第77話 動き出す、両陣営
一筋の閃光が俄かに軌道を変えた。轟く雷鳴とともに流れ落ちたその光は、遠く聳える一本の大木に狙いを定め、梢から根元に掛けて薪割の如くに切り裂いた。
「フフフッ。我が力、ここに極まれり……」
光が迸り、蒼水晶を戴くジェルドマンの杖は黄金の渦を纏っていた。これこそ我が力、これこそが『破邪の雷杖』の力であると、彼は高らかに誇った。
ジェルドマンが宿す雷属性は、まさに災禍とも呼べるほどの強大な力である。だが、その一方で、魔力の制御については困難を極めていた。
数多の雷撃で広大な大地を沈める。ジェルドマンにとってそれは容易く、一対多の戦いにおいて、彼の右に出るものなど誰一人としていないだろう。
しかし、フィットリア領主ダルヴァンテとの一対一での戦いは、この魔力制御が勝敗を大きく分かつ形となった。
ダルヴァンテはいくつもの巨大な竜巻を生み出し、さらにはその一つ一つを己の意志で操っていた。竜巻を消し去るには、膨大な魔力を一点に集中させるか、若しくは戦場そのものを灰と化すかの二択となるが、当時のジェルドマンにはそのどちらも叶わなかった。
ジェルドマンの放つ雷撃では嵐の暴威を止めようにも威力が足らず、挙句の果てに乱れ撃った雷すらも、竜巻はダルヴァンテの意のままに躱しはじめたのだ。
とはいえ、後者は論外。町はともかく、あの異質な存在ごと無に帰してしまうなど断じてあってはならない──ジェルドマンは戦いの最中にもかかわらず、途轍もない力の出処が気になって仕方なかった。
あれは言うなれば神の魔力『神力』で間違いない。文献が正しければ、その御神体は形状をいずれかの武器と成し、フィットリアのどこかに眠っているはずである。
ジェルドマンは何を以てしてもその力を手に入れたかった。現在の彼ならば、ダルヴァンテとも互角以上に戦うことができるであろう。けれど、渡り合えるというだけでは弱い。必要なのは確実に息の根を止める力なのだ。
拳を握り、不服に目を落とすジェルドマン。
「あとは神力、か。あの力さえあれば、ダルヴァンテなど蟻も同然。しかし、よもやレイハルクが私の計画に気づいておったとはな、とんだ誤算だ。それに、あの小娘までもが……」
王都内に潜む密偵。先日、右腕として重宝する剣卿ヴェルモンド・ユーグリアスをしてマグークス領内の守りを探らせていたが、王都にも当然送り込んでいた。
四闇刃の一角、魔流卿ディネア・アクアム。彼女からは王都内において、かの伝説的大蛇である『バジリスク』が各地を荒らしまわっており、その対処に多くの住民たちが当たっているとの報告があった。
遠く離れた他領での出来事であればそれも頷ける。だが今回は王のお膝元とも言える王都内で起こったことだ。騎士団が総力を挙げるべきところを、救援に向かったのはごく少数──これには、ジェルドマンも首を傾げていたが、ディネアの続く言葉で彼は確信した。
『ジェルドマン様。どうやらこの一件には、副団長が絡んでいるようです』
王国騎士団副団長アザハル・カリファス。ジェルドマンは予てより、アザハルに対し懐疑心を抱いていた。
評議会の場でも、アザハルの姿を度々目にすることはあったが、ジェルドマンは彼の胸奥に潜んだ闇をその鋭い眼光で見透かしていたのだ。
口では平然とレイハルクの腰巾着を演じている。されど、業を煮やすほどの抑えきれない野望を隠しきれてはいなかった。
いずれはこうなるとは思っていたが、意外にもそれは早かった。臆病な痴れ者が、こうも大胆な行動に踏み切るとは──。
と、そのとき、魔伝機がリンリンと鳴った。ここはライアット邸内の一室。彼は屋外空間から室内に戻り、鳴り響く魔伝機にそっと右手を翳した。
