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弐百四拾九 竜之さんの決心

 もう動けなかった。黙って空を見上げていた。

 寅さんも、もうそれ以上何も言わなかった。


 風が吹き、草が頬をチクチク刺す。

 日はすでに傾きかけている。


「帰るぜ」

 寅さんの一声に、その仲間たちがぞろぞろと従う。


「おい……」

 まだ残っていた一人が声を掛けてくる。竜之さんのほうの仲間だ。


「先輩、大丈夫っすか?」

 他の一人が心配そうに覗き込む。


 みんな、消えろ。早く消えちまえ!

 これ以上俺に恥をかかせないでくれ――。


 目を閉じたまま、声も出さずにそう叫んでいた。


 俺は動けない。声を出す力もない。日が沈んでしまうまで、ここでこのままこうしていたい。こんな無様な俺の姿を、これ以上さらし者にしないでくれ――。


「おい……」

 誰かがもう一度言った。


「先輩!」

 こっちは涙声になっている。


「よせ!」

 ほかの誰かが言った。

「おい、タツ! お前とつるむのは今日を限りとする」


「それがいいだろう」

 竜之さんは声を振り絞るようにして、やっとそう答えた。


「だけどなタツ、お前との本当のつきあいはこれからだ。……じゃあな」


「あっ、俺の言いたいことを先に言われてしまった。俺もだよ、タツ。

今日はもうこれで帰る。あばよ」


「先輩、俺もっすよ。今日のところは、これで失礼します。お元気で」


 こうして彼の仲間たちも引き上げていったのだった。

 一人取り残された竜之さんは、そのまま大の字に寝転がっていた。


 バカヤロー。この状況で、お元気でだって?

 思わず笑いがこみあげてきた。


 くっくっく。

 自然に腹の筋肉が痙攣する。


 うぐっ。

 そのとたん、激痛が走った。


 トラにやられたところだ。

 クソッ! あいつめ、本当に手加減しなかったな。

 

 笑ったら、今度は泣きたくなった。

 大粒の涙が両方の頬を伝う。


 再び風が吹いて、頬や首筋をチクチクと刺した。


 なぜなんだろう。あいつにやられたところよりも、こっちのほうがよっぽど痛いや。待てよ。ひょっとしてあいつ……。


 もしそうだとしたら、俺は決してあいつのことを赦さないからな。むむむ……。あいつめ、あいつめ。本当にそうだとしたら、ぶっ殺してやる――。


 そこまで考えたら、また笑いたくなった。


 くっくっく。

 うぐっ。


 俺はいったい、これまで何をやってきたんだろう。挙句に好きになった女に振られ、このザマだ。


 この18年はいったい何だったんだ。価値ない、価値ない。まったく愚かで、無価値な人生だった――。


 そう思ったら、涙がまたボロボロこぼれてきた。

 振り払おうとして横を向いたら、対岸の向こうに真っ赤な夕日が沈もうとしていた。


 美しい夕焼け空だった。

 しばらくそれに見とれていた。


 チクショウ。俺は今日のこの夕日と夕焼け空を決して忘れない。これまで俺が生きた18年が価値のあるものなのか、ないものなのか。それを決めるのは、今後の俺の生き方によるのではないだろうか。


 俺はまだ、これまで生きた18年の3倍も4倍も生きてやる――。

 堤防の向こうに夕日が完全に沈むまで見届けようと決心した。


 するとその時だった。

 かさりと草を掻き分ける音がした。


 バカヤロー。まだ残っている奴がいたのか?

 俺はまだ、このまま感傷に浸っていたいんだ。邪魔をしないでくれ――


 どやしつけてやろうと思って、音のする方角に顔を向けた。

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