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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
7 落火生壺ダンジョン
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出発

 早朝、先発隊が出発した。次第に高地になり、空気が薄く岩と空ばかりになっていく。一歩間違えれば滑落する道なき道である。息を荒げながら、重い足をまた一歩、地道に前へと進んでいく。


 たった十四人でレンを倒すなど絶対に無理だ。討ち死にしに行くようなものだというのに、アキトは何を考えているのか。噂のバーサクが加わったらしいが、背の高い痩せ男は宿屋だと主張しているし、本物なのかどうか疑わしい。


「見晴らしが良く気持ち良いですね。見てください、雲海が綺麗ですよ?」

 ハルトは楽しそうだ。スバルに声をかけるたび、前方の十二人がそろって不穏な顔で振り返る。なんと爽やかな笑顔だろう。


 高地での酸素不足に幻を見たのだと思いたい。運動不足の魔工技師に歩みを合わせていては工程に支障が出るから下っ端が背負っているはず。熟練の勇者でも息があがる道で笑顔の宿屋など、怪物同様ではないか。


 スバルが耳元で囁いた。

「いくら何でも、これはオレでも空気読めるぞ」

「ええ? 空気薄いですか。高山病は怖いですから、酸素濃度もうちょっと上げておきましょうかね」


 スバルは客だからと、ハルトは至れり尽くせりである。


 けれど火口から噴出するように、魔王の火球が遠距離砲のように落ちてくる。命中率は高くないが、隊列を乱すほどで、近くに落ちて危険だ。上空スレスレを通過して、悲鳴があがる。スバルが身を固くしてハルトにしがみつく。


 ハルトは平気で笑う。

「大丈夫ですよ。実は直撃するものだけ、軌道をずらしています」

「酸素濃度の調整に軌道計算? 軌道を変えるのに使うのは空間魔法か?」


「空間魔法、出来ると嬉しいんですけどね。所詮熱の塊ですから、気圧をちょっと変えるだけなのに、どうしてみんな思いつかないのでしょう」


 スバルは微笑んだ。

「規模が大きすぎるだろ。気象条件を変えることができるのは国家規模。大魔法使いクラスだぞ」

「あぁ、また……この話は内緒にしてもらえます?」

「ベルに報告しておこう」


 ハルトは慌てた。ベルと別れた途端に魔法ばかり使っていると知られたら、絶対に怒られる!

「ええ! 何でスバルさまがベルと連絡取っているんですか。俺のベルなのに」


「だって気になるだろ。騙されやすい主を置いていく身になってみろ。それくらい許してやれよ。仲間なんだろ」


 ハルトは顔を真っ赤にした。

「そうですね。仲間ですからね」


 ――そうだ。ベルだけじゃなくてスバルも……仲間、だよな?


 スバルは火球に怯えながらも、次第に居眠りをするようになった。それでも熟睡できないのは火球の数が前進するほど多くなるからだ。


 おまけにハルトがブツブツと呪文を言い始めた。

「ににとに きなとに にになに きなとに ににきに きなとに……」

「うっせぇ。眠れんわ。何の魔法だ」


「西西東西 北南東西 西西南西 北南東西 西西北西 北南東西……順番」

「はぁ?」


「スバルさまなら、理由が分かるかもしれません。この繰り返しなんです。おかしいと思いませんか」


「山頂から西が登山道。こちらを主軸に四方に散らせて火球を飛ばしているということだな」

「それでは規則的すぎて攻撃と呼べないと思いませんか。余裕で隙を見て火口を攻めることができます」

「そうだな。そこは最低でも乱数使うべきだろ」


「俺もそう思います。おそらくオート機能で攻撃する仕組みで、侵入者に反応しているだけだと思います。レンが気付いていれば、命中するように当ててくるはずなのにそれも無いです」


「何かを仕掛けてきてもおかしくない状況。まさかテメェの馬鹿デカイ魔法陣を見て臆したとか?」


「レンですよ?」

 呆れたような冷たい視線はスバルならもっと何かに気付いてくれると期待したからだ。けれどレンがどれほどの強さなのかは知らない。だから答えは出てこなかった。


「へぇ。知り合いなんだ? そりゃ強いはずだ」

 スバルはクスクス笑いでも堪えきれずにハルトの頭を叩く。過去は喋らないことを本人は貫いているが、正直者は口ほどにものを言う。

「面白いように顔に出ているぞ」


「え? 内緒! 学生時代に揉めただけで――もうお願いですから!」


 戦士ゼストが振り返った。

「あの岩陰で休憩だ」


 ハルトはスバルを下ろすとアキトに相談して許可を取る。

「皆さん、お疲れ様です。宿屋で休憩してくださーい。お金はアキトが払ってくれますから、いっぱい休んで楽しんでくださいね」


 一瞬で山の強い風が遮られ、ハンモックとゆったり椅子が出てきた。

「楽しんで……楽しめる状況かよ」


 死地に向かうようなものなので勇者たちの意見がもっともだが、数回目となるアルマやゼストは慣れたものだ。

「んん! やっぱり疲れた時は甘いモノだわ!」

「片足クン、俺は辛党なんだが、塩味の効いたものはないかね」


 ゼストの頼みにも即座に応えて、塩バタークッキーを出してきた。バターの香り豊かに塩味のパンチが効くのが美味だ。

「ダンジョンの入り口はもうすぐだ。片足もしっかり休んでおけよ。また倒れて滑り落ちたりするなよ?」


 ゼストが少し優しくなった。ハルトは微笑み、優雅に紅茶を注ぎながら質問する。


「火口がボス部屋ですよね。本当に噴火しているわけではないのですから、火口から直接降りて、攻めた方が手っ取り早くないですか」


 落火生壺の名前のとおり、最上階のボス部屋が壺の形になっているという報告がある。多くの犠牲によって得られた情報だから、わざわざ地中の迷路になったダンジョンなど通りたくない。


