋敷へと向かう馬車に乗り込んだカルミナは、外の景色を眺めながら大きなため息をついた。
勇者ユアンの邪竜討伐慰労パーティーの招待から逃げ切れたことは過去にも数回しかない。
楽はできなくなってしまったが、逆にいえば順当な運命でもある。
「(それに、今回のパーティー中にフィンフィールがバルコニーで2人きりで話をした相手が、今回の運命の中で彼女の恋人になる可能性が高い……面倒なことに変わりはないけど、このパーティーは私が最も注意すべき相手を絞り込めるイベントでもある)」
現時点でフィンフィールは5人の男たちとまんべんなく接していて、全員から好意を寄せられているようだった。
今回カルミナを殺しにくる相手……フィンフィールの恋人最有力候補が誰なのかを、ここでしっかり見極めておくのもいいだろう。
「(ポジティブになるのよ、カルミナ…………これまでの経験からもわかっているじゃない、ネガティブは負の運命を呼び寄せると)」
カルミナは頭痛すらしそうなこめかみをぐりぐりと指で押してほぐしながら、執事長が開けた馬車のドアから足を踏み出してヴァーミリオン家の屋敷の門前に降り立った。
「お帰りなさいませ、カルミナお嬢様……!」
「……ふん」
相変わらず怯えたような表情でカルミナを迎える使用人たちを冷ややかに見て、彼女は鼻を鳴らした。
……これでいい。
私はこの世界にとって悪でなくてはならないんだから。
「カルミナお嬢様……!」
「何よ」
足早に歩み寄ってきた執事のひとりが緊張した面持ちで胸に手を当て、カルミナに報告する。
「お嬢様とお話をしたいと……グランツ男爵家のエヴァン様がお見えになっています」
「!」
ジリジリ……
明確に何かが焼け付くような音、そして焦げた臭い。
カルミナはハッとして周囲を見回すが、今回も付近に何かが燃えている様子はない。
「(このタイミングでエヴァンが私に会いにきたことは今まで一度もなかったのに……もしかして誕生日パーティーでアレクシスに仲を取り持たれたことが影響している……? それにしてもこの焦げた臭いは一体なんなの……?)」
「お嬢様、いかがなさいますか」
「いちいち聞かないでちょうだい。幼少期に多少の縁があったからといって、この私が男爵家の嫡男なんかにわざわざ会うわけないでしょう」
「で、では……エヴァン様にはお帰りいただくということで……?」
カルミナは執事を鋭く睨む。
「何度も言わせないで。あんな根暗男さっさと追い返しなさい」
「……カルミナ」
屋敷のエントランスにカツ、と静かに革靴の音が響く。
柔らかな茶色い髪を揺らして、エヴァンがやってきたところだった。
「身分が卑しいと応接間でおとなしく待っていることもできないの?」
「……。俺に少しだけお時間をいただけませんか、ヴァーミリオン嬢」
「………………」
胸に手を当てて恭しく頭を下げた幼馴染みに、カルミナの胸が痛む。
本当は彼を邪険にしたいわけでも、ひどい暴言を吐きたいわけでもない。
でもそうしないと、私に待っているのは死だから。
人は命がかかっていたらなんでもするのだ。
「はっ! それが私にものを頼む態度? わかってないわねぇ、エヴァン! そんなに私の時間が欲しいなら、あなたの誠意を見せてみなさいよ」
「……というと?」
カルミナは腕を組んで、エヴァンの前にダンッとヒールを突き出す。
「私の靴にキスをしたら考えてあげなくもないけど?」
「………………」
できるわけがない。
仮にも男爵家の嫡男が、そんな奴隷の真似事のようなこと…………
カルミナのことをじっと見ていたエヴァンはその場に膝と手を突くと、黙って彼女の靴へと唇を近づけた。
使用人たちが息を呑む気配がする。
端正な顔立ちで理性的なエヴァンは、ヴァーミリオン家の使用人たちにも非常に人気なのだ。
「……っ!」
エヴァンの唇が足先に触れる直前にカルミナはさっと足を引くと、エヴァンの前に膝をついて彼の茶色い髪を鷲掴んで持ち上げた。
「……信じらんない、本当にやる馬鹿いないわよ」
「君と話をするためなら、これくらい」
「本当にやってたらそんな汚い口とは話なんてしないから」
エヴァンの髪をぱっと離したカルミナは立ち上がると使用人に言う。
「早くこの男を応接間に連れて行って。お茶くらいなら出しても構わないわ」
「は、はい! エヴァン様、どうぞこちらへ……」
「ありがとう、カルミナ」
「…………」
感謝の言葉がこんなにも居心地が悪いものだなんて、カルミナは知らなかった。
ヴァーミリオン家の応接間。
ソファーに腰を下ろして堂々と足と腕を組んだカルミナは、正面の席にきちんと座る整った顔立ちの幼馴染みを睨んでいた。
この男は顔が良くて理性的に見えて、フィンフィールと恋仲になった暁にはまるで豹変したかのように誰よりも病んだ依存心を見せる。
カルミナを殺すときも、いつだってこの男が一番残虐だった。
「それで? わざわざ屋敷に押しかけてまでしたい話って?」
「ああ。……実は最近、聖女候補であるフィンフィールにあることを相談していて」
「……?」
エヴァンがフィンフィールに何かを相談……?
