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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第20話 オペレーション・トゥムレイダー
344/358

全てが一本に繋がる時

~承前




 ――――ダニー


 それが誰の叫び声か、バードは一瞬理解出来なかった。

 ただただ、目の前で起きた事態に驚愕するだけだった。


「アーネスト! ダニーの上半身を回収しろ!」


 咄嗟にそう指示を出したドリーは、スタングレネードのピンを抜いた。

 閃光と強烈な音波による衝撃波を生み出す代物だ。


「おらっ! これでも喰ってろ!」


 ドリーが投げたスタングレネードをスライムはそのまま飲み込んだ。

 そしてその場で鈍い音と共に爆発し、壁の一部だったスライム全体が震えた。



 ――――あぁ…… なるほど……



 バードはそれを瞬間的に『学んだ』と感じた。

 そして、あのスライムが嫌がる筈だと腰の弾薬ポーチに手を伸ばした。

 幾つもあるパンツァーファウストの予備弾頭から照明弾を探したのだ。


 この弾頭は原始的なマグネシウム燃焼型の照明弾故に強烈な光を発する。

 言うなればスタングレネードの上位互換と言える。


「アーネスト! ちょっと待って!」


 ダニーに駆け寄ったアーネストの動きを止め、バードは照明弾を放った。

 パンツァーファウストの先端に取り付けられた弾頭がスライムにめり込む。

 瞬間的にその場で燃焼が始まり、猛烈な熱と光を放ち始めた。


「なるほどな! そいつは良いぜ!」


 バードの意図を理解したのか、ペイトンとダハブが同じ様に照明弾を放った。

 基本的にはクルップ式の無反動砲なのだから、めり込めば内部で燃焼する。


 強烈な光と熱が拡散し、スライムはダニーを吐き出した。

 上半身だけで無く下半身もだ。その境目には、あのサンプルケースが見えた。


 僅かな時間的猶予を捻り出したのだから、やるべきはひとつ。

 迷っている暇はなかった。


「ずらかるぞ!」


 ジャクソンがライフルを構えつつそう叫んだ。

 眩い光が闇を照らし、荷電粒子の塊りがスライムを焼いた。


 その隙にアーネストがすかさずスライムぎりぎりへと飛び込んだ。

 ふたつに解れたダニーを回収する為だ。


「わりぃな!」


 咄嗟にアーネストへと抱き着いたダニー。

 そんなダニーに向かってスライムがニュッと伸びた。


 逃すか!と言わんばかりの動きだったが、その瞬間にライアンが動いた。

 危険を犯して飛び込んでいったその姿勢は、間違いなくブラザーフッドだ。


「下半身も頂きだぜ!」


 ライアンはダニーの下半身を回収し、ロックが援護射撃を始める。

 相手がでかすぎる故に意味を成さなかったライフルもここでは威力を発揮した。


 スライムクリーチャーが咄嗟に伸ばした触手状の手は細長い。

 その付け根辺りを狙って荷電粒子を撃ち込んでやると、触手がちぎれ落ちた。


「効果がねぇって訳じゃねーな」


 同じ様にダハブとビッキーが次々とライフルを放っている。

 威力としては心許ない荷電粒子だが、この場面では効果抜群だ。


 引き千切れたスライムの一部は本体めがけてズリズリと移動している。

 そこ目掛け集中的に銃撃が加えられ、徐々に蒸発し小さくなっていた。

 ごく僅かでも蒸発していくのだから、クリーチャーにしてみれば痛いだろう。


 どうやって成長するのか理解不能な代物だが、少なくとも意志の有る生物。

 その成長には栄養素が必須だろうと思われた。


「くそっ! 抱えにくい!」


 ダニーの下半身部分を抱えて走り出したライアンが喚く。

