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視界が白い。
頬を何かがサワリと滑る。
ゆっくりと瞼を持ち上げれば、ぼんやりと輪郭を滲ませた色が眩しさを伴って目に入ってきた。
何度か瞬きを繰り返す。
滲んでいた色が輪郭を取り戻し、風景として形を成した。
起き上がろうとして失敗する。
だが地面に突こうとした時、その感触が記憶と違う事に気が付いた。
(土でも草でもない……何……石?
丸くて…大きさは不揃いね…)
起き上がれず、寝転がったまま首をゆるりと巡らせれば、四角く切り取られた空が見えた。
そのまま重い身体を捻り、仰向けになった所で力尽きた。
(……あぁ…。
私は…死ねなかったのか………)
自分が封印結晶から解放されていると言う事は、もう瘴気を覆い留める役割は必要はなくなったと言う事。
エリルシアの眦から雫が零れ落ちた。
あれから何十年経ったのだろう……もしかすると百年以上経っているかもしれない。
頬に感じる風は爽やかな温かさを纏っていて、季節が違う事を感じた。
(あの時は秋……今は春…時間は……日中と言う事くらいしか…わからないわね)
重い腕を動かし胸元に手を伸ばす。
ブローチの感触にホッと小さく息を吐いた。
何とか人に見つかる前に、此処から立ち去りたいのに、身体は思うように動かない。
(もう…きっと私の知ってる人は何処にも……。
だったら、せめて遠く、独りになりたい…)
必死に身体を動かそうとするが、エリルシアが自身の身体の自由を手にする前に、近づいてくる足音に気が付きた。
足音は酷く慌てているように聞こえる。
自分がどんな形で封印されていたのか知りようもないが、普通に…というのも変な話だが、地表でそのまま固まっていた事だろう。
間抜けすぎて笑いも出ない。
バタンと乱暴に扉を開く音がする。
考えればわかった事だ。空が四角く切り取られていたのだから、縁取る物があった訳で……エリルシアが転がる場所は壁に囲まれていて…今一度見上げれば、空は大きな天窓越しに見えていた。
起き上がる事も出来ないのだから、例え這って移動出来たとしても、扉を開く事は難しかったかもしれない……そう自嘲気味に口元を歪める。
もう…どうとでもすれば良い。
結晶の中の人間等、普通の扱いはされないだろう。
良くて幽閉、悪ければ実験体か……と、投げやりな思考になった時、暖かな腕に抱き上げられ、そのまま抱き締められた。
(え……)
疑問に思うより先に、鼓膜を……懐かしくて愛おしい音が震わせた。
「……エリ…」
ありえないと思っていた音に、思考が停止する。
頬に熱い何かが触れた。
視線をずらす。
自分を抱きしめる人物の髪が揺れた。
青みを帯びた金色が……揺れた。
「…………」
身体だけかと思ったが、声までまともに出せないようだ。
生き残ってしまったと思っていたが、もしかしたら自分は間もなく死に至るから、夢を見る事を許可されたのかもしれない。
それはそれで、なんて幸せな夢だろう。
最期の夢だというのなら、少しは自分の望みのままに振る舞っても許されるだろうと、エリルシアは重い腕を必死に持ち上げる。
彼の伏せられた顔の方へ手を伸ばすと、ハッと顔を上げて覗き込んできた。
「……エリ…?」
自分の名を紡ぐ唇に、指先で触れる。
「……ぁ…大好…き…」
夢なら告げたって良いじゃないか。
そう思うのに、夢の中の彼は悲し気に顔を歪めた。
「だったら……だったら、どうして僕を置いて行った……?
……ううん、わかってる…君が封じてくれてたから、被害を食い止められた…わかってる」
あれ…何かがおかしい。
夢なのだから、そこはそんな酷く現実的な話をするところではないだろう?
と、エリルシアが目を微かに見開く。
「あれから3年経ったよ」
涙の跡を拭いもしないで、彼はエリルシアを姫抱きに抱え上げた。
「君が瘴気を封じて……。
見える?」
そう言って彼は地面に目を向ける。
「空の魔石。
瘴気を少しでも早くなくせば、君を取り戻せるんじゃないかと……。
レヴァンも、皆も……プルガ王も協力してくれたよ。
そして……僕は再び君を抱き締める事が出来た。
もう、離すつもりはないから、覚悟してくれる?」
「………ぇ…ぁ…」
やっと出せた声は酷く間抜けで、エリルシアはやっとコレが夢でない事に気付いた。
だが、そのまま言葉の続かなくなったエリルシアを見つめる目を翳らせ、彼は……記憶の中よりまた少し精悍になった……けれど相変わらず線の細い美貌に変わりのないラフィラスは、苦しそうに言葉を続ける。
「……でも…今なら…。
まだ今なら……エリがレヴァンの方が良いと言うなら……手を離してあげられる……と、思う…」
「私で……私なんかで…良いのですか…?
私は傷物で……何より異分子で人外で……そんな私が…御傍に居ても良いと…?」
「傷物でもないし、君を人外だ何だと言う輩はいない。
それに『なんか』なんて言わないで……君は僕の最愛で、救世の聖女なのだからね。
……それで…どうだろうか……僕の傍に…ううん、僕の花嫁になってくれる?」
エリルシアの眦に浮かんでいた涙の意味が変わる。
嘆きから歓喜へ。
「はい」
「うん…大好きだよ…違うな…愛してる」
「私も、ラス様をお慕いしています」
二人は照れたように額をくっつけ合わせる。
そしてゆっくりと影が重なった。
これにて完結となります。
ここまでお読みくださって、本当にありがとうございました。
『永遠の初心者』と言う自称を、欠片も裏切らない拙さで、申し訳なく思いつつも、何とか完結させる事が出来ましたのは、偏に皆様のおかげです。
重ねて、本当にありがとうございました<(_ _)>
もしまた読んでやろうと言う奇特な猛者がいらっしゃいましたら、是非また宜しくお願い致します!




