161
「殿下…。
ですが、異変……瘴気をこのまま放置しては、甚大な被害に繋がります。
大地は不毛と化し、死が蔓延します。
為政者ならば、それを看過してはいけません」
エリルシアがにこりと笑う。
「人が居てこその国…ですよ?」
ラフィラスだけでなく、レヴァンもティルナスも、必死に耐えるように唇を噛んでいる。
プルガがポツリと呟いた。
「我が息子がまともであったら、是非とも嫁いできてもらいたい令嬢だな」
「私に価値等ありません。
それに更に縁を深める必要等ございませんでしょう?」
「価値がない…とは、不可思議な事を言う。
だが縁を深める必要はあるぞ…今回、我がネデルミスはロズリンドに多大な迷惑を掛けた。
まさか我が娘の一人が、偽の書簡を使ってロズリンドの王子や公子に婚姻を迫る等……情けないを通り越して、頭が真っ白になってしもうたわ」
そこまで聞いて、エリルシアはやっと気が付いた。
(ぁ……まさか婚約は…成立していない?
それどころか『偽』って…不当な要求で、殿下は望んでいなかったと言うの…?
……それに…『殿下』ではなく『王子や公子』……って…………ええっとぉ……ネデルミスの王女…節操なさすぎませんかね…?)
エリルシアは自分の思い違いに思わず頭を抱えたくなったが、冷静に考えれば聞きかじっただけの情報で、正確にわかる筈もなかった。
だが……。
(ほんと……私ったら嫌な子になっちゃったわね…殿下の婚約を祝福しないといけない立場なのに、成立してなかった、偽だったと知って嬉しいと思ってしまっているわ……。
でも、しっかりしなさい。
例えそうであっても、自分がやる事に、やらなければならない事に変わりはないのよ。
私はロズリンドの…誇り高きウィスティリスの娘。
精々大きな恩を、国境を無断で越えた事程度では到底相殺しきれない恩を、ネデルミスに売りつけてやるわ。
そうすれば……いえ、きっとお父様達が上手く活用して下さる筈)
エリルシアは歩き出し、外へ通じる扉に手を掛けた所で振り返る。
「行きましょう。
御心配下さるのは嬉しく思いますが、本当に私なら大丈夫なのです。
さっきも話したように、瘴気に近づけるのは一定以上の魔力器官を持つ者だけ……まぁ、言うなればこの世界にとっての異分子、突然変異な訳ですが……。
まずはそれをお見せしましょう」
外に出ると、兵士達が不安そうにしている様子が目に飛び込んでくる。
検問所辺りにはデマン、ソッド、そしてファングの姿もあった。
本当に心配をかけたのだろう、微笑んで見せればデマンとソッドはホッとした様に微笑み返してくれる。
ファングだけは眉間に皺を寄せたままだが、それはそれで平常運転だ。
検問所に通じる通りを離れ、川辺に近付いてから後ろを振り返る。
揃って険しい表情だが、確認したいのはそれではない。
兵士達はプルガの指示をよく聞いているのだろう。
エリルシアに同行する形になっているのは、ロズリンド側6名と、ネデルミス側はプルガとタッパーだけ。
他は遥か後方に小さく見えていて、近づいてくる気配はない。
そろそろ後方に小さく見える者達には、何をしているのか見えなくなっただろう頃合いで、まずは魔力器官の御披露目だ。
実際に魔法を使って見せ、自分なら瘴気に近付く事が可能だと示せば良い。
どのみちロザリーを迎えに行かなければならないのだ。
さっきと違い、最小限にしなくていいのだからと、サッと手を一振りする。
そんなパフォーマンスを行う必要等欠片もないのだが、前世以前の記憶にあったアニメや子供向けのショーを真似てみた。
そうした方が、魔法を行使しているとわかり易いだろうと思ったからだ。
途端に川面が白く凍りつき、人一人くらいなら通れそうな細い道が出現する。
完全に川の流れを堰き止めないよう、何か所かは開けておく事も忘れない。
自分の後方の8名が息を呑む。
作り出した道の脆弱さを考えれば、誰かが追って来るとは思えないけれど、一応念の為にと声を掛けた。
「皆様は其方でお待ちを」
氷の道は滑らない様に表面に手を加えて作り出しているので、無造作に足を踏み出す。
途中、同行した8名が川辺で、エリルシアを注視しているのを確認。
それなりの川幅があるが、何をしているかくらいは見えるだろう。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。




