2.フィンフィールと5人の男たち(2)
◆ ◆ ◆
フィンフィールがカルミナのクラスに編入してきてしまってからというもの、カルミナの学院生活はがらりと変わってしまった。
「待ってください、カルミナ様!」
「…………しつこい! ついてこないでと言っているでしょう!」
……学院内のどこへ行くにもフィンフィールが付いてくるのだ。
カルミナはフィンフィールのペンケースを掴み、思いっきりぶん投げた。
「あっ……!」
中身がバラバラと散らばってしまい、彼女は慌ててしゃがみ込みそれを拾い集める。
その隙にカルミナは早足でその場から逃げ出した。
あの女がいるせいで、静かに昼食を食べることもできない。
廊下の角を曲がるときにチラリと振り返ったフィンフィールは、通りかかった生徒たちによってペンを拾うのを手伝ってもらっていた。
「今のは良くないぞ、ヴァーミリオン」
「!」
廊下の角を曲がったところで、カルミナにそう声をかけた人物がいた。
カルミナは足を止めると、かったるそうに壁にもたれかかり眠そうに大きなあくびをしたその人を振り返る。
「……カシウス先生」
カルミナのクラスの若い担当教員であり、フィンフィールの5人の恋人候補のうちの1人……今後カルミナを殺す可能性のあるカシウスだった。
「昼休憩中の生徒を観察していたんですか? いやらしいですね、下心でもおありで?」
「おいおい。昨今生徒へのハラスメントとかめちゃくちゃ厳しいんだから、でかい声でそういうこと言うなよ」
カシウスは呆れた様子で頭をガシガシと掻くと腕を組んでカルミナを見下ろす。
「俺は別に他の教師たちみたいにお前の実力を疑っちゃいない」
「は…………?」
……なんの話……?
「……いや、違うな。俺はお前がいくら全てのテストで100点をとろうと興味がない」
「…………」
カルミナの背中を冷や汗が伝う。
その言い方は……まるで…………。
「……先生のその言い方は、まるで他の先生方が私の実力を疑っていると言っているように聞こえるのですが?」
「ああ、そう言ってるつもりだからな」
「……!」
カシウスはあっさり認めた。
繰り返される生の中で何度も同じテストや同じ授業を受けていれば、当然内容など嫌でも覚えてしまう。
「俺はある人物に命じられて、お前がテスト問題を不正に入手しているんじゃないかと疑って、ここ最近のお前の動向をかなり細かく監視していた」
ある人物……?
カルミナの不正を疑うとなると、カルミナの存在を疎ましく思っていて、かつ学院側の立場ある人間だろうか。
「まあ、結果はお前の潔白を証明することになっちまったわけだが」
「当然です。私が不正をしているなんて馬鹿馬鹿しいし、いくら先生といえど失礼ですよ」
「まあまあ、その点は不正してないって俺から他の教師どもにちゃんと言ってやるから。でもな、お前を観察してて別の面白いことがわかっちまったんだ」
「…………」
「ヴァーミリオン。お前には未来が見えてるな?」
「……!」
どくん、とカルミナの心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
正確には未来が見えているわけではないのだが……今までこんなことを言い当ててきた人物はひとりもいなかった。
…………やっぱり今回の生は、何かがおかしい。
「……未来視は最先端の魔術でも不可能だと、魔術講師であるカシウス先生が一番ご存知なのでは?」
「ああ。だからどうやってるのかはわからない。お前が常時魔術を使ってるような気配もないし。けどなぁ、お前に未来が見えているってことでしか説明がつかないことがたくさんあってなぁ」
たとえば不意の事故を避けてみせたこと。
そのことに驚きもしなかったこと。
護身術の授業で、相手の動きを正確に見切っていたこと。
テスト問題を把握していることもそう。
「…………それを私に伝えてどうしたいのですか?」
「別に、どうも。俺自身はお前に何も求めちゃいないし期待をしていない。ただ、お前に理解者という"逃げ道"を作ってやってほしいって、ある子に頼まれただけだよ」
「!!」
カルミナは目を見開く。
カシウスが誰かのために動くなんて、そんなのひとりしかいない。
教師と生徒という垣根を越えて禁断の恋をしてしまった相手……フィンフィールだ。
「俺はお前の秘密を知ってるひとりの人間として、何かあった時のお前の"逃げ道"にされるんだとさ。全くいい迷惑だよ。でもあいつに頼まれたんじゃしょうがないからなぁ」
「…………」
カシウスは踵を返すと背後のカルミナに向かってヒラヒラと手を振る。
「ま、そういうことだ。何か人に言えない悩みがあったら、いつでも先生に相談しなさい。その代わり、彼女には優しくしてやってくれ」
カルミナはカシウスが立ち去ってからもしばらくその場に立ち尽くしていた。
どうしてフィンフィールがカルミナの秘密を知っているのだろうか。
いつから知ってたの?
どこまで知ってるの?
「(まさか、彼女も生と死を繰り返して……? いや…………でもそれだと私が死ぬたびに17歳の誕生日に戻ることとの辻褄が合わない……彼女には彼女の人生があるはず……)」
直接フィンフィールに問いただす……?
……いいえ、この世界の中心である彼女との関わりは極力避けたい……どこに即死級の地雷があるかわからない……。
かといって、カルミナにはカシウスに言われたようにフィンフィールに優しくすることもできない。
カルミナが誰かに優しくすると、それは死亡フラグとなって彼女に手痛く返ってくるからだ。
「(……フィンフィールのことは気になるけど現状彼女に構う余裕は私にはない……。となると、私がやることは今までと変わらない。死を少しでも先延ばしにするために、非道な悪女を演じ、フィンフィールと5人の男たちへの警戒を怠らないだけ)」
カルミナはぐっと拳を握りしめると、決意を瞳に宿してカシウスとは反対の方向へと歩き出した。