 股の部分から脊椎方向に腕を回しているその姿が少しおかしかった。


 少々ブザマな持ち方だが、文句は言ってられない。

 そして、色々と持ち方を変えてるうちに幾つかグレネードを落とした。

 それをサンプルだと勘違いしたのか、スライムは移動し飲み込んでいた。


「おらっ! くそったれ! これでも喰ってろ!」


 ダニーの罵声が響くと同時、スライムの内部で次々と爆発が起きた。

 Bチームの使うグレネードは電子的にペアリングしてある代物。

 つまり、遠隔爆破出来る仕組みだ。


 粘性の強い液体なのだから圧力はすべて内部に留まるだろう。

 あのダニーの機体を両断する程の威力を全て受け止めた形だ。

 なかなかエグい事をするな……とバードはほくそ笑む。


「効いたらしいぜ!」


 ダニーの一手にロックが歓声を上げた。

 強力な衝撃波によりダメージを受けたのだろう。


 確実な意志でダニーを追いかけていたスライムがビクッと大きく揺らめく。

 その機序を考えたバードだが、その前にドリーが退避を促した。

 常に全体を見ている視野の広さにバードは舌を巻いた。


「理屈は後だバーディー! まず地上へ出ろ!」


 そうだ。理屈や機序はどうだって良い。

 まず生き残る事。生き残って経験を伝える事。


 そしてこの場では、テッド大佐が艦砲射撃を実行できるようにする事。

 Bチームはその材料を持ち帰らねばならない。


「そろそろ諦めやがれ!」

「しつこいのは女に嫌われるぞ!」


 ライアンの軽口にジャクソンが相槌を打つ。

 そして同時にスライムへ向かって荷電粒子が撃ち込まれる。


 眩い光が飛び交う中、時々クリーチャーはビクッと震えて前進を止めた。

 ズルズルと前進してくる動きは緩慢だが、震える瞬間は驚くほど素早い。


「なるほど! そりゃぁ良い!」


 ヴァシリがその意図を理解し声を上げた。

 ジャクソンが岩の表面と接する先端部を狙い撃ちにしてるのだ。


 人間だって足の爪先や指先などに一撃入れば息を呑む程に痛いもの。

 あのクリーチャーだって先端部の薄い辺りには神経系統が充実してるはず。


 そこを強烈な光と熱で焼けば、どうしたって痛みを感じるはずだ。

 痛みじゃ無かったとしても、物理的に先端部が後退するのも事実だ。


「ダニー! サンプルは!」


 ペイトンの声かけにダニーは『ここに有る!』と応えた。

 アーネストに抱えられた上半身の腰辺りにサンプルケースが見えた。


 全身を装甲化した現状出なければ完全に回収されていたであろう代物だ。

 どうあっても地上に持っていかねば気が済まない。


「俺が持ちますよ! なんとしても持ち帰らなきゃ!」


 ビッキーがやって来てそれを受け取り、自分のケースに入れた。

 常に冷静なヴィクティスの熱い面をバードは初めて見た気がした。


「よし! 地上まで止まるな! アナ! 地上班に退避を促せ!」


 鋭い声で『サー!』を返したアナが広域無線で呼びかけ始めた。



『こちらBチーム アナスタシア少尉。地域戦闘中の全兵士に通達。城の地下で正体不明のクリーチャーと戦闘中。サイボーグが擱座させられる戦闘力です。遺跡周辺の兵士は大至急脱出してください。繰り返します――』



 その声を聞きながら、バードは『上手い』と小さく独りごちた。

 咄嗟にやったにしては上出来を通り越した一手だと思った。


 アナスタシアの人格がAI的な部分を多分に含んでいるのは言うまでも無い。

 システムオペレーターとして過ごしてきた時間が余りに長かったのだろう。


 感情や打算的思惑を挟まず、現時点での最善手を打つ。


 そんなスタンスが結果的には打算的と呼ばれる形になってしまう。

 しかし、その効果は上々だ。何より、サイボーグが擱座というのが良い。



 ――――あのBチームが?



