弐百五拾 寅さんの友情
セーラー服らしいスカートと足だけが見える。
驚いて起き上がった。
「あうっ!」
全身に激痛が走る。
「あっ、大丈夫? 窪田君」
早苗さんだった。
「な、なぜ、あんたがここに……」
呆然と見つめる竜之さんに、彼女は答えた。
「私、橋脚の陰で最初から見ていた」
「最初から見ていた? で、でも、なぜ……」
「伊勢木君から言われた。ここに来いって」
「何、トラから?」
「そう。――あいつはど阿呆だが、約束だけは守る男だ。あんたがあいつを振ろうが振るまいが、そんなことは俺にはどうだっていい。ただ、あいつが本当に不良をやめるかどうか、そのことだけは見届けてほしいって」
む、むむむ……。あいつめ、あいつめ、何て余計なことを……。どこまで俺をコケにすれば気が済むんだ。チクショウ、絶対に許せない。
憮然とした表情で落陽を見ていたら、早苗さんがすぐ真横に座った。
「あっ、だめだ」
反射的に身体をそらしながら、言った。
「だめ? 何が駄目なの?」
不思議そうな顔をしながら覗き込んでくる。
「だって、スカートが汚れるじゃないか。ほら、この上に座るといい」
その辺に捨ててあった学ランの上着を手に取ると、パンパンとはたいてそこに敷いた。
「えっ、でも……」
「いいから、いいから。――あっ、ひょっとして、変な風に勘ぐってんのか? 心配すんなよ。俺にはそんな趣味はないから」
「そお? 分かった。じゃあ遠慮なく」
早苗さんはあらためてそこに腰を下ろすと、両膝を組んだ。
その様子を視野の端に収めながら、竜之さんは胸をドキドキさせていた。
チクショウ、俺は絶対にこれを洗わないからな。お袋にも触らせてなるもんか。今日の記念に、一生の宝として大事にしまっておくんだ――。
そんな清らかな決心を密かにしていたら、「窪田君」といきなり呼びかけられた。思わずびくっとして振り向く。
「な、何だい?」
左手をつき、相手からすっかり引け気味の姿勢である。
「いやだ、なに驚いてんのよ。それより身体のほうは大丈夫?」
「何の、これしき」
と答えてほっとした。
あー、驚いた。さっきはあんなこと言って格好つけたくせに、ちょっとHなことをつい考えてしまったもんな。つい見破られたかと思ったぜ。
それにしても、あんなにコテンパンにやられたのに、その割にはダメージが少ないような気もする。
待てよ、そう言えばトラの奴。今日に限って、パンチやキックはほとんど使わなかった……。やたら柔道技ばかり……。
普段だったら、こっちだって防御しながら応酬するから、あんなにまともにパンチを食らうことはないんだ。
あれを何発も何発も食らっていたら、俺は死ぬか廃人になっていただろう……。
むむむ、むむむ……。おのれ、これ以上の屈辱があるものか。あいつめ、どうしてくれよう――。
そう思いながら歯をギリギリさせていると、「ねえ」と早苗さんがまた話しかけてきた。
「夕日、きれいね」
「ああ、そうだな」
「私、今日のこの夕日を決して忘れない」
「お、お、俺もなんだ!」
すっかり嬉しくなった竜之さんは、さっきから気になっていたことを聞いてみた。
「それよりあんたのほうこそ、足は大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない」
「えっ?」
「大丈夫じゃないけど、もうふっきることにしたの。何か陸上に代わる新しいことを見つけようってね。それもこれも窪田君のおかげだと思う」
「そ、そうなのか?」
「うん」
小さな声で頷くと、組んだ両膝の上に顎を載せる。しばらく黙り込んでいたが、やがてぽつりと言った。
「私、あの太陽がすっかり沈んでしまうまで、ずっとこのまま見ていたい」
夕映えに輝く美しい横顔を見ながら、竜之さんは胸が一杯になって何も言えなかった。涙がまたボロボロ出てきた。夕日がかすんで見えなくなったので、ゴシゴシ拳で拭った。
チクショウ、チクショウ! あいつめ、あいつめ。それもこれも、全部あいつのせいだ。今度会ったらぶっ殺してやる――。