「──私だ」
「こちら、ヴェルモンドにて候。これより拙者、マグークス西の丘陵へ進軍仕り候のち、その地に待機といたす候」
ジェルドマンは計画を前倒しで進めていた。すでに剣卿ヴェルモンド率いる約一万もの軍勢が、マグークス領内へ向けて行軍を開始していたのだ。
ディネアからの知らせがなければ、レイハルクが王都の混乱に乗じて、まさかマグナヴァ候と接触していたとは思わなかった。
しかもレイハルクは、どこから情報を得たのか知らぬが、こちらの企みに気づいている。こうなってしまっては、ダルヴァンテの裏を探るなどと悠長なことを言っている場合ではない。
兎にも角にも本作戦を必ず成功させる。魔技大会での優勝を確実なものとするためには、この手が最も最善かつ最強の一手なのだ。
「ああ、ヴェルモンドよ。対岸の準備もまもなく整うだろう。この戦いで、我らシュトラウスの力はより堅固なものとして知れ渡る。王国のみならず、北の大帝国までもな」
「我らシュトラウスに栄光あれ。これにて失礼仕る」
魔伝機を切ったジェルドマン。彼は続けて王都に潜むディネアへと指示を送った。
「魔流卿ディネアよ。お前はドーランマクナからフィットリアへと潜入せよ。そして、リアナ・クルーセルを殺せ」
◇◆◇
フィットリア領アルバスの町。ダルヴァンテがマグークス領から戻って三日目。屋敷の前には、多くの領警団が集められていた。ミサラ、そしてレインも普段では見慣れない防具姿で整列していた。
ミサラは鍛錬の際、硬い木製の真っ白な胸当てを愛用している。けれど今回は違って、白銀に輝く鋼の胸当てを身につけていた。もちろんその下は、いつもながらの使用人服のままである。
以前、アーリナは、
『ねえミサラ。胸当ての下にも帷子とか、ちゃんとしたのを着たほうがいいんじゃない?』
ミサラにそんなことを訊いたことがあった。これに対し彼女曰く、
『こちらの方が動きやすいので』
たしかにガチガチに防備を固めれば、それだけ安心感はあるだろう。だがその一方で重さは増すし、動きにくくなるのも頷ける。
かたやレインは、上下濃紺の執事服から一新。深緑の胸当てに肩当て、腰回りには頑強そうな皮の矢筒付きのベルト式ポーチまで巻かれている。
レインは風魔法の使い手兼弓の名手として一部で名が通っていた。特に彼女の弓捌きは逸品で、矢筒が腰というのも何とも洒落ている。
とはいえ、戦いにお洒落など不要だ。一般的に考えれば矢筒は背中に掛け、肩越しに矢を取り出して射抜くほうが最も効率的ではないかと思う。しかし彼女の鍛錬を見てからというもの、この常識はアーリナの中で覆った。
アーリナは、屋敷の裏手でリアナと鍛錬するレインの弓捌きを何度か見かけたことがある。たとえば、普通は弓を構える前に矢筒から矢を取り出して弦にかけると思うが、彼女の場合、この前提からして異なる。
レインが矢を取らずに弓の弦を引き絞っていくと、矢筒からは一本の矢がふわりと浮かび上がる。その矢は鏃を的に向けて水平となり、勝手にレインの弦を引いた手の中に収まったのだ。
そこからバシュン、バシュンと怒涛の速射。標的となった的はその役目を果たすことなく、一瞬にして木端微塵となった。
『どうです、リアナ様。ぜ~んぶ、ド真ん中を射抜きましたわ』
その隣で淡々と魔法の鍛錬を積むリアナ。そんな彼女に向かって、腰に手を当てドヤ顔で言い放っていたが、
『それで、その的はどこにあるのです?』
『あ、あれ……ええとお~』
そんなやり取りに、アーリナは一人密かに笑っていたのを思い出す──。
「はあ……何で私だけ、いつもここなの……」
アーリナは窓から見える空に溜息を浮かべ、屋敷前に集まる人々の姿に静かな愚痴を零していた。




