162
「ロザリーお待たせしたわね」
エリルシアは薄膜に手を掛ける。
だがやはりと言うか…ネデルミス側に入る時と違って抵抗を感じない。
ここで思い出したのは『管理者以外に何故、調整者が必要だったのか』だ。
恐らくエリルシア以上にこの薄膜を越える事が、魔法大戦以前の各地管理者には、難しかったのではないだろうか…。
土地に縛られる呪いと表現したくなりそうだ。
「通れそう?」
【ううん……やっぱり無理ぽい】
ならば、思いついた方法を試してみるまでだ。
エリルシアは手に少しだけ魔力を集める。
その様子をロザリーは、首をコテリと傾けて見つめていた。
手を取るよう促し繋がった事を確認してから、手に集めた魔力をロザリーへと流し込む。
そしてそのまま引っ張った。
かなり抵抗があるが、それでも少しずつロザリーが境界の薄膜を越え始める。
「っく……」
他に思いつかず、強引な手法を選択したのだから覚悟はしていたが、それにしたってこれはかなりな重労働だ。
ロザリーの全身をネデルミス側に引き込み終えた頃には、肩で息をしている始末。
【エリルシア、大丈夫?】
「……はぁ、何とか…ね。
それじゃ行きましょうか」
【うん】
繋いだ手は離せない。
多分だが……手を放して魔力が途切れた瞬間、ロザリーは薄膜の向こうに引き戻されるか、最悪四方八方に弾き飛ばされる。
そんな予想図を簡単に思い浮かべる事が出来た。
氷の道は脆く、ネデルミス側の川辺に辿り着く頃には、半分以上崩れ消えていた。
川辺に降り立ってから、エリルシアは来た方向――ロズリンド、その先の領に向けているのか、遠い目で見つめる。
【エリルシア?】
「ぁ……ごめんなさい。何でもないわ」
エリルシアはロザリーと手を繋いだまま、待たせていた者達の方へ向かう。
だが、想定外の事が起きた。
全員の目がエリルシアではなく、その横に向けられている。
(……ま、さか……見えてる…?)
魔素の塊であるロザリーの姿は、エリルシアにしか見えないのではなかったか?
気配はファング達、感覚の鋭い者なら感じ取れていたみたいだが、ロザリーそのものを指摘される事はなかった。
いや、気配も最初の間は誰も気付いていなかったと思うのだ。
だから、気配がどうのと言いだした時に酷く驚いた記憶がある。
けれどそれも今となってはどうでも良い事だ。時間に余裕があるのなら検証してみたかったと思わなくもないが、現実として時間の猶予はない。
「……ウィスティリス嬢…その少女は何ですか?」
レヴァンが冷静に訊ねてきた。
その声を契機に、その場の視線がロザリーからエリルシアへと向けられる。
まぁ…見えていると言うのなら、当然の反応だろう。
形は人間…しかも年端も行かない少女の姿だ。
しかし纏う色は薄緑一色。
今は瞳の色が不穏な色に代わってしまっているけれど、元はその瞳も透き通ったビードロ玉だった。
普通の人間ではないと、どうしたって思ってしまうだろう。
そしてその考えは正解だ。
なにしろ彼女は本来言葉を交わせるなんて思い至る筈もない、魔素の塊なのだから。
エリルシアはふぅと小さく息を吐いた。
「彼女は敵ではありません。
見ての通り人外である事に違いはありませんが……この地を救ってくれる存在です」
【エリルシア、早く行こ
急がないと……わたしの魔素じゃ相性が良くないから】
「あぁ、そうね。
浄化はゆっくりでも、抑え込むのも厳しいかしら?」
エリルシアはロザリーの方へ顔を向けて問いかけるが、どうやら声はエリルシアにしか聞こえないようだ。
尤も、エリルシアも最初は何を言っているのかわからなかったから、おかしな話でもないのかもしれない。
「抑え込むのも無理と言うのは……その少女が抑え込む? …何、を…?
ぃゃ、それより…その子が救世主だとして、無理だと言うなら……まさか君が…?」
声を震わせるラフィラスに目を向ける。
(『察しのいい奴は(以下略)』……ね…)
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。




