カールはハルト
「――最悪です」
テーブルの上にゴトリと音を立てて、鍋が置かれた。普段はぞんざいな扱いをすることはないが、このタイミングだけは怒りが抑えきれない。
「いや、最高だよ。やっぱりテメェの作る飯は美味い!」
スバルは残り物のラタトゥイユで満足している。
「夕食は冷蔵庫にあったでしょう? 明日には帰るのに、何で来ちゃったんですか」
「魔王レンが本気出したようだから、被害状況を確認しにきた。すっごい大きな魔法陣、テメェも見ただろ?」
さすがに見ていないとは言えないし、どう答えたら良いものか。しかしスバルにとっては沈黙こそ答えだ。
「そうか、テメェがやったのか……レンは炎系の魔法使いなのに、どこも黒焦げになっていないからおかしいと思ったんだ」
スバルは本当に勘が良い。
「帰りましょう。今度はちゃんとしたポーターの仕事がしたいです。もうこりごりです」
このままではアキトの言いなりだ。俺はレンと戦うつもりは無いし、アブソルティスには関わりたくない。二百人の勇者は一度、戦闘不能にしておいたから、騎士団はこのまま帰れば良いのに!
「でもオレが騎士団に同行するって言ったらついてくるよな?」
俺がどれだけ叫びたかったか。でも今は宿屋の仕事中で、お客様相手。むやみに取り乱してはいけない。
「本気でやめてもらえますか? 目的は何ですか」
「近くで魔王の実力を体感したい」
「そんな命知らずな!!」
「英雄がいれば大丈夫だろ。数ある勇者の中でも実力はナンバーワンだ。そういうとこ、見てみたいじゃん?」
「それは今までが戦闘系の魔王が相手だったからですよ。今回は勝手が違います。たしかにアキトは剣を振れば強いですが、魔法に対してはめっぽう弱いです」
「ほう? ずいぶん詳しそうだな。仲良く二人で並んでいたから知り合いだと推察したが、そこまで分かっていて、まさか見捨てるような真似はしないよな?」
ぐうの音もでない。
スバルの追求に逃げ出すと、すれ違いざまに来たアキトにシャツを掴まれる。
「!」
ズルズルと引き戻される。
アキトはスバルの前で膝をつき、頭を下げた。
「ローデハイム様。おひさしゅうございます。聖剣ジークの使い手アキトにございます」
スバルは上機嫌で頷く。
「見ろ。これが普通だ。テメェは少し見習え! 宿屋のくせに頭が高いんだよ」
「恐れながらお願い申し上げます。魔王レン討伐に、この者の参加を認めていただきたいのです」
「コイツはオレの料理人だ。無理だな。第一に宿屋など連れていっては足手纏いだろう」
アキトは断言する。
「この者は宿屋などではございません」
スバルの読みどおりの答えだ。この男は案外単純で、正直だ。
「カール・ヴァンハルトが、ただの宿屋ではないことは知っている。だが、正体が分からない者をダンジョンに入れるわけにはいかないだろう」
ほら、正体を話せよ。知っているんだろ?
「ヴァンハルトと名乗っておりますが、元はRBCにおりました。以降は私の下で……!」
聖剣ジークをもの凄い速さで奪い盗られた。驚いたアキトが後方を睨み、二人の目が合った。ハルトの瞳は魔力を含んで魅惑的。アキトは目が離せない。
“アイコンタクト”詠唱無しの魅惑の呪文だ。鉄仮面のようなアキトの頬が緩み、徐々に桃色に染まってくる。
大好きだから許しちゃう~。
何をしても信じているよ!
君のために、できることある?
――馬鹿な! 私を誰だと思っている! 英雄で、騎士団団長で、君の友人だぞ!!
聖剣ジークが闇の向こうへ飛んで消え、キラリ、星となる。それを追うようにハルトのひとさし指が青白い光を放ちながら、線を描く。
『GO!』
犬並みの扱い。
――嬉しいが、屈辱!
