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百八拾 安太郎さんの手記(4)

「いけないなあ」

 と円山課長が言う。

「君は何処かで書いていたじゃないか。立場は違っても、国を憂うることにおいては人後に落ちないとね。君はそのために、胃袋に穴を開けてしまった。医者にかかったこともちゃんと調べてある。にも拘らず、そんなに沢山の食べ物を一遍に口に入れてはいけないなあ」

 

 井脇は何かを知っているのか、部下の夏川に目配せをすると、一人で嬉しそうにニヤニヤしている。


 円山は、まだ手にしていた耳掻きの先を、再びぷっと吹いて言った。

「そうだ。これが丁度いい。これで少しずつ(すく)って、ゆっくり食べるんだ。はい、あーんして」


 若い夏川がすぐに私を羽交い絞めにする。大男の井脇が、怪力で私の口をこじ開ける。円山課長は、耳掻きをスプーン代わりにして、雑炊の小さな粒を器用に掬うと、私の口の中に差し入れる。


 私は相手の顔に向けて、唾と一緒にそいつを思いっきり吐き出した。

 円山は、背広のポケットから白い絹のハンカチを取り出すと、左手に持ち替え、黙って顔を拭っている。

 と思いきや、いきなり私の顔の真ん中に、右の拳を炸裂させた。途端に鼻血がぼたぼたっと滴り落ちる。


「嬉しいじゃないか。私を本気で怒らせる奴が久々に現れたって訳だ。こいつは、先が楽しみだ」

 なおも絹のハンカチで顔を拭いながら、唇の端を歪めて笑って見せた。


「はい、もう一度あーんして。今度はちゃんと飲み込むんだぞ」

 上司がそう言ったので、井脇がまた私の後ろ髪を引っ張って、顔を仰向かせる。顎を鷲掴みにされ強引に口を開けさせられると、待っていたかのように鼻血が口の中に侵入してくる。


 私はもがきながら、思わず咳込んでしまった。正面に座った円山の背広に血しぶきが飛ぶ。

「何をしているんだ。もっとしっかり押さえろ!」

 井脇に怒鳴られ、夏川ははっとしたように、背後からぎゅっと私の身体を締め付ける。


「はい、もう一度だ」

 自慢の背広を汚されてしまったせいか、痩せて頬がこけた円山のこめかみには、青筋が立っている。自らは手を汚さない主義に違いない。


 耳掻きで私の舌の上に雑炊の粒を載せると、

「口を閉じさせろ!」

 と、井脇に命令した。


「はい」

 井脇は即座に返事をすると、私の頭と顎を上下から無理矢理押さえるようにしながら、口を閉じさせた。


 暫く飲み込むのを我慢していたが、唾が勝手に出てきて、雑炊の粒をゆっくり喉の奥に流し込んでいく。

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