2.フィンフィールと5人の男たち(1)
フィンフィールがカルミナのクラスメイトとして編入してくるという異常事態があった日の夜。
ヴァーミリオン侯爵家の王都別邸では、カルミナの17歳の誕生日パーティーが華やかに執り行われていた。
「か、カルミナ様……お誕生日おめでとうございます」
「ええ、どうも。他に用がないならさっさと帰ってくださるかしら?」
「は、はい……申し訳ございませんでした……」
"ヴァーミリオン侯爵"の名に擦り寄りたい貴族たちはカルミナのご機嫌取りに忙しい。
だが、毎度同じ言葉を同じ顔ぶれの貴族たちにかけられてカルミナもうんざりしていた。
何十回目の17歳の誕生日ともなれば、もはや新鮮味も何もない。
「(誰ひとりとして私自身をみてくれてはいないのに、そんな相手にまで返事をしているだけでも感謝してほしいものね)」
最初こそそのことを寂しいと感じていたものの、ここまで繰り返すうちに「そういうものだからしょうがない」と諦め、受け入れてしまうようになった。
「(今日、この場で私が扱いを気をつけるべきは3人だけ。私の婚約者であり第一王子のアレクシス、その護衛騎士のヴァルター。そして……)」
「カルミナ。誕生日おめでとう」
落ち着いた声に呼ばれ、カルミナはゆっくりと振り返る。
「…………エヴァン、今年も来てくれたのね」
幼馴染みの、エヴァン。
エヴァンはカルミナと違い、下級貴族の出身だ。
幼少期こそ仲が良かったものの、成長するにつれて真面目で正直者のエヴァンはカルミナに強い劣等感を感じるようになり、よそよそしい態度をとるエヴァンにプライドの高いカルミナも苛立ちを覚えるようになっていった。
「当然だろう。ヴァーミリオン侯爵令嬢の誕生日なんだから」
「……。へえ。私がお父様の娘じゃなかったら、あなたはここにいなかった、と」
「…………そういう意味で言ったんじゃない」
「あなたも他の貴族家の人間と同じで、"私"じゃなくて"私の家柄"をみてこの場に来ているのね」
「……カルミナ」
何度繰り返しても、この瞬間は胸が痛い。
大切な友人だったエヴァン。
さようなら。
「そんな人間要らないわ。あなたも用がないならさっさと消えてちょうだい」
「……っ!」
エヴァンが苦虫を噛み潰したような顔になり、何かを言おうと口を開いた瞬間、また何かが焦げ付くような臭いがしてカルミナは慌てて辺りを見回す。
屋敷が火事になっているとしたら大変だ。
「…………?」
だが、周囲は先ほどと何も変わらない。
焦っている人も、炎に怯えている人もいはしなかった。
「(今日だけでもう三度も妙な臭いがしている……なんなの……?)」
カルミナが周囲を警戒していると、ホールの入り口が騒がしくなった。
「アレクシス殿下よ!」
「きゃあー! 今日も本当に素敵だわ……♡」
護衛騎士のヴァルターを連れた第一王子のアレクシスが、爽やかな笑顔を振りまきながらホールにやってきたところだった。
「(…………おかしい。いつもよりアレクシスの到着がかなり早い……)」
今までカルミナが経験してきた17歳の誕生日では、彼はパーティーが終わるギリギリの時間に僅かに顔を出すだけだったはずだ。
アレクシスはカルミナを見つけると真っ直ぐに彼女の元へ歩いてくる。
「……アレクシス様。お越しいただきありがとうございます」
「誕生日おめでとう、カルミナ」
そしてそばに佇む浮かない顔のエヴァンに一度目をやると、瞬時に状況を把握したアレクシスは、呆れたような顔で再度カルミナを見た。
「君はまたエヴァンにつらく当たっていたのか? 優秀な友人を邪険にするなと言っているだろう」
「恐れながら、エヴァンはもう私の友人では」
「わかったわかった、そういう見栄はもういいから。ちゃんとエヴァンに謝るんだ」
「は……? な、なんで私が……!」
何これ……?