「ハルトォ! 覚えていろ!!」
叫びながら、アキトは剣を求めて走り去る。スバルは先人に学んだ。触れられたくないことを無理に掘り起こすのはやめよう。
「アキトは敵か?」
「ただの知人です」
「でもアキトが連れて行きたいって言うぐらいだから、実力はあるんだよな? 行こうぜ、ダンジョン。嫌だというなら、借金を倍にするぞ」
「どれだけ卑怯なんですか」
「そうだ、この際だ、ヴァンハルトでも語尾がハルトなんだからさ、ややこしいからオレもハルトって呼ぶ!」
「ええ? 父からもらった名前なのですが……」
「へぇ、親父がいたんだ」
「父はキャラバン隊の隊長をしております。ですが俺は宿屋で育ちました。名前だけが父との絆のようなものですから、ヴァンハルトの名前を大切にしたいんです」
「でもさ、ヴァンハルトとハルトに違いあんの?」
「――それは!」
それは大きな違いだが、まだ話す勇気は無い。
「もう。好きにしてください」
「やった、ラッキー。じゃあ、ダンジョンに行く」
「その話は別でしょう。もし山ごと吹き飛ばすような戦闘になったら、スバルさまが無事で済みませんよ?」
スバルが焦れたように、最後通告した。
「オレについてくるだけで五千万、値引いてやろう!」
「五千万GILも!?」
断ったら三億が六億。やはり二億五千だ。渋々頷いた。
「俺は宿屋として行動します。それでよければスバルさまに同行いたしましょう」
「オッケー、よろしくな。ハルト!」
※ ※ ※
スバルがハルトに会う目的。それはもうひとつあった。
「ハルト、そこに寝ろ」
グランピングできるようになって、テントの中はダブルベッドが置いてある。スバルにあおむけに押し倒された。
ぼふっ! 良いベッドでよく弾む。ふかふかで温かい。グランピングできて、本当に良かった!
しかしながら、何故かスバルがズボンを脱がそうとする。
「何!? ちょっとやめて! 俺はソッチの気はないですから!」
「オレだってねぇよ! メンテナンスするから脱げ!」
「それを早く言ってください。くそビビりましたわ」
スバルの微調整が、こそばゆい。
魔力の流入量を調整したり、神経伝達の具合を調整しているが、物凄く真面目な顔をしているので、ハルトも笑えない。
待っている間に心地よくなってきた。今日は久しぶりに動いて疲れたし、寝落ちしそうだ。
スバルは密かに笑う。
――おいおい、ヨダレでてんぞ~。気持ちいいんだな?
「非常用に魔法石をスロットに嵌めておいた。いざという時に魔力が尽きて脚が動かないと困るだろう。だから、いざという時はこのスイッチを押せ。そうしないと発動しないからな? あとレッグホルスター型だから、追加で魔工銃作っておいたぞ。魔力で弾を生みだすから弾切れとリロードの心配はしなくていい。おい、聞いているのか?」
眠そうな顔で、本当に理解しているのか。まぁこれも作戦通りどおりだ。
「何かあったら起こしてやるから仮眠すれば? みんな勇者ばかりだから大丈夫だろ」
「そうだな。少しぐらいなら……」
すぐに寝息がきこえた。スバルは悪い顔で笑う。
――無防備すぎる。チョロイ!
本当の目的はすぐそこだ。このために家に泊まらせて、引き留めていた。
ドキドキして、手が震える。気付かれないように少しずつシャツをめくりあげていく。隙間から青白い光が、弱く洩れだした。
凄い魔力だった。どんな仕組みなんだ?
そっと馬乗りになってスバルがさらに覗いた。
見える?
見えない。
あとちょっと……。
ガンッ! 寝ぼけた掌がスバルを襲った。
乱れた衣服のまま寝落ちしている男と、馬乗りになって気絶している男。二人が絡み合ったまま、朝に発見された時の恥ずかしさといったら、どうしようもない。
その日の二人は何を話しても、会話が続かなかったという。




