第71話 救助脱出
「端的に説明しますと、このような感じですの」
「え、えっと……ごめん、何言ってんのか全然わかんない……」
長々と話をしている場合ではない。そのことはアーリナだって十二分に分かっている。だが、端折りすぎだ。リアナの説明の大半は途中が早口と難解な言葉のオンパレードで理解できず、ものの数十秒で結論へと着地。
唯一アーリナが分かったのは、現状、フィットリア領のことは執事のレインに任せているから大丈夫とのことだけであった。
「はあ……もっと頭の回転を速くしてもらわないと困りますわ。ともかく、ここはミサラに任せて、私たちは一度城の外に出た方がよろしいでしょう」
「はぇ、え、待ってよ、ミサラを置いていくっていうの?」
「ええ。私たちがここにいては彼女の邪魔になります。当然、お姉さまだってご存知なのでしょう? あの男はミサラにとって、憎き仇なのですから」
「はぇ……」
はぇ、からの、はぇ?──ミサラが騎士団を辞めて、クルーセル家に奉公に来たという事実はリアナだって当然知っているだろう。でも、両親ですら知らぬはずのアザハルの一件を、妹がなぜ知り得ているのか。
アーリナは混乱する頭を抱えつつも、リアナに背中をパシッと叩かれ、
「お姉さま、今のうちに行きますわよ」
この呼びかけに対し、不可解な笑みを添えて「はあ……」と一言だけ答えた。
「う、うぇえー」
声になりきれず、アーリナの喉が音を鳴らした。急にリアナから襟首を掴まれ、そのまま彼女が生み出した氷の道を颯爽と滑りだしたのだ。
「貴方方も退きますわよ」
圧倒的な速さ。彼女たちはあっと言う間にミサラの背後に佇む、クラウスらの元へと辿り着いていた。アーリナは直後に手を放され、ゲホゲホと咳き込み、
「ゼーハー、ゼーハー」
と、必死に浅めの呼吸を繰り返す。締め付けられていた首が悲鳴を上げたのだ。一方、リアナはここでも怒涛の早口で彼らを言いくるめ、有無を言わせず首を縦に振らせていた。
「あれ、バ、バジコは?!」
窒息しかけのアーリナだったが、頭に酸素が行き届いたのかどうにか復活。バジコがいないことに気づき、大慌てでキョロキョロと視線を走らせた。
「バジ、コ? それって……この小さな蛇のことでしょうか?」
リアナはそういって自らの足元に目を落とした。淡い水色のスカートをたくし上げると、そこには、木の枝ほどにまで縮んだ小さな蛇が靴下よろしく巻きついていた。
「そうそれ! バジコ、よかったあ~」
アーリナは危機的状況にそぐわない安堵の笑みを浮かべ、両手を広げて小走りでリアナに近づく。
「お、お姉さま、顔が気持ち悪いわ……」
これにはリアナも氷のように冷たくひいた。そして時を同じくして、集まった彼女たちの姿をミサラが一瞥する。
アーリナたちが脱出してくれさえすれば、存分に力を振るうことができる。それに一人ならば、アザハルを斬り捨てた後、誰にも知られず王都を抜け出ることも容易いもの。リアナはその一瞬の視線に気づき、片目パチリで返事へと変えた。
「でもリアナ、あっちの大きなバジリスクはどうするつもり? このまま放っていくわけには……」
妹から離れたバジコを拾い上げながら、アーリナは眉を顰める。だがリアナは「何一つ、問題などありませんわ」とキッパリ、不服そうに問い返した。
「お姉さまは誤解されているようですが、私がただ氷漬けにしただけとでも?」
雪の如き真っ白な氷の結晶は、いつしかバジリスクの全身を取り込み、遠目で見ても分かるほどの白氷の像と化していた。伝説の大蛇とも呼ばれ、帝国が封印していたとすら云われているバジリスク──それをたったの一撃で行動不能にしてしまうとは、我が妹ながら末恐ろしい……。
アーリナは、背筋を氷が滑り落ちたようにひやっとしたが、リアナは氷漬けにしただけではないとも言っている。妹が口を開くたび、理解不能が転び出てきて本当に疲れる。そんな姉の気も露知らず、リアナは淡々と話を続けた。
「イタチの血です。もし蛇が暴れた際には使うようにと、ガトリフさんという方からミサラが受け取っていたようなのです。訊いていた話からすれば、本来はこっちの小さな蛇のことを言っていたのでしょう。よもや二匹も蛇がいるなんて、私たちだって思いもしませんでしたから」
リアナは姉と共闘する一回り小さな蛇を見て、イタチの血を使う標的を大きなバジリスクのみに定めた。そこから刹那の魔閃。氷の槍で尾を射抜き、悲鳴で開いた大きな口に、すかさず血の入った瓶を放り込んだのだ。
つまり、生きたままに氷ついているわけではなく、あれはすでに息絶えたバジリスクの墓氷──。
「じゃ、じゃあ……」
「ええ、後はミサラが決着をつけるのみですわ」
アーリナは妹の目を見て、静かに相槌を打つ。ミサラがこの日をどれほど待ち望んでいたことか。三年もの間、大切な人を無惨にも奪われ、その仇はのうのうと王都で生き続けている。アーリナは、ポーチを広げてモーランドに「入って」と目配せし、ザラクにもこの場から離れることを告げた。
「ミサラ様……僕の敬愛する女神よ……ああなんて、神々しい。あの光に、僕は一生包まれていたい……。そうだ、やはり僕も一緒に──んがっ?!」
「ふう、私はここから出ると言いましたよね? 無論、貴方も行くのですよ。それと……」
「ん、俺か? ああ、初めましてだな。俺の名はザラク、よろしくな」
「え、ええ。では二人とも、私の手を握っていてください」
そう言ってリアナは彼らに左手を差し伸べ、右手ではクラウスの髪を結った組紐をガッチリと掴んだ。
「い、イテテテテ……もう少し、この僕にも優しさを……」
「では、行きますわ!」
掛け声の直後、ザシューン、と、氷の道が宙を駆けた。リアナはその上を滑走し、向かった先は天井。
「リアナ、ちょっと待って!」「や、やべえって!」「イテテテテテー!」
焦る姉とザラク、それから悲痛を無視し、リアナはより一層加速した。そして次の瞬間、彼女達の全身を光の環が通り抜けると、眩さから一転、視界は闇に包まれた。
「ふっ、これでよし。さてと……そろそろ断罪の時間だ。覚悟はいいな? アザハル」




