1.歪んだ世界
この世界は……歪だ。
「カルミナの首を刎ねよ!」
あるときは高らかにそう宣言した婚約者によって処刑台で首を落とされ、
「カルミナァァァ!! 死ね、死ね、死ねぇぇぇ!!」
あるときは幼馴染みの手で背後から心臓と腹を滅多刺しにされたし、
「あいつのために死んでくれ」
あるときは担任教師に首を絞められた。
「貴女は罪を犯しすぎた」
またあるときは王国の勇者に腹を貫かれ、
「殿下に歯向かう者には凄惨なる死を」
またあるときは、第一王子の護衛騎士に体を真っ二つに斬られる。
侯爵令嬢であるカルミナ・ヴァーミリオンに待っているのは、いつでも残酷な死のみだ。
「(今回私を殺すのはヴァルター……だったか……)」
口の中に生温かい鉄の味が広がる。
体がずるりとズレる感触と同時に世界が暗転した。
ーーー
ーー
ー
「お、おはようございます、カルミナお嬢様……」
「………………」
天蓋付きの大きなベッドの上で目を覚ましたカルミナに、カーテンを開けていた使用人が緊張した声音で声をかけた。
暖炉にはすでに暖かな火が灯っており、窓の外は雪だというのに室内は暖かい。
ベッドの上で体を起こしたカルミナは使用人に問う。
「今日は何月何日だったかしら」
「は、はい! 1月3日です。カルミナお嬢様の、17歳のお誕生日でございます……!」
「………………」
カルミナは深く息を吐く。
どうやらまた戻ってきたらしい。
ついさっき真っ二つにされたはずのこの体は、傷ひとつなく元に戻っている。
「(…………もう何度目だろう)」
処刑され、殺され、事故に遭い……死んで意識を失ったと思ったら、こうして17歳の誕生日に戻る。
最初こそ恐ろしかった死の瞬間も、何度も繰り返すうちに「ああ、また戻るのか」と思ってしまう程度には、死への恐怖は薄れていた。
「いつまでモタモタしているの? 早く着替えを手伝いなさいよ、ノロマ」
「は、はい! 申し訳ございません……!」
慌ててカルミナに頭を下げた使用人は、広い部屋の窓のカーテンを全て留め終えると急いでカルミナの学生服を持って彼女に駆け寄った。
死に戻るたびに何度も繰り返したこの同じ朝のやり取りにも、カルミナは辟易していた。
この世界は歪だ。
カルミナがそう感じている理由がいくつかある。
ひとつ目は、カルミナが死ぬと彼女の17歳の誕生日に時間が巻き戻るということ。
そして、カルミナ以外の誰ひとりとして、時間が巻き戻ったこと……何度も同じ時間を繰り返し生きていることに気がついていないこと。
広い屋敷内のエントランスを歩いていたカルミナは、エントランスの隅に身を縮こませるようにして小さくなった使用人の前に立つと、前回の生でやったのと同じように彼女が傍に置いていた雑巾を洗うバケツを思い切り蹴飛ばした。
「あっ……!」
エントランスが汚れた水で水浸しになる。
使用人は真っ青になってカルミナを見上げてから、「申し訳ございません」と平伏した。
「今夜は私の誕生日パーティーがあるのよ。汚れひとつなくなるまで磨き上げなければ許さないから」
ふんっと鼻で笑い、冷たく言い放つ。
「し、承知いたしました……!」
使用人は床に頭を擦り付け、震える声でそう言った。
この世界が歪だと感じる理由はもうひとつある。
どうやらカルミナが悪人であればあるほど、長く生きられるらしいということだ。
カルミナが誰かに優しくした翌日に、頭上に鉢植えが落ちてきた。
使用人に謝った翌日に、食事に毒を盛られた。
反対に、誰かを罵り、誰かを傷つけ、誰かから恨みを買った日は、何も起きなかった。
死んだところでどうせまた17歳の誕生日に戻るだけだろうが、死ぬほどの痛みはそう頻繁に経験したいとは思えない。
だからこそ意図して、彼女はわざと非道に振る舞う。
死にたくないから。
