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第70話 禁忌

 「フハハハッ、どこぞの誰やと思うてみれば、私の()()()、ミサラではないか。久方振りの再会に感動すら覚えぬのか?」


 「感動? 何を恍けたことを。私が何も知らぬとでも思っているのか。貴様は祖母の命を奪った仇だ」


 「ほう、随分と物騒な物言いだ。私を仇扱いとは片腹が痛いわ」


 「──暗殺に使われたのは闇魔法、禁忌に塗れた属性だ。それを持つ者は、過去に忌民と呼ばれて迫害を受けたとも訊く。だからこそ、誰にも悟られぬために貴様は無属性を偽り、毒剣などという、これまた禁忌に等しい行為に手を染め続けているわけだ」


 ミサラの言葉に、アザハルの眼が鋭く光った。禁忌禁忌と、口を開けば誰しもが闇の存在を危ぶみ、理解の及ばぬ力を悪と断じて切り捨てる──男は心の奥に、抑えきれぬ憎悪を煮え滾らせた。


 闇属性とは、この世界における禁忌の頂点ともいえる罪深き力だ。アザハルは闇を受けて生誕し、物心がついた頃には地下深くに幽閉されていたという過去を持つ。彼の両親からは一切の魔法を禁じられ、その魔力が漏れ出ぬよう、あらゆる属性との干渉を避けさせられた。


 魔力量は時と共に熟成されるというが、体内において練りあげられるものもあれば、環境による影響も大いに受けるとして知られている。食事は言わずもがな、呼吸もそう。ありふれた草木などの自然属性からも、知らず知らずのうちに体へと吸収してしまっているものなのだ。


 属性魔力を持つ者にとって、魔力吸収が最も盛んな時期は幼少期にあたる。ならば自然属性が限られた地中深くで匿ってしまえば、成長による魔力量の蓄積は極限まで減らすことができる。


 つまり、魔力量の増加を防いで周囲に気づかれる前に、その力を抑える術を身につけさせることこそが、闇属性を持つ者が隠れ忍ぶ唯一の道であるということだ。


 とはいえ、匿うとは言ってもこれは単なる方便にすぎない。闇の忌み子であるアザハルの存在を他者にバレてしまっては、家族もろとも重刑を免れることができないからだ。アザハルを除いた両親、それに彼の兄弟たちを守るためには、一切の迷いなき決断で息子の一人を閉じ込めるしかなかったのだ。


 「禁忌、禁忌、禁忌……」


 男は禁忌という言葉が、腹の底から叫びたくなるほどに嫌いだった。あれもダメ、これもダメ、陽の光すら碌に浴びることもできなかった幼少期。アザハルが数えきれぬ歳月を過ごし、ようやく地下から抜け出ることができたのは、屋敷が火事で焼け落ちた後だった。親も兄弟も皆が焼け死んだ。


 その頃には、自然属性から長らく離されていた影響からか、魔力の吸収も抑えられ、助けにきた人々が自身の属性に気づくことはなかった。


 幸か不幸か、転じて吉となる──ずっと闇に生かされた男は両親を憎んでいたが、結局、そのお陰で命を救われてしまった。アザハルは奥歯を強く噛み、憤懣を擂り潰すようにして口を開いた。


 「無礼にもほどがあるぞ貴様。何を根拠にそのようなことをいうか」 


 「根拠、か。そもそも何故私が、祖母の命を貴様が奪ったことを知っていると思う?」


 「ふざけておるのか、私がそれを訊いておるのだ」


 「私の祖母も闇属性だったからだ。貴様がかけた魔法『闇魂喰(ダークソウルイーター)』のことを彼女はよく知っていた。年寄りの力で騎士に抗うことはできない。ならば、敢えて貴様が口にしたその魔法を受けようと決断したのだ」


 「くっ……」


 あのとき、私の闇魔法は確実にあの(ばばあ)の魂に食らいついたはずだ。なのに何故、ミサラ(この女)がここまでのことを知り得ている──アザハルの脳裏は全てが不可解で埋め尽くされた。


