責任問題は転嫁しきらず。
ヒュース・ボレウスの処刑も前日となり、帝都にある屋敷にて休息していたノーマン。
彼の寝室にあるツインベットの傍らには辛うじて機械で出来ていると認識できる球体が添えてあった。
ノーマンはいつも通りの時間に起き、身支度を整えてからその球体を一瞥してからこう言う
「いってきます。」
それだけ言うと彼は寝室から出て屋敷内にある食堂にて朝食を取る。
この屋敷に貴族として住んでいるのはノーマンただ一人。
しかしその一人を世話するにしては、帝都の中でも上位に入るほどの大きな屋敷である。
三,四世帯くらいは養えていけるだろう。
また、使用人に至っては一人を世話をするにしてはかなりの人数が動員されている。その八割を亜人が担っている。
前提としてヴァンデッタ帝国では唯一神にして絶対皇帝ただ一人が主権を持つという思想と人間至上主義の思想が蔓延っている。
ヒトよりも劣る亜人を蔑むという思想だ。
そういうことがあるので基本的に貴族の奴隷は亜人と言うことが多い。
戦争における能力や戦功以外にもどれだけ亜人の奴隷を自身がどれだけ所持しているかにもよって貴族の格は上がっている。それは考え方としては慈悲深い人間であるということを証明できるかと言う話なのだろう。
実に人間らしくてくだらない、偽善の押し売りとはまさにこれのことなのだろう。
ノーマンの屋敷にもかなりの数の亜人が居るので外聞の貴族の格という分野においてはかなり上位の方には食い込むのだろう。最も貴族としての位自体は低いノーマンのそれは他の上位貴族からしたらいい顔はされないだろう。
だが、ノーマンは人間至上主義者ではない。
妻は亜人だし、生まれ育った村には亜人なんていくらでもいた。
だがそれ故に今の社会における亜人の扱い方にはあまりいい顔が出来なかった。
なので、少しでも多く亜人の奴隷に真面な生活を送らせるため、彼自身が拷問して殺した貴族から。
奴隷商人から。そしてなにより大恩ある協力者から経た人員である。
ノーマンは自身の復讐のこと、妻と同じような目に合わせないようにすることその二つを果たそうとしていた。
今彼が貴族として暮らしている屋敷は元々別の貴族が暮らしている屋敷だった。
その以前の貴族はもちろん既にこの世には居ないのだが。
ただ、別にノーマンが拷問で殺して得た財産ではない。
前任の拷問官先ほど言った協力者がノーマンのために用意した屋敷だった。
食事を終え外出用の装いに着替え終わって、100を超える使用人から見送られながら彼は屋敷の前に止められている馬車に乗った。
向かった先は職場のある城に向かうのではなく、城から一番近く、帝国で一番でかい屋敷。
ヴァンデッタ帝国の開国の歴史で語られる忠臣の一族。
彼らが帝国の歴史上皇帝に反抗したことはなく、帝国において歴史に名を残さなかったことがなく、貴族の中の貴族。誰もが羨む揺るぎない貴族としての格。
戦功も奴隷の所有数も何をとっても彼らの右に出る者は居ない。
邪知暴虐にして無知蒙昧、人間のダメな要素を掛け合わせたような精神年齢が子供以下で子供のまま大人になったような人間である皇帝でさえも、かの一族の言うことには耳を傾け、その言うことをしっかりと聴く。
かの皇帝と真っ当にしゃべれること自体が他の人間からしてみたらありえないという所ではあるのだそのが。
ノーマンの乗っていた馬車は帝都内の栄えた大通りを通って無事に屋敷に着いた。
広い屋敷の中を亜人の使用人に案内されノーマンは客間へと通された。
そこで待っていたのは帝国の重鎮。
年令は六十代は超えているのだろう。整えられた顎鬚に、ボンパドールの髪型そのどちらも白髪混じりではいるもののその気配や体つきは衰えている様子の一切を見せない。
この様子で当人は軍略の方が得意と言うのだから恐ろしい話だ。
それもそのはず、目の前に居るこの男はヴァンデッタ帝国が宰相「ティモーロス・フォン・シデ―ロス」
その人だ。この時代に居る皇帝を除いての最強で、なおかつ狡猾。非常な人間至上主義者でこの大陸全土を観ても一番の亜人差別主義者でもある。とされている。
「よくぞ私の呼びかけに応じてこの場に来てくれた子爵。先日の活躍は聞いたぞ。ヒュース・ボレウス伯爵に誅を下したそうじゃないか。よくやった。さすがは皇帝陛下もお認めになった拷問官だな!歴代の拷問官でも平民からの大出世と貴族社会でも話題になるほどの残虐性で管理しきれていない面倒な悪徳貴族の連中もある程度なりを潜めたぞ。落ち着いた今のうちに取り押さえておけるところはこちらでやっておくとも。」