 地上にいるメンツがそう思えば良いのだ。

 指揮命令系統に大きな衝撃を与えられれば、この後のテッド大佐が楽なはず。

 大佐は今から、とんでもない一手を打とうとしているのだから。


『ドリー! 何があった!』


 すかさずテッド大佐から事情の審問が降りてきた。

 ジャクソンは何も言わずに状況の映像を大佐へと送付した。

 例によって、オープンバンドで全員が見られる形でだ。


『おいおい。とんでもないバケモノだな』


 演技ではなく本音が漏れた。

 長く大佐と行動していた者ならすぐに解る声だった。


『全くです。現在地上へ移動中ですが――


 チームは階段を駆け上がっていた。

 いくつもの絵画がそれを見降ろしていた。その中の一枚にバードは眼を止めた。



 ――――これって……



 大きな鐘楼と思しき建屋の中、子供がふたりで窓の外を見ている姿だ。

 その片方はどう見ても男の子で、もう片方は女の子。


 バードはその絵画の意味を、そこに飾られている意味を直感で理解した。

 そしてこの瞬間、バードの脳内で全てが一本に繋がった。


 それがかつてのエディであり、そしてエディを助けたあの女だ。

 白い光に包まれて消えた何者かは理解出来ない存在。

 しかし、あの時に見た何かがシリウスを蝕む何かの元凶。


 それを合理的に説明しきれる根拠など一切無かった。


「どうしたバード!」


 僅かに速度の落ちたバードをロックが呼んだ。

 何も言わずにしんがりを買って出たロックは最後尾にいた。


「画を見てた! 何処かに対処法のヒントが無いかと思って!」


 上手く説明する糸口が見つからず、バードは素直にそう言った。

 他に上手く説明する言葉は無いし、説明する暇も無い。


 ただただ、エイダン・マーキュリーと言う存在を理解したのだ。


 なぜエディは救いの御子なのか。

 なぜエディは何度も死にかけたのか。

 なぜエディはあの場に来ていたのか。

 なぜエディはクローン処理までされたのか。


 このシリウスを蝕む全てから解放を実現出来る存在だから。

 それを知る者たちが手引きし、手配したのだろう。


 そしてその全てが今回かなった。

 全ての解放と問題の解消が。



 ――――だから帰ったんだ……



 自分の世界へ。自分の生きた時代へ。

 もう一度、その身にのし掛かった『責任』と戦う為に。


「また何か面倒考えてんだろ」


 訝しがるようにロックがそう言うと、バードはフフフと笑った。

 全てを見通すような眼差し。憂いを湛えた柔和な表情。

 傲岸な支配者の笑みを浮かべつつ、敵にすら慈悲をかける余裕。


 エディは幾度も繰り返していたのだ。失敗と改善の人生を。

 失敗を繰り返し、改善を試み、そしてまた失敗し、改善する。

 全てはシリウスの為に。その為に死ぬべく生まれなおしてきた……


「面倒と言うより私のやるべき事をね、理解したの」


 エディが言った最後の言葉をバードは噛み締めていた。

 遠い日、暗闇の中で聞いた『エンダー』の言葉が全てだ。


 自分の身に降りかかったシリウスの呪い。それを粉砕する為の人生。

 悔しさも悲しさも屈辱感ですらも、全てがパッと開け消え去った。


 自分自身がエディに必要な最後のパーツだったのだ。

 だからこそテッド経由で手塩にかけて育ててくれたのだ。


「へぇ、そりゃ良いな。とりあえず後で聞かせてくれ」


 ロックの返答は少々意外だった。

 ただ、その実をバードも理解していた。


 ロックはロックで自分の運命と戦っている。バードとは方向性の違う運命だ。

 どれほどに苛烈で残酷で、無慈悲な運命なのかと同情すらする程に。


 そんなロックの元にバードがやって来た。

 自分達ふたりが、エディにとって最後のピースだったのを確信していた。


「楽しみにしててね」


 そんな軽口を叩いた時だ。チームはあの城の中に戻って来た。

 例によって大きな回廊からは見えない出入り口は無人だった。


『大佐! 例のバケモノが上がって来そうです!』


 ドリーは緊急バンドでテッドに報告を上げた。

 間髪入れずに返答が帰ってきたのは偶然じゃないとバードは直感した。


『迎えのチョッパー(降下艇)を送り込んであるから屋上へ向かえ!』


 声の主はアリョーシャだ。

 全て仕組まれていた出来レースか?とすら思った。


 ただ、仮にそうだったとしても、それについて怒る気にはならない。

 エディがその生涯を賭してかなえたシリウス解放の夢。


 その舞台に立って踊っている自分を幸運だとすら思っていた。


『アリョーシャ! この後は!』


 ドリーの声は僅かに怒気を含んでいた。

 またまた全部伏せられたまま事が進んでいた件への嫌悪感だ。


 ついでに言えば、この城がどうなるのか。バードはそれも気掛かりだった。

 きっとここはシリウスの旧先史文明に於いて貴重な遺跡だろう。

 それを壊してしまうのは聊か気が引ける。純粋にそれだけだ。


『あと25分で戦列艦が上空を横切るから、そこで砲撃する。何も残らないはずだけど大丈夫。その城は隅々まで調査済みだからね』


 唐突に女性の声が話に割って入った。声の主はルーシー・ハミルトン准将だ。

 もう一人のエディと言うべき存在が方々に根回ししていたのだろう。

 

