第69話 心震える来臨
因縁の相手アザハルと対峙したミサラ。その背にポンと手を当てて、リアナは一人歩きだした。
「あなた方も、よくぞここまでお姉さまを守ってくださいました。姉に代わって感謝を申し上げます」
あまりにも突然の出来事だった。身を固めたクラウスたちに向かって軽い会釈をしたリアナは、そのまま何事もなく彼らの横を通り過ぎた。
「あ、あのっ……ちょっとだけ、待っていただけますか?」
そんな彼女にクラウスが咄嗟に振り返って声をかけた。一方、モーランドとザラクは『貴様らなど無だ。存在を知られるなど言語道断』とミサラから口酸っぱく言われていたため、ただただ無言でここにはいない空気を醸しだしていた。ここで調子づくと確実に後でしばかれる……。
「待つ、でしょうか。そのような猶予など無きように思えますが……。私はこれより、お姉さまの援護に回らなければなりませんが、それを押してでも伝えたいことがあるということでしょうか?」
リアナはその呼びかけに、無表情のまま毅然とした態度で応じた。クラウスは、冷ややかな少女の言動に圧倒され、「え、ええとですね……」と口籠りながら続けた。
「呼び止めてしまい申し訳ない。ですが、僕は今、夢を見ているのでしょうか……」
そう言いながら、クラウスの身体だけがリアナのいる正面を向き、彼の顔は逆方向に捻じられていた。クラウスの注ぐ熱視線の先──そこにあるのは、凛とした女剣士の姿である。
(あのお美しい金色の髪に、凛々しく眩い剣の構え……あぁ、あれは……まさしくミサラ、様……この僕が絶対にあの方を、我が女神の姿を、見紛うはずもない……)
夢にまでみた再会に心が震える。彼の熱烈な想いは、すでに脳内パレードで10周目に突入していた。リアナはそんな場違いに瞳を輝かせるクラウスに対して、「げ、現実ですが……」と柄にもなく口元をひくつかせた。
「ですよね、そうですよね!これは現実だあ。やはりあのお方は、あの煌びやかなる御姿は、真にミサラ様にあらせられたのですね!」
今にも狂喜乱舞に飲まれそうなクラウスであったが、ミサラの肩が小刻みに震えているのを見て、時が止まったかのように体をピタリと止めた。
(ミサラ様が騎士団を去ったのは、育ての親ともいえるお婆様を守るためだ……だが、そのお婆様も不慮の事故でお亡くなりになられた……いや、待てよ……あの震えは アザハルに対する怒り? だとすれば、もしや──)
クラウスはミサラを崇拝するがあまり、まるで自分事のように、彼女の隠された想いを紐解いていた。あくまでも推論。しかし、アザハルの卑劣さを考えれば十分にあり得る。
当時の騎士団は、組織を大きく二つに分けるという構想の渦中にあった。王国騎士団は国全土を包括して取り締まるという至上の任を負っている。国内での領地間の争いを是とする法律上、同時に事が起こることも想定しなければならないからだ。法に基づいた抗争であるかの判断、反すれば即鎮圧──それらの任務をより円滑にこなすためにも、組織改編は必要であると考えられていた。
では、現団長レイハルクと双璧を成すもう一つの団を誰が率いるのか……それを議論した際、必ず名があがるのが副団長の座に就くアザハルではなく、王国最強の三煌聖の一翼を担うミサラであった。これには多くの賛同もあり、法が制定されれば、彼女が二人目の団長として王命を受けることは疑いようもなかった。
そんな最中のこと。青天の霹靂とはまさにこのことを言うのだろう。急にミサラが王国騎士団を去ってしまった。理由は分からない……だが、それもたった今理解した。あの震える肩、そして背中から溢れ出す怒りは、アザハルへの憎悪だ。ミサラ様にとっての宝に、あの男が手をかけたに違いない。
ミサラの口から直接訊くこともなく、クラウスはただ一人そう悟っていた。
「他に何もないのであれば、私は行きます。貴方方もミサラの邪魔にならぬよう、場所を開けて下がっていてください」
ミサラを見つめて佇む男に、リアナが淡々とした声音を置いた。その声にクラウスは「邪魔などいたしません、僕たちはドレイクに向かいます」と決意を固く返した。
「そう。あちらの鎮火もだいぶ落ち着いていたようですが、今からお手伝いでしょうか? それとも応戦にでも出るおつもりですか?」
「は、はい。アザハル副団長は帝国にこの国を売ったのです。間もなく帝国騎士の軍勢が海渡ってやってくるでしょう。すでに交戦状態に入っているかもしれません……」
「それでしたら、私とミサラで対処しておきましたので心配はご無用です」
「えっ……」
「敵船は海ごと凍らせましたし、先に上陸した部隊も氷の壁で閉じ込めておきました。あとのことは魔猟師のお二方と、民の皆様だけでも十分に対処できるかと」
「は?」
「モッ?」
クラウスのみならず、ザラクもモーランドもこれには目を丸くした。計画された帝国の侵略行為が、すでに阻止されていたという事実。しかもリアナとミサラのたった二人のみの力で。
リアナは再び「では」と軽く一礼すると、自身の足下から前方へと氷の道を作り、滑るようにしてアーリナの元へと急いだ。
神々しいまでの光を放つ剣。黒く濁った地下室内がまるで浄化されるかの如く、漂う毒素を消失させた。髪を結った藍色の組紐が胸元で揺らめき、金色の髪は剣の光を帯びてより一層輝きを増した。
「王国騎士団副団長アザハル・カリファス! この日をどれほどまでに待ちわびたことか、知る由もあるまい。私は全てを知っている……貴様が我が祖母を亡き者としたこと、よもや異論はあるまいな。この剣と光に誓い、正当なる復讐をここに果たさん……」
無詠唱による光魔法の常時発動。王国一の魔剣士とも謳われたミサラが有するのは光属性だ。最強格とも名高い雷や嵐にも引けを取らないその力は、攻撃のみならず、防御、回復、移動など多岐に渡った万能性を有している。
アザハルの胸中に抱いた不穏は、ここにきて現実のものとなった。ミサラに対してこの毒剣は通用しない、そのうえバジリスクを差し向けたとて、光に抗うなど到底無理な話だ。
全身で窮地を感じていたアザハルだったが、この場から脱することを決して諦めたわけではない。たとえ何を犠牲にしようとも、己だけが逃げ切ることができればそれでいい──男は焦燥感に駆られながらも、時間稼ぎに口を開いた。