 その言葉に周囲は褪めた目で見てくる。ゼストは丁寧に説明した。

「だから宿屋はダメなんだ。落ちていく間に丸焦げにされてしまうぞ」


 ハルトの言い分はダッシュしたスバルによって首と共に捻じ曲げられた。

「そうだよな! いくら強くてもそのルートを選ぶバカはいないよな! フツウはそうなんだ。フツウは!!」


 ――スバル、不意打ちは、ちょっと痛い


 とにかくハルトは言葉を呑み込んだ。


 そう、俺は愚かで普通でいても良いのだ。仲良く一緒に旅をするなら、そんなに急いで旅をしなくても良い。宿屋として人々を温かく迎える存在が、せっかちではみんなの心が休まらない。

「そうですよね。それがフツウですよね」


 本音を言えば5秒もかけて、ただ落ちるだけなのが愚策である。ダッシュすれば少なくとも時間は半分。それに魔法を加えてさらに早く動く。それなりの工夫をこらせば、アキトだってボス部屋に行くぐらいのことはできるだろう。少人数だからこそ、苦労させたくないのに、世の中って、うまく回ってくれないものだ。


 アキトは遠くで少し笑った。ハルトの考えは読めるが賛成できない。その策は全員にそれなりの実力があってこその前提があってこそであるというに。


 ※    ※    ※


 さらに歩くと火球の雨が止んだ。

 山の中腹が垂直に切り取られ、巨大な岩壁にダンジョンの入り口があった。


 精巧な装飾の扉はドワーフが作ったものらしく精巧で美しい。石碑や石柱には魔力がかかっており、時おり喋る。危険と警告、そして愚痴を繰り返していた。


『この××野郎ども! レンさまの領域と知っての狼藉か! このイマシメがなかったらテメェらなんぞ、〇〇して××まみれにしてやるってのに』


 〇やら×にはそれぞれ好みの罵倒を入れておくといい。いずれにしても聞くに堪えない外野の声が響く中、勇者キムラはスバルの正面に立ちふさがった。

「魔工技師さまは、安全が確保されるまでここでお待ちいただけますか? 護衛を一人つけておきましょう――アルマを呼んできてくれ」


 少人数で自分の身さえ危ういダンジョンだ。全滅の恐れさえある任務に、興味本位でついてくる国宝級魔工技師を守る余裕は無い。

「何でだよ、そう言って置いてくつもりだろ。少なくとも連中よりは戦力になるぞ」


「連中?」

 キムラが青ざめていくのにも気づかず、スバルは入口の門を指さした。


「ダンジョンから出て来た奴らのことだ。テメェらに比べればスゲー弱っちいヤツラだったが、あの程度の者たちがいたなら、オレだって大丈夫だ。見ろ、この素晴らしい人類の智慧の結晶を!」


 煌びやかな魔道具の衣装に勇者たちがどよめく。しかしキムラはスバルの装備などどうでもいい!

「そんな奴らがいたとは聞いていないぞ!」

 

「どんなヤツラか知らんけど、揃いの布をつけていたぞ。逃げて来たっていうから避難民かと思っていたが違うのか?」

 それは工場から脱出させたアキームたちだ。ハルトの料理の美味さに誘われて、我慢できずに宴に紛れ込んだのだ。


「まさか、これですか?」

 ハルトは紋章の入ったスカーフを広げた。

「そう、それだ!」


 ゼストは厳しい顔だ。

「くそ! アキームめ。金になるモンスターばかり狙いやがる。おそらくツノウサギ同様に狩りに来たんだ。もしかしたらこの近辺のモンスターが少ないというのも、彼らの仕業かもしれない」


 ゼストの言うことは正論だ。小さな魔物でも、大量捕獲を続けられたら、魔物の生息域のバランスが狂って、予想外のモンスターが乱入したりする。ただでさえ少人数なのだからトラブルは避けたいところだ。

「このまま放ってはおけないな。何人ぐらいいましたか?」

「オレが見た限りでは二十人くらいだな」


「素人が二十人なら、我々でも処分できるでしょう。先に盗賊を片づけた方が安心して動けます。どうでしょうか」

 アキトは受け入れない。

「皆勇気ある者だ。その程度のことで怯む必要はない。進軍の工程を変えることはできん」


「そうかなぁ。勇気と無謀は違うぞ」

 スバルの言葉に、それはお前のことだよとツッコミが返ってきそうな視線だ。


 アキトは悪い笑みで命令した。

「ここから先、お命の保証はいたしませんぞ? ご覚悟宜しいか?」


「上等だ。死など怖くない。世界一の魔法使いに会えるのだ。わくわくするぜ」



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