とはいえカルミナ自身、何度も同じ時間を繰り返すことで罪悪感も磨耗してしまい、今さら誰かに優しさを振り撒くつもりなどなくなっていたが。
「(悪逆非道な振る舞いをして、至る所からたくさんの恨みを買って……どのみちそんな状態で長生きなんてできるわけがないのに)」
しんしんと雪の降り積もる庭園を抜け、屋敷の門前に待機していた馬車に乗り込み学院に向かった。
今日から冬のホリデーが明け、新学期が始まる。
馬車から降りたカルミナはヴァーミリオン家の執事長に見送られて学院へと足を踏み入れた。
ホリデー休暇明けの学院内は、久々に会った友人との再会を喜ぶ生徒たちの笑顔に溢れている。
「(あの廊下の角で、私は彼女と出会う……。……ん?)」
そんな生徒たちの間を抜け、背筋を伸ばし、紅の美しい髪を靡かせて廊下を歩いていたカルミナは、ふと足を止めて辺りを見回した。
何かが焦げついたような臭いがしたのだ。
けれども周囲の生徒たちは和やかな雰囲気で、火事を知らせる様子や炎に焦る様子も特にない。
「(……? 私の気のせい……?)」
すん、と鼻を鳴らしたものの、何かが焦げたような臭いはもうしなくなっていた。
不思議に思ったカルミナが再び廊下を歩き出そうとすると、目の前で2人の生徒がぶつかり合って派手に尻もちをついた。
「いたた……ご、ごめんなさい、私、よそ見をしていて……!」
「いや、僕こそごめん。怪我はない?」
カルミナは思わず目を見開いた。
いつもなら彼女はここでカルミナとぶつかる。
カルミナがどれだけ廊下の端を歩こうと、歩く速度を変えようと、あるいは遠回りをしようと、なぜか必ずあの少女はカルミナの前に現れ、抱えていた教材をぶちまける。
何度繰り返しても変わらなかった。
それが今回、少女は初めてカルミナとぶつからずに、見知らぬ男子生徒とぶつかったのだ。
「(……今さらこんなことが起こるなんて)」
少女は男子生徒に教材を拾うのを手伝ってもらうと丁寧にお礼を言い、唖然として近くに立ち尽くしていたカルミナを振り返った。
「あ、あの! ヴァーミリオン侯爵家のカルミナ様……ですよね?」
「!」
「私、フィンフィール・ロースターっていいます。ええと、今日この学院に編入してきて……」
ゾッとした。
この少女は回避したはずの運命……すなわちカルミナと廊下でぶつかり、挨拶をする運命へと軌道修正してきたのだ。
カルミナはぐっと奥歯を噛み締めると、いつも通りのセリフを吐き捨てた。
「気安く話しかけないで。ああ嫌だ、庶民臭さが移ってしまうわ、汚ならしい!」
「あっ……カルミナ様…………」
そうしてフィンフィールを置き去りにし、その場からさっさと立ち去った。
フィンフィールは王国の監査官に選ばれた庶民出身の聖女候補である。
善良で、純粋で、素朴で、誰にでも優しく、広く好かれる存在だ。
だからこそ、今までの生で周囲に嫌われ疎まれるカルミナに何度も優しい手を差し伸べようとしてくれた。
「(あいつ……あの女こそが、この世界の歪みの中心……っ!)」
カルミナがこの世界が歪だと感じているみっつ目の理由。
それがフィンフィールだった。
この世界は明らかにフィンフィールを中心に回っている。
嫉みや僻みではない。
文字通り、この世界の中心は彼女なのだ。
フィンフィールが泣けば、王子は彼女を慰めた。
フィンフィールが笑えば、騎士は彼女を守った。
フィンフィールが困れば、勇者が駆けつけた。
そうしてカルミナがフィンフィールを傷つければ、誰かしらがカルミナを殺しに来た。
「(あの、ヤンデレ男製造機が……っ!)」
カルミナはいつしかフィンフィールのことを陰でそう呼んでいた。
人々がフィンフィールを愛するほど、人々はカルミナを嫌う。
