仲間
~承前
「なんか随分好き勝手言ってくれたぜ」
呆れるようにペイトンがそう切り出した。
ただ、その声音を聞けばベテラン組は誰だって本音を理解する。
最も重要な部分。最も核心である部分を未来へと託したエディの本音。
悔しさや歯痒さでは無く、重要な宿題を残しておいたから上手くやれ。
凪の海は船乗りを鍛えないのだから、喜んで困難に挑め。
本当に部下を愛し、心からの成長を願ってきた男の置き土産だ。
「……所でこれ、どうする。一応は視界を録画したが、オヤジに見せるか?」
ジャクソンがそんな事を言ってドリーを見た。
ここで判断し決断し、そして実行を命じるのは隊長だからだ。
ただ、そんなドリーもさすがに即答は出来なかった。
ジャクソンがオヤジと呼ぶ存在はテッド大佐だ。
そしてそのテッド大佐はエディの息子に等しい。
実際、養子縁組した親族である事を知っているのはロックとバードだけ。
他のメンバーはそれを知らないのだから、その分だけ迷うのだ。
「見せるべきよ。エディはBチームに見て欲しいってはっきり言ってたし」
他の誰かが口を開く前に、バードは最初にそう言った。
チームの中で特別なポジションに居る彼女の言葉は重要だ。
それを聞いたドリーやジャクソンが腹を決めるには十分な説得力。
裏を返せば、自分達がそれを見て伝えたと言う部分での達成感だ。
「そうだな。他でもねぇバードの言葉だし、俺も賛成だ」
少しだけ間を開けてロックがそう切り出した。
チーム内の意思統一を図るタイミングとしては、絶好だった。
「反対は無さそうだし、そうしよう。アナ。本部経由で大佐を呼んでくれ」
ドリーが示した政治的判断を多分に含む一手。
そこにあるのはシリウス政府と地球側の様々なステークホルダーへの配慮。
艦砲射撃の威力がどれ程かは言うまでも無い。
何より、地上でそれを見る側の心理的な面でケアが必用だ。
それを解らないはずがないエディの発した言葉だ。
――――艦砲射撃が望ましい
他の誰でも無い、エディ・マーキュリーの発した言葉。
その言葉の意味を、エディの意思を公式ルートに乗せる。
――――凄い……
内心奥深くでバードは感嘆した。
いつの間にか少佐へと昇進したドリーの実力を……だ。
それは、チームでテッド大佐と共に歩んできた時間が為せるわざ。
エディの思惑と差配を深く理解し、同じ様にテッドを理解している証拠だ。
『どうしたドリー。何か問題か?』
無線の向こうに聞こえるテッド大佐の声はいつもと変わってない。
だが、バードは解っていた。その声音自体がテッドの内面を雄弁に語っていた。
――――辛くない訳がないよね……
辛さや悲しみを噛み殺していつもの様にふるまう強さ。
テッド・マーキュリーという男の歩んできた人生が滲み出ていた。
『すいません大佐。色々とあるでしょうけど、先ずは何も言わずこれを見てください。恐らく、最後のメッセージです』
ドリーは単刀直入にそう言い放ち、つい今しがた見たエディの姿を転送した。
そこに流れるホログラム状の映像は地球軍団の公式ルートで流れるはず。
つまり、様々なポジションの人間が『見ようと思えば見られる』形だ。
言い換えるなら、様々な形でエディの世話になった者たちへのメッセージ。
――――三軍統合元帥が残した最期の指令
と、そうなる。
そして……
『まったく……』
溜息交じりの声がラジオに聞こえた。
テッドと共に戦った経験のあるベテラン組は、それだけで大佐の内心を知った。
『最後の最後でとんでもない試練を残していってくれたな』
テッド大佐が吐き出した本音。
バードは腹の底で『あぁ……』と呟いていた。
『で、どうします?』
ドリーが次の一手を問うと、重い沈黙がラジオの中に続いた。
テッド大佐が何を迷っているのかは言うまでも無かった。