そう言って笑うシデーロス公爵は心の底から嬉しそうに語ってくれた。
「いえいえ。私は現在の拷問官として適正な審判を下しただけです。私の役目は審判を下す者。それも拷問と言う経路を伝って。今回のボレウス伯爵に至っては裏金と帝国への叛旗と言う形で処理させていただきました。今回の報酬のほどもよろしくお願いいたします。」
ノーマンはあくまで仕事をしただけであると割り切って彼に答える。
ただ、その堅苦しい口調に少し気に食わなかったシデーロス公爵は
「むぅ。そんな堅い口調は寂しいではないか?毎度毎度君の沙汰の大半を隠したうえで、他の貴族に少しだけ噂を流すことでこれでもかと恐怖心を煽っておるのだぞ。私としてはもう少し砕けた口調で話してくれてもいいのだぞ。」
そう彼こそがノーマンの最大の協力者。帝国宰相にして前代の拷問官。
田舎からやってきた、ただの平民だったノーマンを見出した上でその能力を買い、今の地位にまで引っ張って来た男だ。
彼は世間一般では帝国が誇る人間至上主義の塊のような人間だと思われているがその実は全くの逆で、大量に亜人奴隷を所有しているのは、他の貴族に渡すよりかはマシであるからだ。
噂程度に奴隷に対する扱いの話を出しておけば自分自身の他の貴族から見た外聞も良い。宰相として動きやすくなる。
宰相の一族は「鉄の掟」という皇帝陛下と交わした密約があり、それは建国以来3000年一度たりとも破られたことはない。簡単に言ってしまえば一族は帝国を支え、皇帝は一族を支えるというものだ。
そのため彼の一族は[鉄の一族]と呼ばれている。
鉄の一族は歴代皇帝の側近として使えてきたが、それはあくまでも皇帝の暴走を止めるためにある制御装置のようなもので、いつかその時がきたら皇帝を亡き者にし、マトモな国家運営に変革しようと目論んでいる。
そのため、同じような心持ちを持つノーマンとの出会いはある種天啓だと感じている。
それに対してノーマンは尊敬や感謝、信頼、畏敬の念すら抱いているが、馴れ合うつもりは全くない。
何故なら既に手遅れな自分には今更誰かと馴れ合う資格などないと感じているからだ。
そのため公爵が少しだけ砕けた口調になった時にはムッとした不機嫌そうな顔になって公爵に軽くアピールしている。
ただ、ノーマンは昔から妻を含む村人たちから童顔だと馬鹿にされているくらいには童顔なため今の顔も少々ばかし可愛いものになっている。
「まあ待て待て。そんな顔をするな。分かったから。今日の呼び出しの用件は二つほどある。まあ、一つ目はもちろん仕事についてだがな。」
先ほどまでとは少しだけ変わり真剣な様子で公爵は語り始める。
「まず仕事に関してにはなるが、お前の妻の所定の沙汰人が分かったぞ。本来大抵の亜人の処刑はそこまで行われるようなことはない。見せしめとして複数人が同時に処刑されることはなくはないが、よほどの大罪人でなければあのような一人での処刑に踏み込まれるようなことは全く持ってありえない。それこそ皇帝陛下に何かしたものであればそうなるかもしれないがな。一応部下に調べさせたが、お前の妻に奴隷として脱走した以外の罪はない。それに関してもあそこまでいけばほぼ時効のようなものだ。だからなにか裏があるかとも思ったのだが、そうしたらあたりだ。お前の妻は貴族の道楽で殺された。奴隷売買をしていたのは確かにヒュース・ボレウス伯爵だったが、奴隷の所有者は別の人間だったのだ。それは『コラクス・ブラデュス・オーモス』侯爵だ。彼は上位貴族で私と同様超が付くほどの人間至上主義者で私とは違い本当に人間が上位者で亜人は下位の存在だと認識している。彼は君の奥さんの脱走を聞いた際にあえてあまり捜査はせずに逃がすよう指示を出していたそうだ。理由としては成長しきってある程度幸せを享受した方がより絶望するからだそうだ。何よりもこの1件を皇帝陛下は把握しておられる。面白い見世物としてな。侯爵という地位であるのと共に、その事情も存在しているため、今回は彼の処刑は見送りだとも。それに現存の帝国法では亜人自体を裁く法律はあっても亜人に何かをした者を罰する法律などないのだから。ただ、彼の近辺を見るに少々きな臭いことがあってな。部下にも調査をさせる上で君にも拷問の仕事を任せたい。」
