第78話 屋根裏での集い
屋敷前に集められたフィットリア領警団。中には農具を片手にした領民たちの姿も多く見受けられる。彼らの前には演壇が置かれ、その両脇にミサラとレインがそれぞれ並び立つ。
そして、領主ダルヴァンテが表情を硬くし演壇に上がった。
「皆、日々の警備ご苦労である。早速ではあるが、本日招集をかけた理由を率直に話そう──間もなく、戦いが始まる」
領主の口から早々に重い言葉が零れた。だらだらと長話をしている暇などない。マグナヴァ候との合議も終え、敵対するシュトラウス領もすでに動き出している。
彼らから少し遅れを取ってしまったが、ここから挽回せねば──ダルヴァンテの胸奥は熱を帯びていたが、対応はあくまでも冷静沈着だった。
ダルヴァンテの手元に指示書などはない。だが、事前に文書をしたためていたかのように一切詰まることなく、流暢な語り口で指示が伝えられた。
この様子をアーリナは自室、悪く言えば屋根裏からぼんやりと眺めていた。あの場には母も妹も当然いる。ただ、私だけがお呼びではない。
先日、ダルヴァンテとマリアが訪問先から戻った際、すぐにマグークスの件について話があった。もちろんアーリナを除く関係者のみ。
内容については、後にミサラから訊きはしたが、家族での話合いの時点からアーリナの席だけはなかったのだ。
その話合いの冒頭、妹のリアナは『お姉さまも同席するべきなのです』と必死に訴えてくれていたが、両親が首を縦に振ることはなかった。
依然として、アーリナだけが家族から爪弾きされる現状は相変わらずである。とはいえ、窓の外を見つめ、アーリナがそのことで傷心しているわけではない。
「アーリナ様。我らも我らで出来得ることを考えましょうぞ」
と、親指をグッと立てて、口元をニヤリと吊り上げたのはタウロスロードのモーランド。それに、
「アーリナよ、予は腹が減ったぞ。ミサラに急いで食事を用意するよう、はよ言うてまいれ」
「ああ、俺も俺も。ったく、もう三日もここに閉じ込められてちゃ、食う以外に楽しみがねえぜ」
斧の神様である通称ラドニーに、もじゃ男改め前髪パッツンのザラクもいる。あまりにも騒々しくて、嘆いてなんていられないのだ。
「ああ~もうっ! うるさくて下の話が聞こえないじゃない! っていうか、集会が終わったら静かにしてよね。もしバレたりなんかしたら、分かってるわね? あんたたちまとめて、ギラギコバッタンの刑だかんね」
「は? なんだそれ。つうか前も言ってたよな? その、ギラギギ……」
「やれやれ、皆まで言わずとも分かっておる。だがその前にザラクよ、貴様は予に対する口の利き方がなっておらん。もっと予を崇め奉らんか、この戯けが」
そして、
「お姉さま! 居候たちの躾がなっておりませんわよ」
「はぇ?! え? え~、リアナがどうして?」
「どうしてもこうもありませんわ。もう少しお静かに願えるかしら。 お父様たちに見つかってしまっては、さすがの私も庇いきれませんからね。それと──」
決して人のことは言えないけれど、自由奔放というか、なんというか。リアナは「私もここでよろしいでしょうか? あのような堅苦しい場所は居心地が悪すぎなのです」と、気楽な此方へと足を運んだのだ。
「へえ~、まあたしかに堅苦しそうよね。貴方の好きなだけいて」
へえ顔の愛想笑いを浮かべながらも、アーリナの心は飛び跳ねるほどに嬉しかった。長年のツンツン。いやそれどころか、私に対してガン無視を決め込むことの多かったリアナと、こうして姉妹らしい関係を築きはじめている。
本心ではニコニコ顔に花丸をつけてもいいくらいだが、妹に「キモイ」って言われたくないから敢えての我慢だ。
「ところで、その斧は一体何なのです? 光の球はどこにいったのでしょうか?」
「んっ? それは予のこといっておるのか?」
「え……しゃ、しゃべっ、た?」
アーリナは妹の反応に一瞬だけ首を傾げたものの、「はぇ?」と目を丸くした。
(ひょ、ひょっとして……まだ精霊の話が生きていたっていうこと? てゆうか、ミサラがほとんど喋っちゃったって言ってたし、ラドニーのことも当然訊いてるのかと……)
彼女は斧神のことまで、ミサラに確認するのを忘れていた──がしかし、そんなことはどうでもいい。この際、妹には私の口から真実を話そうと思う。
アーリナは改めて、ミサラが白状した内容を頭の中で整理してみた。
先ずはザラク。彼は元フィットリア領主の息子。クルーセル家に爵位を奪われ、領地を追い出された恨みを胸にこの屋敷に殴り込んできた。結果、ミサラにボコられ下僕と化した。とりあえず今のところ、あの男に害はない。
次にモー君。授業用の材料採取のため森に行っていた際、突然、凶暴なミノタウロスがミサラに向かって牙を剥いた。彼女は常々、魔物についても授業に取り入れようと考えていた。だからついでにボコって下僕にした。
要は二人とも、アーリナの仲間というわけでもなく、ミサラの下僕として伝わっている。
それからラドニーのことについて。こちらはミサラに訊いていないというのであれば、今尚、実験で生み出された『精霊』であると信じ続けているのだろう。
ミサラから伝えられた事実には、一部脚色はあるが本筋は正しい。けれど、アーリナが話した内容は全く以て異なることだ。神と精霊では大違い。特に多様な書物を読み漁るリアナに違いを語らせれば、それだけで夜が明けてしまうかもしれない。
(ちゃんと神様だって、言おう)
彼女が一つ深呼吸して、これから真実を話そうと口を開きかけたそのとき、
「すごいですわ! やはり『神』というものは実在されていたのですね。この世のものとは思えない煌びやかなお姿をされておりますし」
「は、ぇ……」
アーリナの丸くした目は終に点となった。リアナは燥ぎ、どこかしてやったりに目を眇めている。
(リアナ……貴方知っていて、態とふっかけたわね……)
どうやら妹に一本取られたようだ。あれほど自然に驚いて見せるなんて……相当な役者だ。
ミサラは王都に来るまでの間ず~っと、リアナの詰問に晒され続けたと訊いている。彼女がアーリナに捧げる忠誠心は本物。でもそれは、何も口を堅く閉ざすことだけが正義というわけではない。
彼女は家族の誰よりも、こうして、私たち姉妹が仲睦まじく過ごせる日々を願い続けていてくれたのだ。
(初めから考えれば、わかることね)
ミサラはリアナの想いに応え、洗い浚い、真実を伝えているはずであると──。
アーリナは唇の端を安堵に緩め、ひと時だけ悦に浸ったが、再び唇を細くし、仲間たちの顔に視線を流した。
「じゃあ、そろそろいい? 私たちも始めるわよ。これからどう動くべきか、皆の意見を訊きたい。ここに集う仲間の命は皆が平等。つまり貴方たちの言葉の重みも同じことよ。だからここに宣言するわ、円卓会議の開始をね」