――――そりゃ……ね……
バードの中に居る恵と言う人格がひょっこりと顔を出し、渋い表情だ。
他でもないテッド大佐に対し、地上への艦砲射撃を命じろとエディは言った。
その人生における些細なボタンの掛け違いで辛酸を舐めた男だ。
届くと思った手が届かなかった。それで愛する人とは敵同士になった。
血で血を洗う激戦へ身を投じ、最愛の人と本気で殺し合った。
その全てのターニングポイントは、艦砲射撃だった。
『俺に命じろって言うんだろうな。エディは』
まるで血を吐く様な言葉だとバードは思った。
不意に近くにいたロックへと眼をやったが表情は見えない。
装甲フルフェイスのヘルメットを苦々しく思いながらもジッと見たバード。
ロックは不意に首を左右へと振った。
ごく僅かな仕草だったが、心が通じたとバードは思った。
ただそれは、通じたからと言って全く嬉しくは無い代物だったが。
『取り敢えず上に話をしてみる。その上で対処を考えよう。俺にだって面倒を押し付ける相手は居るんだ。考えてみれば、この為にエディは手を打って来たんだろうからな』
何とも掴みどころがない言葉を吐いて一方的に通信を切ったテッド。
ただ、それを聞いたバードは『あぁ、そうか』と勝手に得心していた。
――――こう言うことか……
バードの脳裏に一人の人物がスクッと立ち上がった。
スレンダーな身体に長い髪が揺れている。
――――ルーシー・ハミルトン准将
そう。あのエディのフィメール型クローンだ。
オリジナルからコピーされた幾人もの量産型エディの中に生まれたエラー品。
だが、エディはそのエラー的存在ですら、将来の為に育ててきた。
それも、立場的に強くなるように。
ルーシーはアメリカ国軍の名門、ハミルトン家の御令嬢という立場だった。
何より、ルーシーの父チャールズは初代国連宇宙軍海兵隊の司令でもある。
当然のように宇宙軍や海兵隊の各方面に顔が利くし、様々な形で圧しが効く。
ルーシーから『お願い』と言われれば、断りきれない関係者は多数居るのだ。
『大佐。とりあえず手持ち武器で対処を試みます』
ドリーは無茶をしなさんなと言わんばかりにそう提案を上げた。
だが、テッド大佐は一切悪びれずに返答を返してきた。
『あのエディがあぁまで言うんだ。艦砲射撃以外に対処法は無いだろうな。何とかなるなら最初から何とかしろと言ってくるだろうし、どうにもならないなら、あんなことを言わないさ。つまり……』
ひとつ息をおいて間を空けたテッド。
バードはそれをテッドの嬉しさだと理解した。
お前なら出来るだろう?と全幅の信頼で言ってのだ。
あの、鬼も裸足で逃げ出すような鬼畜の男。エディ・マーキュリーが……だ。
それだけの試練を与えてきたし、乗り越えてきた実績を評価している。
だからこそ、エディはこのメッセージで『乗り越えろ』と言っているのだ。
義理の息子であるテッドに対し、最後の愛を示していた。
『つまり、なんですか?』
全部解ってて、尚もドリーは言葉の続きを求めた。
嬉しそうに。だが、自分でそれを言うのが恥ずかしい言葉を……
『父親が息子に課した、最後の試練だ』
テッドは少し恥ずかしそうに。だが、何よりも誇らしげにそう言い切った。
マーキュリー家の家督相続人として色々と面倒を被るテッドの本音だった。
『了解です。では、とりあえず地上に戻ります』
テッドの言葉にそう返答したドリーは、手を上げてから前にパタリと倒した。
それだけで全員が一斉に動きだし、地下空洞からの脱出が始まった。
『念の為だ。サンプルを忘れるな』
一言付け添えたテッド。
Bチームなら抜かり無いのは本人が一番解ってるはずだ。
『あぁ、それは大丈夫です。もうダニーがやりました』
至極当然と言わんばかりにドリーはそう返答した。
