足りないもの
宴も終わり、皆が寝静まった頃。ニックがアキトのテントを訪れた。
「ロウが取引する気になってくれたぜ。もっとも工場を見学するなんて言い訳で、ロウはそういうの微塵も考えていないだろうがな」
「それはこちらも同じこと。その先の策が肝心だ。ロウは典型的なガンマンだから遠く離れていても油断は禁物だぞ」
ニックは黒豹レグスを撫でながら、微笑む。
「洞窟の暗闇、工場の障害物、岩だらけの広間で敵は一人。どこをとってもレグスには良い環境だ。接近戦になれば二対一、これなら勝機がある」
「しっかり準備しておけ」
「もちろんさ。しっかり鎧を着ておくよ。それにとっておきもあるんだ」
ニックは魔力の込められた球を見せた。金色の装飾が付いているのはエルフの技術力だ。
「大樹の幻影っていうんだ。友達からもらったんだ」
「友達というと、ハルトか?」
「違う。エルフの友達」
ニックは気まずそうに視線を避けた。
「ハルトとはエルフの村で別れたっきりだ」
「まだ会っていないのか! 呼んでこようか?」
「ダメだ。どんな顔して会えばいいか、分からない」
アキトは頭を掻いた。
「しかし、いつまでも喧嘩したままというのは良くない。私からそれとなく言っておこう」
「やめてくれ。あれだけの魔力持ちなんだから、俺の存在に気付いていないはずないじゃないか。それでも会いにこないということは、会いたくないんだ。
やっぱりハルトは変わってない。相変わらず傲慢で、俺たちのこと無能だって見下しているんだ。わざわざ教えなくていいよ、俺が会いたいみたいじゃん……」
ニックは尻すぼみで、逃げるようにテントを出ていった。
※ ※ ※
料理の片づけをしているとアキトに呼び出され、テントに入った。
「何か足りないものでもあった?」
小さなランプの光に照らされて、じっと見据えるアキトは迫力満点だ。獅子に狙われているような圧迫感がある。
「どうしたの?」
「――いや。その、なんだな」
アキトは打って変わったように、目を泳がせている。アキトが見るかぎり、性格も姿もハルトは一年前から何も変わっていない気がする。
「エルフの村に行ったそうだな」
「うん。手紙で書いたけど、トキワタリのヒントが欲しくて。何かいい情報でもあった?」
ここまで喋ったが、ニックのことをどこまで出して良いのだろうか。これ以上二人の関係に踏み込むのもいけない気がする。
「いや、それは無い。そうだ。大樹の幻影とはどういう物なんだ?」
ハルトは目を丸くして、笑顔が消えた。
「魔王レンと戦うのに、そんなものが必要?」
「いや、知り合いからちょっと耳にして、どんなものだろうかと思ったのだ」
「世界樹が見せる幻術だよ。魔法をかけても、実際には魔法をかけたつもりで勘違いさせる効果。義足が超硬質化しているものだと騙されて一歩踏み込んで、一年無駄にした」
「大変だったな」
それはご愁傷さまとしか言いようが無い。それを所持しているニックにも、当然良い印象は生まれない。
「まぁそのおかげで世界中を旅したけどさ。悪いことばかりじゃなかったし、いろいろと反省もした。秀でて強すぎる力というのは、弱点にも成り得るってこと。少しくらい足りないくらいのほうが、発展する可能性があって良いんだ」
アキトは頷く。
「だが、私たちに足りないのは君だ。今回の作戦、いつものように頼むぞ」
ハルトはそそくさと両腕を組み、仁王立ちした。
「俺は山を下りる」
あっさり断ってやった。アキトは勢いよく立ち上がる。体格差が二回りも大きく、覆いかぶさるように迫る。
「何故だ!」
「俺はもう勇者じゃ――」
そのまま胸倉を掴まれ、地面に押し付けられた。ちょっとどころではない。弱い魔王なら、とっくに圧し潰されている。
「くっ」
――バカ力すぎる!
