第79話 円卓会議
「なむっ?! 予は最も尊び、崇めるべき神なるぞ。人の子らと平等とは笑わすでないわ」
アーリナの宣言に、斧神が憤懣をぶちまける。さらにそこへ、伝説の大蛇バジリスクの子孫である『バジコ』が「ぎしゃしゃあ!」と蛇眼鋭く参戦した。
バジコはラドニーにカプリと噛みつき、あたかもご主人様に歯向かうなと猛抗議しているかのようである。
「ええ~い、離れぬか! この汚らわしい蛇め!」
「バジコ! あんたどこに行ってたの?」
「ぎしゃ、ぎしゃしゃ」
「はいはいもういいから、そんな斧なんて噛んでないでこっちにおいで。歯に悪いわ」
「んなっ?! アーリナよ、予をそんなもの呼ばわりとは……貴様もそこに伏せ!」
開幕早々、大いに荒れる円卓会議。いつもなら無表情のリアナも、これには「っふう」と含み笑いをしていた。
(リアナが楽しそうに笑ってる)
やっとここまで辿りつけたと、アーリナは感慨に耽る。彼女の願いは、皆が笑って暮らせる場所を作ること。初めはこの領地を奪うことでしか成し得ないと思っていたし、今でもその考えは残っている。
そう、残っているというだけで、アーリナの中での絶対ではなくなっているのかもしれない。領地のような広大な居場所、多くの領民らに比べれば、ここはまだ小さな部屋で仲間の数も少数だ。
けれど、私たちは笑っている。すでに、欲しかった居場所は目の前にあるのかもしれない──アーリナは手のひらに視線を落とし嬉しさを噛み締める。
(──はっ! 待って待って。まだ宴も酣どころじゃないわ!)
ブルブルブル、と、アーリナは顔を振るって気を取り直す。そしてようやく本題へと入った。
「ゴホンッ、え~、あ~、声よし。それじゃあ、第一回円卓会議を始めるわ。取り敢えず、現状を整理しましょう。リアナ、お願い」
「まったく、会議の割には締まりがありませんわね。いいでしょう、私から──」
アーリナの声にリアナが応じ、現在フィットリアを取り巻く状況についての整理をした。
先ず、先日両親とともに訪れていたマグークス領から得られた情報。リアナ自身は直接得るに至っていないが、レインから訊きだせたことがいくつかある。
『リアナ様。現在、御父上は、マグナヴァ候との対談の席についておられます。レイハルク団長を交えた三者会談では、王都からの直接的な救援依頼などはありませんでした。ですが、これには帝国も絡んでいるようです』
レインの話では、騎士団長がマグークス領に赴いたのは、問題が生じている王都への助け舟を求めたわけではなく、王国全土のこととして幾つかの情報提供があったとのことだ。
第一に、王国騎士団副団長アザハル・カリファスは帝国と何らかのつながりを持っているということ。
第二に、帝国とは別の存在が、この両者を手引きしているということ。
そして第三に、間もなく起きる混乱に乗じて、シュトラウス領主であるライアット・ジェルドマンが、我が国の穀物庫でもあるマグークス領への侵攻を開始する、ということだった。
これより先の情報については、先刻、領主ダルヴァンテ自らが領警団へ伝えた指示の内容が全てである。現時点でのライアット候の侵攻準備がどこまで進んでいるのかは分からない。
だが確実に、その魔の手はマグークスへと伸びているのだ。
「──ただ、ライアット候の狙いは全く掴めておりません。単純に領地拡大へと動いただけなのか、それとも別の目的があるのか。とにかく今は、マグークス領への侵攻を必ず止めねばなりませんわ」
リアナは言葉を結び、耳を傾けた仲間たちに視線を流す。彼女のいうとおり、どうして今シュトラウス領が動いたのか、その理由は不明だがやるべきことは明白だ。