 「貴様は知らなかったのだろう、闇魂喰(ダークソウルイーター)に即効性がないということを。あの魔法は受けてもなお、死を迎えるまでにはある程度の猶予がある。だから祖母は書けたのだ。私宛の遺書をな」


 「んなっ、んだと?」


 闇属性であることを誰にも知られてはならないアザハルにとって、魔法書の理解など二の次だった。何せ魔力を制御できなければ、地上に出た以上、いずれ体内から漏れだして周囲に気づかれてしまう。


 男は騎士団入団までの間を、王都の町はずれにある孤児院で過ごした。そこから長年に渡り、魔力の解放と抑制だけに没頭した。人目を避けて魔法を使っては悪戯に物を壊し、そこに駆けつけた騎士たちに、自らの魔力を悟られぬかどうか──捕まれば重罪、そんなギリギリの精神の鬩ぎあいを制し、ようやくアザハルは辿りついたのだ。


 エルフ族にも匹敵するほどの領域、魔力制御の極みに。


 「フッ、そうか……貴様の祖母がな。だが、闇持ちだったというのなら、仮に私が処刑したとて問題あるまい。わざわざ身内の秘事を晒すとは、薄情な孫だな」


 「言いたいように言え。だが、仮にとは、何とも往生際の悪い男だ。いつまでたっても罪を認めぬとはな。では、もう一つ教えてやろう。私の祖母はエルフだ。エルフ相手に闇だからと、人間の法で罰することはできない。あとこれはおまけだ、遺書には貴様の魔力の痕跡もしっかりと残されていた。もう全て分かっているのだ。素直に認めれば、その首刎ねるだけにとどめようとも思ってはいたが残念だ」


 皮肉で締めたミサラの返しに、アザハルは大きく目を見開いた。たしかに彼女のいうとおり、王国内での法はあれど、エルフ族にはそれとは別の特例が認められていた。王国の法に反した者は、エルフ族によって裁かれなければならない──だが、エルフにとって闇とは禁忌扱いされず、魔力を抑制する腕輪をつけさえすれば、王都内で暮らそうとも問題はなかった。


 王国騎士団の副団長という、法の番人としての立場をも軽視する愚か者。ミサラは「もういいだろう」と、光を放つ剣先をアザハルに向けた。





 一方その頃、


 「どうしてミサラがここに?…… って、何でリアナまで?!」


 アーリナが驚くのも無理はなかった。両親不在のフィットリア領を守るはずのミサラがここにいて、さらには、氷の道を滑るリアナの姿までもがこの瞳に映し出されているのだから。


 「ギュララアー!」


 手が止まった彼女に対し、バジリスクが大きく牙を剥いた。アーリナに生まれた一瞬の隙をつき、その体を丸呑みしそうな勢いで食らいつく。


 「──氷結槍(スピアルフリーレン)


 リアナは氷の上を華麗に舞い、頭上高くにドリルの如く回転する氷の槍を生み出した。そして流れるように片手を振り下ろし、巨大な氷槍をバジリスク目がけて解き放った。


 ザシュンッ、と、空気を凍てつかせながらバジリスクの尾に深々と突き刺さる──と同時に、バジリスクが甲高く鳴いた。尾ごと地面に突き刺さった氷槍は、バジリスクの周囲だけを白く凍てつかせ、蛇の体を磔にした。


 その間にもリアナが颯爽と氷の道を滑りきり、「お姉さまは油断しすぎですの」と片目を眇めてアーリナに釘を刺した。


 「はぇ? どうして、いる、の?」


 自らの窮地など、アーリナの頭にはまるでなかった。それよりも、リアナとミサラが何故ここにいるのかだけが、疑問符となって頭を流れた。


 (いまは屋敷に誰もいない? 私がここに来てる間に侵略でもされたの? はぇ? どゆこと?)


 くらくらとする頭を抱えたアーリナ。リアナはその肩を揺さぶって「しっかりしなさいよ」と、頬を膨らめ、むうとした。


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