アキトがさらに力が籠め、瞳が狂喜に輝いた。その瞬間に弾かれ、アキトは三歩後退した。どうやって、何をしたのか分からないほど速い。魔王を倒す実力を得たというのに、それでもハルトに追いつくことができないのか。
ハルトは身なりを整えているだけだが、二度目につけ入る隙はどこにもない。
「実力は落ちていないようだ。その調子なら魔王も倒せるな。ファーストアタックはキムラをふくめて十四人全員で挑むぞ」
「ダンジョンの盗掘を防ぐために、通例では騎士団以外の立入禁止だろ。俺はチームのポーターとして来ているんだ。ダンジョンに入る理由が無い」
「団長の私が許可している。残りの勇者たちも回復が済み次第、ダンジョンに潜らせる」
「無駄死させる気か!」
ハルトは怒ったが、アキトは堪えた。
「私の領分だ。宿屋気取りが意見を言っても無駄。私に意見を言いたければ、部下として行動しろ。まずはダンジョンに行くことだ」
「それは……」
「もう一度、押し倒されたいか? 次は手を抜かんぞ」
アキトは本気だ。でも俺はもう宿屋だから、それらしく襟を正し、宿屋の主としての品格と態度で臨もう。
「俺は朝飯を作るので帰ります」
「はぁ? バケットでも齧らせておけ!」
「とても地位とお金があって恩人なのです。その方に借金が三億あります」
「借金苦だと!?」
「いやぁ。それほどでも。だってご飯作って掃除すると免除なので、絶対に留守できません」
「金の問題なら報酬は弾もう。魔王一人ぐらい倒せば、その程度の金額は稼げるだろう。良い機会ではないか、レンを倒せ」
昔からそうだが、アキトとはあまり意見が合わない。
「山を下ります。待ってくれている人がいます」
「待ってくれている人だと?」
「スバル・ローデハイム。俺の義足を作ってくれた大恩人です」
「逃げるな。戦況はわかっているはずだ。キムラたちを見捨てる気か! 見習いとはいえ勇者だろう! 本気を出せば、死傷者は一人も出ない! 全員見捨てて殺すと言っているのと同じだぞ!」
「この脚では自信ありません。第一に魔王レンは魔法使いです。戦闘系なら力でねじ伏せることもできますが、魔法使いは頭が良い。俺の能力が通用するかどうか……」
「何人も一人で魔王を倒した奴が何をいう。そのように魔力を抑えて、一般人のフリをしても無駄だ!」
「抑えていません。ほぼゼロです」
アキトは声も出ない。
「前、6桁レベルだと自慢していただろう!」
「昼間にドデカイ花火あげたでしょう。あれ、使うと必ず一旦ゼロに戻ります」
「回復しろ! 今すぐ!!」
「宿屋はお客様がいる時は眠りません」
「宿屋気取りするな! 今すぐ寝て回復しろ」
「俺は今、宿屋です!」
アキトは皮肉めいた笑いをした。宿屋になる以前に大きな問題を抱えているくせに、よく断言したものだ。
「仕方ない。一つ教えてやろう。アキーム盗賊団とアブソルティスは繋がっている。そして、このダンジョン内部に忍び込んでいるようだ」
「!」
罠や嘘かもしれない。アキトはどうしてもダンジョンに連れて行く気だ。睨み合いが続く。するとテントの外が騒がしい。
「流れ星?」
「敵襲か!?」
「いや、宇宙船だ!」
二人、我さきにと飛び出した。テントの山々の中に人が集まっている。
楕円形の鉄の塊が見えた。翼が収納され、扉が開く。最初に見えたのは白旗、その次に銀色の髪だ。
「フロートエッグ!」
「カール! 遅いぞ、飯!!」
アキトはニヤニヤと含み笑いだ。
「これで帰る理由がなくなったな!!」