そしてこの世界はどこまでもフィンフィールに甘く、優しく、都合がいいようにできているが、その分カルミナにつらく、厳しく、うまくいかないようにできていた。
「(かといってフィンフィールの聖女の恩恵に与ろうとしてあいつに優しくすると、私は処刑台に登る前に不慮の事故で即死ぬ! あいつのことも他の奴らと同じくひどい扱いをしなければ、私は……!)」
教室に着いたカルミナは自分の席に着くと肩から髪を払い退けてふぅ、と息を吐いた。
……私は少しでも長く生きるために、冷静で冷徹で、非道な女を演じ続けなければならない。
何が起こるかはわかっているし、いつ、どこで、誰にどんなことを言えばいいのか……何通りも全て経験済みだ。
それに……フィンフィールが次にどう動くのか、いくつかのパターンがあることもわかってきた。
フィンフィールが恋に落ちる相手……すなわちカルミナのことを殺しにくる男は、暫定5人確認できている。
カルミナの婚約者であり、この国の第一王子でもあるアレクシス。
そのアレクシスの筆頭護衛騎士、ヴァルター。
カルミナの幼馴染みで、今は袂を分かってしまった下級貴族のエヴァン。
王国の勇者であり、フィンフィールの幼馴染みでもあるユアン。
そして学院においてカルミナの担任教員でもある魔術講師のカシウス。
今まで何度も何度も繰り返されてきたカルミナの生のなかで、フィンフィールは例外なく必ずこの5人のうちの誰かと結ばれてきた。
……つまり、逆にいえばこの5人の動向に注意を払い、距離感に気をつけていれば、カルミナの死の時期をうまく延ばすことができるかもしれないのだ。
「新学期一発目の朝礼を始めるぞー、どいつもこいつも席に着けー」
相変わらずダルそうなカシウスが教室に入ってきてそう言った。
その瞬間。
「(……まただ。またさっきと同じ、何かが焦げ付くような臭い……)」
カルミナは異臭の元を探ろうと、教室内を見回す。
「おっと、そうだ。出欠確認の前に今日はお前らに紹介したい奴がいるんだった。入ってこい」
「は、はい!」
「っ!?」
なんで……嘘でしょ!?
あんたは私とは学年が違うはずでしょうが!
「フィンフィール・ロースターだ。聖女見習いとしてこの学院で勉強することになった。わからないことも多いだろうから、色々優しくしてやるように」
「フィンフィール・ロースターです。学院や貴族社会のことを少しでも早く理解できるようがんばります。失礼がありましたら遠慮なく教えてください。よろしくお願いします!」
「聖女見習いだって! すごいのね」
「とても愛らしいわ〜!」
なんでフィンフィールが私のクラスに編入してくるの!?
今までこんなこと一度もなかったじゃない!
「ロースターの席は……ヴァーミリオンの隣が空いてるな」
しかも私の隣の席なの!?
カルミナの隣の席へやって来たフィンフィールは、荷物を机に置くとカルミナに笑いかけた。
「またお会いしましたね、カルミナ様!」
まずい、まずいまずいまずい……!
こいつと関わると私は死ぬ!!
「……気安く話しかけないでと言っているでしょう。理解力が乏しいのかしら?」
「す、すみません……」
「…………」
しゅん、と落ち込んでしまったフィンフィールに胸が痛くなる。
カルミナも生き延びるためとはいえ、望んで人を傷つけたいと思っているわけではない。
ましてや相手が関わり慣れていない善良な人間となると、胸の奥に罪悪感が残る。
「(これだからイレギュラーは嫌なのに……! さっきこの女が廊下で私とぶつからなかったことといい、今回は何かがおかしい……どうなってるの……?)」
これまでカルミナが経験してきた生から逸脱し始めた運命。
それは救いか、それとも絶望か……。
ご覧いただきありがとうございます。
ブクマなど頂けますと、更新モチベーションになります!
どうぞ、カルミナの未来を見届けてあげてください……!