間髪入れず『足跡を残すなよ』と念には念をいれた言葉で通信は終了した。
漆黒の闇にいるBチームは、いそいそと出口の階段へと向かっている。
その昇り口辺りへ最初に到着したダニーは、足を止め振り返った。
「んで、どうする? 色々試してみるか?」
興味が尽きないと言わんばかりの口調でダニーがそう切り出した。
今は岩の一部になっている泥ともスライムとも付かぬ存在への対処だ。
どう見たって原生生物レベルでしかない代物だろう。
だが、生物学的な見地から見れば、本当に興味が尽きないのだ。
例えそれが、人を含めてありとあらゆる生物を捕食するのだとしても。
「銃が効くのか?」
訝しがるような声音のライアンは、少し呆れていた。
あとは艦砲射撃に任せて早く帰ろうと言わんばかりだ。
「いや、それも解らない。ただ、常識的な範囲で考えれば、荷電粒子を照射されればどんな代物でも蒸発する筈だからな」
アカデミックな表現ながらもダニーは出来る限りかみ砕いてそう表現した。
その言葉の端々に『やらせろ』と言う意思が滲んでいた。
「解った解った。ただ、何が起きるか分からないからな」
困った奴だと言わんばかりにドリーが口を挟んだ。
実行するのか?と、チームの中に僅かな緊張が走る。
「距離を取って撃ってみよう。威力的にはL-47が良いだろうな」
スナイパーであるジャクソンも口を挟み実験手順が組み上げられた。
もはや純粋な興味と好奇心。何となくバードはそれを危惧した。
「純粋な興味として間近で状況を観察したい。傍らに立つので遠慮無く撃ってくれて構わない。1人の研究者としての欲なのは解っているが、好奇心を抑えられないんだ」
ダニーはツカツカと暗闇を歩いて行った。
その姿は純粋な研究者であり、好奇心を抑えられない子供だ。
先ほどまで見えていた凹みの部分は、完全に岩肌と一体化していた。
どう見ても岩肌に見える部分の傍らに立って様子を観察した。
「さぁ! 撃って!」
弾けるような声が響き、バードはだいぶ呆れてしまった。
完全に舞い上がっていると感じたのだ。
「せめて誤射圏内から外れるべき。いくら何でも近すぎる」
凡そ研究者なる生き物は、興味が勝勝ると危険性への配慮が抜け落ちる。
普段は割りと慎重なダニーが興味に駆り立てられてる姿は新鮮だ。
ただ、やはり何かあってからでは遅いのも事実。
ドリーは手を伸ばし『下がれ下がれ』のジェスチャーだ。
「バーディーの言うとおりだダニー。幾らなんでもってやつだ。最低でも5メートルは下がれ。誤射圏内じゃないだろうがな」
少しばかり呆れながらもドリーは笑いながらそう言った。
その緩い空気にチームの緊張も少し緩んだようだ。
「そうだな。幾らなんでも不用心だった」
少し恥ずかしそうにそう言うダニー。
その姿がコミカルでユーモラスだったからか、少しばかり笑いが漏れた。
その時だった。
「だ、ダニー! 後ろ!」
唐突にダハブが叫んだ。
一瞬何が起きたのか誰も解らなかった。
たまたま角度的によく見えたのがダハブだったのだろう。
両肩部のライトをダニーに向けたダハブにより、『それ』が見えた。
「走れ! 逃げろ!」
ライアンが金切り声で叫んだ。
ほぼ同じタイミングでロックも叫んだ。
「距離を取れ! 捕まる!!」
完全に油断しきった雰囲気で『え?』と呟いたダニー。
そのままフワッと緩く振り返って見た時、そこに『それ』がいた。
ダニーよりも遥かに大きなサイズへ広がった、巨大な手だ。
それがあのスライムとも泥ともつかぬモノなのはすぐに解った。
まるで獲物を捕まえる捕食者のように、大きく広がっていたのだ。
「うわっ!」
咄嗟に回避行動を取ろうとしたダニーだが、全ては手遅れだった。
ダニーの胴体部にビタッと取り付いたそれは、ダニーを握り潰す勢いだ。