今までの生でも2人が何かを話している様子は見たことがあったが、悩みを相談していたなんてことはカルミナも初めて聞く。
エヴァンは真っ直ぐにカルミナを見つめた。
「俺のことを君の右腕として、今後もそばに置いてくれないか」
「はあ……っ!?」
予想もしていなかったエヴァンの言葉に、カルミナは危うくソファーからずり落ちかけた。
「俺と君との間に埋められないほど大きな身分の差があることも、君がアレクシス殿下の婚約者だということもわかっている。その上で俺は……仕事上のパートナーとしてでいいから、これからも君のそばにいたいんだ、カルミナ」
「いや、ちょっ……ええと、ちょっと待って……あなたはフィンフィールのことが好きなんでしょ?」
「? まあ、彼女のことは嫌いじゃないが、それは友人としてだよ」
「はあ!? じ、じゃあ、私はなんだっていうの?」
「君は俺の大切で特別な、たったひとりの幼馴染みだ」
お、おかしいおかしい……!
アレクシスといいエヴァンといい、今回の生では2人とも私への好感度がおかしなことになってるって!
思えばあのやる気なしダウナー教師のはずのカシウスも、わざわざ関わってくるほど生ぬるく優しかったし!
みんな私がひどく扱って、私のことを嫌いになるはず……!
そうじゃなきゃ、私はすぐに死んでしまうはず!!
なんなの!?
こんなの今まで見たことないし、知らない……こ、怖い…………!
「え、ええと、確かにあなたはとても優秀だけど! 私の性格もよく知っているし、仕事のパートナーとしては最適かもしれないけど……っ!」
エヴァンはぱっと顔を輝かせる。
「じゃあ……!」
「待って待って、早まるんじゃない! ええと、ええと…………! そ、そう! こんな大切なこと、すぐに答えが出せるわけないでしょう……」
「それも……そうか」
カルミナは両手を組み合わせると、真剣な顔をしてエヴァンの綺麗な顔を見る。
くそっ……幼馴染みながら本当に顔だけはいいなこいつ……!
「俺は本気だから、前向きに考えてほしい」と言い残して帰っていったエヴァンを見送ると、カルミナは肩の力がどっと抜けて思わずソファーにだらりと寝そべった。
なんとか決断は先延ばしにできたけど、どうにかしてエヴァンの申し出を断る明確な理由を突きつけなければならない。
「(あんなの、まるでプロポーズみたいな…………ひぃぃ、ダメダメ! 今からでも全力でエヴァンに嫌われるようもっと努力しないと、私の命が危ない……!)」
必死になってエヴァンの対応を考えていたカルミナに、ふと全く別のひとつの考えが降り立った。
思わず体を起こしたカルミナはすん、と鼻を鳴らす。
「さっきエヴァンがうちに来ていると知らされたときにもした、あの焦げたような臭い……」
フィンフィールと廊下でぶつかるのを免れたとき。
フィンフィールがカルミナのクラスに編入してきたとき。
アレクシスがカルミナの誕生日パーティーに普段よりもずっと早く到着したとき。
中庭でしゃべっているはずのフィンフィールとアレクシスが、図書室の前に現れたとき。
そして、今までの生では経験したことがなかった、エヴァンの突然の訪問。
「思えば……今まで私が経験してきた生とは違うことが起きたときに、あの焦げたような臭いがしている……?」
もしかしてあの焦げた臭いは……私の本来の運命が焼けて、違う運命に派生している臭い……?
「………………はっ、そんな目に見えないものが焼ける臭いだなんて、馬鹿馬鹿しい……」
けれども、今までカルミナ以外誰もその臭いに気づいた様子がなかった。
その上何度も死んでは戻り、同じ生を繰り返していること自体、馬鹿馬鹿しく非現実的なことだ。
「…………ここまで共通しているとなると、可能性はなくはない……か……」
でもどうして今までは同じ生を送っていたのに、今回だけ急にこんなことが……?
この世界で、何が起きているの?




