第73話 剣神ソドア
漆黒の剣身。鍔から握りにかけて赤黒さを増す、裾濃の剣。
剣が人の言葉を使うなど明らかに普通ではないが、ミサラは一目驚いた後、唇の端を「ふっ」と吊り上げた。何故なら身近に似たようなのがいるからだ。
(まったく……神というものは、どうしてこうも邪魔立てばかりしてくるのだ)
あっちは剣じゃなくて斧だが、この立ち姿に舐めた口ぶり──ミサラからすれば、あたかも斧神を見ているかのようだった。
「ごめんねえ、待たせちゃって。ところで君、急にどうしたの? 笑っちゃったりしてさ。ちょっとだけ怖いんだけど」
床に刃先を突き立てた剣は、首を傾げるようにして柄頭を斜に倒した。ミサラはその問いかけに口を開く。
「気にしないでくれ。ま、強いて言うなれば、思い出し笑いというものだ」
「ふうん……で、君が思い出したのって斧神のことでしょ? きっと、僕とヤツを重ねちゃったんだよねえ?」
「斧神? 一体何のことを言っているのだ?」
「ええ~、別に恍けなくたっていいよお。だって、さっきいたよね? 可愛い女の子に囲まれちゃったりしてさ……ほんと、妬ける。僕の方が断然カッコいいのに」
漆黒の剣は躊躇うことなく、そのまま流暢な語り口で「まあいいや、ともかく初めまして。僕の名は剣神ソドア。君たちとは長い付き合いになりそうだね」と続けた。
剣神ソドア──騎士にとって、この名を知らぬ者など一人たりとていないだろう。騎士道に身を置く者は、日々剣神に祈りを捧げる。国を守り抜く信念。剣の熟達に勲功を得ての栄達。己の進むべき道を神に示し、剣を振い迷いを断ち切る──これこそが、剣を取る者全てにとっての信条であるのだから。
「そうか。その姿をみれば言わずもがな、剣の神だということはわかる。だが、その神が、後ろの男に何の用がある? 助けに来たと言っていたな」
元騎士ミサラにとっても崇めていた神ではあるが、彼女は一切怯むことなく問いただす。剣神を名乗る黒き剣。過去の信仰心の骸が、今まさにミサラと対峙していた。
「あれ~、そんなこと言ってたかなあ? 君の空耳じゃないのお?──って、冗談だよ、冗談、そんな怖い顔はやめてよ。もちろん、この小童を助けに来たんだ。それと何? 理由が知りたいんだっけ?」
そう切り返し、剣神ソドアは刃上に鋭い目を開いた。血と闇が渦巻く禍々しい瞳孔。ミサラをその暗雲宿る瞳の奥に捕らえていた。
「ああ。私にはその男を斬る理由がある。貴様にそれを阻むだけの理由があるのか?」
剣神の闇を切り裂くが如くに、ミサラの持つ剣が光で唸った。眩い光が剣神ソドアとアザハルの影を背後へと引き伸ばし、溢れる魔力は彼らの身体を震わせた。
「ソ、ソドア様……ここは一旦……」
「うわあ~。光属性の子がいるって訊いちゃあいたけど、こんなに凄いとは思わなかったよ……。今の僕じゃあ、引き分けるのがやっとかもしれないねえ。小童! 今回ばかりは君の言うとおりにするよ。分かったらさっさと、僕の柄に掴まってくれる?」
ミサラはその場で軽く腰を落とした。光剣は上段に霞の構え。その眼光は鋭利さを増した。
「逃がすか!」
彼女の姿が閃光と化して眼前の敵へと走った──がしかし、ミサラの剣は空を斬り、光の渦だけが周囲を流れた。
「くっ、剣神ソドア……どうして! 何ゆえに私の復讐を神が拒む!」
数刻の後、王都は夜明けを迎えた。剣神ソドアの降臨によって、仇敵アザハルを取り逃したミサラ。一時は彼女の怒りが冷静さをも飲み込み、アザハルのいた地下施設は半壊するまでに至った──だが、その暴走は、気づいたある男によって制止された。
止めたのは、現王国騎士団長であり、三煌聖でもあるレイハルク・ロンギヌス。長さの異なる刃が二又に分かれた、炎を纏う長槍。それをあたかも剣のように振るい、ミサラの持つ光剣を力強く床に叩き落としたのだ。
そしてアーリナたちは今、王城内にある騎士団長執務室内にて、テーブルを囲んで静かに座していた。
「なあおい、俺たちどうなるんだよ、これから」
「はぇ? そ、そんなの私に訊かれたってわからないわよ。ミサラが捕まったかもしれないのに、ぬけぬけと逃げるわけにもいかないでしょ?」
地下での攻防が繰り広げられていた頃、リアナとともに外へと脱出していた彼女たちだったが『王城内にて、不審な女剣士一名を捕らえた』との知らせを受け戻ってきたのだ。
ミサラは元々騎士団所属でもあり、不審者扱いされるいわれもないが、これを伝えたのは紛れもない騎士団長自身の声でもあった。
(とにかく、ミサラの魔力が急に感知できなくなったし、彼女の身に何かが起こったのはたしかなのよ)
アーリナとザラク、それにリアナが表情を硬くしてレイハルクを待ち、その部屋入口にはクラウスが背筋を正して立っていた。
ガチャリ、と、扉の開く音が響いた。アーリナとザラクもびくりと反応。続けて、コツコツとした足音が室内へと入ってくる。
「やあ君たち、すまないな。会議が少しだけ長引いてしまってね」
そう言いながら、一人の男がアーリナたちの向かい側の椅子を引き、ゆっくりと腰を下ろした。
「リアナ様、先日は申し訳なかった。取り急ぎの要件があったのでね。ところで、フィットリアに戻られているはずがどうして王都に?」
中央で分かれた茜色の髪。所謂センター分けの男が、爽やかな笑顔を携えリアナに問いかけた。