どうしてアレクシスがエヴァンと私の仲を取り持とうとしているの?
第一、今までこんなこと起きたことなかったのに!
っていうか私がエヴァンに何かした前提なのも腹が立つ!!
とはいえ第一王子の手前、その手を払いのけて命令を無視するわけにもいかない。
カルミナは渋々エヴァンに向き直ると、明後日の方向に目を逸らしながら小声かつ早口で言う。
「ひ、ひどいことを言ってごめんなさい、エヴァン…………私が悪かったわ……」
「!」
普段なら何があっても頭を下げない侯爵令嬢からの謝罪に驚いたような顔をしたエヴァンは小さく微笑んだ。
「今日という場に君も緊張していたんだろう? 俺にだけは遠慮せず接してくれて構わない。気にしないでくれ」
アレクシスはエヴァンの返答に満足そうにうんうんと頷いた。
……本当に、何なのこれ?
アレクシスに恭しく頭を下げて立ち去ったエヴァンの姿がかなり遠ざかってから、アレクシスはカルミナに耳打ちした。
「カルミナ。実は君に聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう」
「今日、君のクラスに聖女候補が編入してきたそうじゃないか。どんな子だった?」
…………なるほど、これが本題か。
聖女は国力を左右するほどの力を持つ。
その見習いであるフィンフィールに、アレクシスは今までの生でもずっと興味と好意を持っていた。
「(いつもなら自分のクラスメイトになるはずだったフィンフィールが私のクラスメイトになってしまったから、わざわざこうして情報を聞きにきたってわけね……)」
カルミナは僅かな時間で考える。
フィンフィールがアレクシスと恋仲になってしまう可能性を初っ端から挫くことができれば、アレクシスに処刑される未来は回避できるのではないか?
アレクシスをフィンフィールから遠ざけることができれば、同時にその護衛騎士であるヴァルターとフィンフィールの接触機会も減らせるだろう。
カルミナは微笑んだ。
「とんでもないブスで野蛮人の庶民でした」
「な、なに……本当か」
「ええ。本当は聖女になりたくないのに無理やり選ばれてしまって、王宮を恨んでいるそうですよ。聖女になったら王国を潰すと言っていました」
「と、とんでもない悪女じゃないか……」
「穢らわしいので近づかないほうがよろしいかと」
カルミナが勝利を確信しながらふっと笑ったその瞬間だった。
彼女とアレクシスの間にずいっと黒い影が割って入ってきた。
「(第一王子の護衛騎士、ヴァルター…………)」
こいつも場合によっては私を殺しにくる……。
アレクシスへの絶対的な忠誠と守護を誓うその護衛騎士は冷ややかな目でカルミナを見下ろして牽制すると、そっとアレクシスを振り返る。
「殿下。カルミナ様のお言葉を鵜呑みにするべきではないかと」
「何……? カルミナ、今の言葉は嘘なのか?」
「いえ? 本当ですけど。退きなさいヴァルター。護衛騎士風情が、殿下と私を前にして頭が高いわよ」
「…………。……失礼いたしました」
再びアレクシスの背後へと下がったヴァルターを睨んでから、カルミナはアレクシスへ向き直る。
「まあ、カルミナほどの美貌を持っていれば、大抵の女性は自分より見劣りすると感じてしまうものだろう。聖女候補のことをそう見下さずとも、俺はカルミナをちゃんと愛しているから心配することはない」
「……? はあ、どうも……ありがとうございます……?」
……おかしい。
アレクシスのカルミナへの好感度は本来こんなに高くないはずだ。
これは国と家に決められた政略結婚で、お互いそこに愛はない。
カルミナはなんとも言い知れぬ不気味さに背中を震わせたのだった。