マグークス領は我が国の台所である。ありとあらゆる食材が、あの土地から流通網に乗って王国全土を循環している。そんな要所を押さえられれば、どうなるかは想像に難くない。フィットリアどころか、王都、他領の生命線を断ち切られることにも繋がりかねないのだから。
ラーズベルド王国の守護者たる、王国騎士団が総出で守備にあたるべき事態。だが、その騎士団は帝国によって雁字搦めで王都を離れることができない。
「これは、私たちフィットリアと盟約を結ぶマグークス、この両者のみで乗り切らなければならない。きっと、多くの犠牲もでることでしょうね……」
リアナの口が、重々しくもう一言を紡ぎだした。アーリナにザラク、それにモーランドの表情も硬い。
(そう、よね……領警団の皆だって……)
アーリナは独り思う。領地奪取が半ば遊び感覚に思えていたというのは、この世界に生まれてから約10年、何事もなく平穏無事に過ごせていたからだ。
無知とは本当に恐ろしい。領地奪取とは、言い換えれば戦争である。王国公認の内戦であり、多くの人々が犠牲となる戦争そのものなのだ。
彼女は下唇をキュッと噛み、これまでの軽薄な考えを恥じた。両親と戦って、領地を奪ってと、まだ見ぬ戦いを軽んじていた節もあるから──と、そのとき、
パシンッ。
「アーリナ様、ど、どうなされたので?」
アーリナは自らの頬を強く叩いた。突然のことに驚いた仲間たちだったが、彼女は心の声に耳を傾け、周囲の声を跳ねのけていた。
敵を倒すということは、相手が死ぬということ。その相手にも大切に思う誰かがいて、守るために戦っているのかもしれない。
正義と悪は立場で変わる表裏一体の想い。それも、自分の意志で戦うならまだいいだろう。けれど現実は酷だ。多くは民を率いる領主の意志によって否応なしに強いられる。心では悪と思いつつも、民は剣を振るうことしか許されない。
アーリナだって心の奥では分かっていた。今般、王都で起こった争いの渦。そこでは多くの領民たちも亡くなっていたのだ。更に遡れば、彼女自身が魔物と戦い、斧神の力で助けるつもりが逆に斬り殺してしまった。
強靭な魔物ですらいとも容易く死ぬのだ。脆く弱い人間なんて紙を切るに等しいものだろう。
領主の指示に従って命を賭して戦い、その大半が死にゆく。戦場に横たわる物言わぬ屍、これらの上に領主が望む未来だけが築かれていく。
私たちフィットリアは、侵略からマグークスの民を守る。強欲にまみれて戦うというわけではない。でも、そのために人が死ぬことを認めたくはない。名誉の死などと思いたくもない。
「リアナ、私は皆に死んでほしくなんかない」
アーリナの口から本心が零れ落ちた。それに対し、リアナは「お姉さまは、戦事を何と心得ているのかしら」と、冷たく目を眇める。
「私には力がある。敵味方関係なく皆を死なせない、そんなことを言うつもりはないわ。でも、それでも大勢が犠牲になるだけの未来なんて、私がこの手でギラギコバッタンに阻止してやるんだから」
「阻止、ですか……。理想だけの口上ならば誰にでも言えましょう。お姉さま、いい加減、目を覚まされてはいかが? これは戦なのです。貴方だって、領地を得て居場所を作る目的があるのでしょう? ミサラから訊きましたよ。でしたら猶の事、上に立つ者のご覚悟、犠牲の上に立つご覚悟をお持ちになっては?」
アーリナの理想と、リアナの非常な現実が激しく斬り結ぶ。そこへ、
「エ~、モホンッ。アーリナ様。それにリアナ様、とお呼びしてもよろしいでしょうか? 話の途中、失礼いたします。そのお話、我に考えがあるのですが──」
胸に手を当て、軽く会釈を交えたモーランド。彼の言葉にアーリナもリアナも「何よ」と、プンプン顔で彼を見た。
「モハッ、まあまあお気をお静めに」
そんな牛の割り込みで、この場は一時休戦した。




