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「私に出来るのはここまで……。
後の事は、丸投げしてしまう事になります。
私より…この先を生きる人達の方が大変だと思います。
不確実な血と力に頼らない瘴気対策を、どうかお願いします」
エリルシアはそう言い残し、ロザリーと手を繋いだまま背を向け歩き出した。
背後からラフィラスの声が聞こえる。
レヴァンや父親の声も…けれど、此処で自分が怖気づけば大地は腐り、人は死ぬのだ。
ロザリーと共に瘴気塊のある場所へ行けば良いと言うのがわかるだけで、実際…自分がどうなるのかわからない……予想は付いているけれど、今更逃げ道はない。疾うに覚悟は出来ていた。
【エリルシア……】
「うん、行きましょう。
手遅れにならないうちに」
付け焼刃ではあったけれど、拘束魔法を練習しておいて良かったと心底思う。
誰も危険に晒す事無く、全てを完遂する事が出来るだろう。
瘴気塊があると思われる場所にまで辿り着けば、思わず自分の目を疑う光景が広がっていた。
浄化の為に集まってきた魔素が取り巻いて、塊自体が白い靄の塊のようになっている。
しかし魔素の供給は、既に追いつかなくなりつつあるのだろう。
エリルシアの目には、白い靄の合間から、細く黒い靄がうねり出ようとしている様子が視えた。
「随分とまぁ……領の時と違って地表に近い場所に塊があるのね…」
ウィスティリス領で見た澱み……あの瘴気の残滓は湖の底、とても深い場所にあった。
だから直接的に人々に作用せずに済んだのだろう。
だが目の前の瘴気は違う。
遠く目を凝らせば、とても浅い場所に、長く広がる瘴気の層が視える。
恐らくネデルミスの農業地帯と重なるのではないだろうか…比較的地表に近い異変だから、影響も速やかに出た事だろう。
そして目の前……ここで完全に地表に這い出ようとしている。
今はまだ表出しきってはいないが、それも時間の問題だ。
「私の役目はこの瘴気を留める事ね」
【うん……ごめんなさい】
「ぇ?」
【…だって……だってエリルシアを道連れにしてしまう】
「そうね…でもそれは此処に至るまでに覚悟は付いたわ。
だって、私達が頑張らなきゃ、人だけじゃない…たくさんの命に影響が出てしまう。
それでロザリー…貴方の保有する魔素で足りそう?」
【ん~~……ちょっと難しいかも。
思った以上に相性が悪くて、わたしを解放しても半分くらいしか浄化出来ないかもしれないの…】
「そっか…でも、抑え込んで、表出し掛けてる分の半分でも浄化可能なら、そうしてるうちにこの地の魔素も集まってくるでしょう。
……ま、運任せになりそうなのは、とても…とても不本意だけど、どうしようもないわね」
ロザリーがエリルシアを見上げる。
それに気づいてエリルシアも目線を合わせた。
【ここまで連れてきてくれてありがとう
解放前に弾かれても困るから、最後まで手は繋いでてくれる?】
「勿論。
その間、私はこの瘴気を抑え込めば良いのね」
【うん。
もう会う事も出来なくなるけど……次に機会があってもその時にこうして人型を取れるかわかんないし、その頃には…】
「そうね。
随分と先の事になるだろうし、次の私が現れるかどうかもわからないわ。
でも、きっと大丈夫よ。
その時までには何らかの瘴気対策は、誰かが考えてくれる筈。
お願いした事を反故にするような彼等じゃないわ」
エリルシアは靄の塊に近付いた。
前世以前の記憶達が、エリルシアが成そうとする事を後押ししてくれる。
(大丈夫。
あの時の……懐かしいっていうのも変だけど、爆風を封じた時の感覚で行けば出来るわ)
過去、自分でない自分が経験した事をなぞる。
魔素が纏わりついて蠢いていた白い靄が、その動きを止めた。
一気に畳み掛ける。
自分ごと、封じるのだ。
足元から結晶化していく。
エリルシアはロザリーを見た。
「もう、大丈夫?」
【うん】
手を離せば、ロザリーの姿は薄れ、白い光の渦になる。
その渦も結晶内に、霧散しないよう包み込む。
瘴気の白い靄は逃れようとするかのように、踠きだした。
周囲に漂う霧も、結晶に巻き込む。
ゴゥと音を立てて風が吹き集まって、霧が晴れていく。
エリルシアは隠すように身に着けていたブローチを握りしめ、天を仰いだ。
(最期のお願いを聞いてね、ロザリー。
どうしたって無事では済まない…だから大丈夫だと思うけれど、万に一つも生き残りたくなんてないの。
だって…目覚めても殿下が…ラス様が居ない場所なんて私には意味がないから…だから、このまま死なせて…ね)
エリルシアごと全てを結晶の中に閉じ込めた後、風もピタリと止み、静寂が訪れる。
いつの間にか朝が近づいていたらしい。
瘴気の霧が晴れた空は、朝焼けのグラデーションに彩られていた。
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