 将軍にも提督にもならなかった、准将どまりの昇進を受け入れてきた存在。

 逆に言えば、最終的に責任を取らず、尚且つ各方面に無理を言える立場。


 そんな彼女が手引きしていたなら抜かりないだろうと、妙な安心感すらある。

 ただ、その直後にアッと驚く言葉が聞こえた。


『シリウス政府の了解は取ってないけど大丈夫。ここにヘカトンケイルの8人が揃っているから。エディの差配よ。こうなる事は解っていたから』


 そんなのありか?とバードはかなり驚いた。

 全てはエディの手の上だったと言う事だ。


 そしてそれ以上に驚く言葉が出てきた。

 ブルの声がラジオに流れ、バードはそこで感情のスイッチをオフにした。

 エディの手ごま全てが揃って対処していたのだ。


『エディは事前に命令書へサインを入れてあった。その城を焼き払えとな。ヘカトンケイルも同意している代物だ。これで逃げ切る算段だから心配するな。もっともまぁ、これを知ってたのはルーシー含め数名だがな』


 何処かで誰かが舌打ちした。

 そんなものが聞こえるはずが無いのだが、バードの聴覚センサーは捉えていた。


 またやられた。またダマテンだ。そんな歯痒さだ。

 何処かへ送り込まれて何かをさせられる。それ自体になんの不満も無い。


 ただ、出来れば前もって大きな流れを教えて欲しい。

 理解出来ない事だったとしても、それを言って欲しい。

 どれ程困難な事だったとしても……だ。


『歯痒いのは解るが飲み込んでくれ。まぁ、エディのいつものやつさ』


 ブルは少し沈んだ声でそう言った。

 上手く表現出来ない感情がバードの中に沸き起こった。



 ――――エディは……



 そう。エディは全て背負いこんでいた。

 誰にも言わず、誰にも責任を負わせずに。


 最終的にどうしたいのか?を明確に描き、それに沿って行動していた。

 だからこそ、ここでこの城を焼き払うのは想定内だったのだろう。


 だが同時に全く異なる感情がバードの内心に沸き起こった。

 じゃぁエディは全て知っていたのか?と。

 未来を予測していたのではなく、知っていたのか?と。


 こうなる為に、社会や歴史や森羅万象の全てが予定通りに動くように。

 目的とする何かを果たす為に、エディは汚れ役も憎まれ役も買って出たのかと。


 シリウス解放という最終的着地点。

 その為に。それだけの為に。上司や部下や社会世界の全てをすり潰した。

 なによりも、自分自身をすり潰した。自分自身がひとつのピースになった。


 最後の最期に……だ。


『ボス! 屋上まで10秒!』


 先頭を走っていたペイトンがそう叫んだ。

 最後の階段を駆け上がっている時だった。


 よくわからない何かの残骸がまだ屋上に転がっていた。

 周辺には様々な機材が放置されていて、その向こうに降下艇が居た。

 ハッチが開かれスタッフが大きく手招きしているのが見えた。


「あッ!」


 誰かがそう叫んだ。城を形作る岩の隙間から何かが染み出てきた。

 それが水のようだと思った時、グニャリと形を変えた。

 そのしつこさは大したもんだとバードは思った。


『飛べ! こっちも跳ぶ!』


 降下艇の間を通せんぼする様にスライムが湧いた。

 それを見たドリーは進路を左に取った。直後に降下艇がふわりと浮き上がった。


「全員気合い入れろ!」


 ジャクソンが相変らずの調子だ。

 バードは何も言わずライアンの背に回って加速を手伝った。

 ダニーの下半分を抱えていたからだ。


『跳び乗れ!』


 ドリーがそう叫んだ。

 屋上の欄干になっているところで踏みきり、バードは空中へ飛び出した。

 その瞬間ふと、渋谷のビルから上空へと飛び出したのを思い出していた……

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