それを聞いたノーマンはただ頷く形で返答をし、新たに自身の敵であると認識した侯爵に対する怒りを一度飲み込んだ。いつかその首に近づくことを考えながら。
「返事は良し。お前が今回拷問する相手は前回同様に伯爵位を持つものだ。名を『コミステース・ヒッポス』伯爵。まあ有体に言ってしまえば運び屋だ。それも奴隷と情報のだ。本来であれば貴族を捕らえるのは難しいことだが、宰相であり鉄の一族である私の命令には逆らえんからな、情報も売り出しているということもあり国家機密の漏洩の疑いでの調査と言うことでとりあえず拘束している。取り調べと言う名の拷問を受けるとは思ってないがな。いざ戦争となった時の国力を削いでおかなければただでさえ現状攻略不可能な皇帝陛下の暗殺が完全にできなくなってしまうからな。それにお前の復讐のためにもなる。任せたぞ。」
「もちろんです。閣下。私は貴方の元に付いた時から、貴方が亜人差別の撤廃のために動いてることを信じております。その上私の復讐にも着手してくれている。私は自身のためにも閣下のためにも仕事をこなしていくのみです。」
ノーマンは笑顔で公爵に向かって話した。
「そうか。ただ、勘違いはするなよ。私は君の能力に惹かれてあくまでここまで大々的に協力をしているのだ。拷問官と言うヴァンデッタ帝国内部においては次期上役ポジションにまで就かせて、な。まあ君自身の心意気に惹かれている私自身もいるのだけれどな。」
少し照れくさそうに公爵はそう言った。別に60代を超えたおじいさんが照れていても世間一般的にはそこまで萌えはしないし、何のイベントも発生しないのだが。
期待した人には申し訳ないが、もちろん目の前のノーマンとも発展はしない。ジジイのギャップ萌えなど誰が得をするのだろうか。
「それはそれとして二つ目の用件なのだが、はっきり言って朗報だ。だが、現状はまだ吉報と言うほどではないのだがね。」
ジz…公爵は話を変えて最初に言っていた2つ目の用件について話し始めた。
「帝国の西側で強力な存在が確認された。それも君の生まれ故郷の近くでだ。帝国最西の地にある村で駐在していた帝国兵が2名を残して全滅したそうだ。その2人が帝都まで報告してきたのだ。聞いたところその村で管理していた亜人奴隷を徹底的にいじめ抜くためにバカンスで来ていた、帝国兵でも有力な将校もその場に居たそうだ。それも称号持ちのだ。しかし一瞬で葬られたそうだ。黒装束と白装束の二人組そして一人の若い女性の手によってだそうだ。なんでも亜人奴隷をその一行が庇って起きた戦闘らしい。素性は今のところは不明だが、確実に戦力になるうえで見込みはあるはずだ。それに私にも残された時間はあまり多いわけではないのでな。どうにか打倒皇帝のために戦ってくれるのか自分自身の足で交渉してくるのだ。
なので、私は一度帝都を開け、西の村へと行ってくる。宰相としての仕事もそうだが、お前への仕事の采配や情報収集の方も部下に任せているから安心しろ。と言っても情報収集で君たちに叶うとは私はあまり思っては居ないのだがね。兎も角、諸々頼まれてくれよ。」
そう言って公爵はノーマンに手を差し伸べた。ノーマンもそれを断るはずはなく握手を交わしてお互いの
意思を確かめ合った。
公爵の計画が上手くいき、かの皇帝が崩御するようなことが起きれば、必ず亜人達は昔や今よりも生きやすくなる。そんな時代に妻が居てくれればどれだけよかったのだろうか、だがそれは叶わない。復讐にとらわれている私が行うべきは、彼女のような弄ばれる被害者を出さないことと、私のような憐れな復讐気と言えば名の通りの良い殺人鬼の生まれない世の中に近づけていくことのみだ。
そのためにその障害になりうるものは必ず消し切って見せる。
そのような考えを巡らせて改めての決意を胸に秘め、ノーマンは城に向かい仕事の準備に取り掛かる。先ほど聞いた2つ目の用件。それがいつもあるようなちょっと戦力になる程度の話ではなく、ノーマンのひいてはこの大陸に住まう人々にとってかなりの影響を与えるとはまったくもって考えてもいなかった。
承認欲求と自己開示欲求と不眠症が治らない今日この頃。
誰かああ!助けてくれぇぇぇ!
あとは最近色んな拷問の手法を考えるのも趣味になりそう。まあ魔女裁判よりだけど。
それではまた、次の拷問で。