必至で脱出を試みるも、完全に取りついたその力の方が強いらしい。
何かが砕ける鈍い音が響き渡り、ダニーの背中辺りから何度か爆発が起きた。
「かッ! 構うな! 撃て! 撃ってくれ!」
慌てたダニーの声が響く。この状況で声を出せるのはサイボーグだけだろう。
ドリーは銃を構えて狙いを定めた。
「ダニーに当てるなよ! 収束射撃! ファイヤ!」
チームは一斉に射撃を開始した。荷電粒子が大量に降り注ぎ着弾した。
改良に改良を加えたとはいえ、何処まで撃てるのかは解らない。
それでも全員が猛烈な射撃を加えている。
地下空洞内部の全てが眩く照らし出される程に。
「ダメだ! らちが明かねぇ!」
ペイトンのぼやきは明確だ。大量の荷電粒子を浴びたのに変化がない。
ごくわずかに直接蒸発しているようだが、いかんせん相手がデカすぎた。
「もっと派手に焼いてみましょう!」
ヴァシリは斜線を掻い潜りダニーの背後が見えるところへ回った。
その手にあるのはパンツァーファウストだ。先端には成形炸薬弾が着いていた。
「隊長! 中尉の背後にこいつを叩きこむ! 象だって一発の代物だ!」
状況を見ればヴァシリの狙いはすぐに解った。
あの泥ともスライムとも解らない代物は壁の凹みから手が伸びているのだ。
いや、手に見えるだけで実際にはあの体の一部なのだろう事は間違いない。
そんな腕の部分に一撃を叩きこんで分離させようと言う事だ。
「よしッ! やれッ!」
イエッサー!の返答と同時にヴァシリはパンツァーファウストを発射した。
スライム状の腕に着弾した弾頭は僅かにめり込んでから爆発した。
強烈なメタルジェットが遅い掛かり、スライム状の何かを焼いた。
だが……
――――ウソでしょ?
バードは内心でそう呟いた。柔よく剛を制すの諺通りな事が起きたらしい。
強烈なメタルジェットは間違いなくスライム状の何かを焼いたはずだ。
だが、一時的にそこへ孔が空いただけで、すぐにそれが埋まった。
柔軟な構造故に力が逃げたのだろうか。
そもそも硬い物を力一杯ぶっ叩いて孔をあける為の兵器だ。
柔らかい物が相手だと相性が悪いのかもしれない。
そしてそれ以上に言えるのは、そもそも生物相手に使う武器では無い。
水分を含む物体への攻撃では相性的に最悪なのかもしれない。
「こいつ! 凄い力だ!」
ダニーがそう叫んだ直後、バキンッと鈍い音が響いた。
その音の正体を探る前にダニーの身体がくの字に折れた。
引きずり込まれる!と誰もが危惧したが、実際にはどうする事もできない。
二次災害防止の意味もあるが、それ以上に異質なのは、あの怪物の意思だ。
ある意味、あの怪物はダニーには妙な執念を燃やしている。
バードはそこに問題解決の種があると確信した。そして……
「中尉!」
唐突にアーネストが叫んだ。
その瞬間、バードの頭に全ての事柄が一本に繋がった。
「サンプルだ! そのクリーチャーはサンプルを回収しようとしている!」
そう。ダニーの腰にあるポーチに入った小さな耐圧容器。
スライム状の何かはあのサンプルを欲しがっている。
「パージして!」
バードもそう叫ぶのだが、ダニーは首を振った。
バケモノの手は完全にダニーを鷲掴みにしているのだ。
「う! 動けない! 無理だ!」
その言葉の直後、再び何かが爆発した。腰のマウントに装備された手榴弾だ。
本来なら大爆発する代物だが、ボフッと鈍い爆発で終わってしまっている。
締め付ける圧力が強すぎて爆発の力が制限されているのだろう。
ただ、爆発力自体は有るので、その力は逆方向へいっぺんに掛かる。
その結果……
「ダッ! ダニー!」
唖然とする面々を前にグレネードの爆発力をダニーは一身に浴びた形だ。
その結果、ダニーの胴体部は上下方向へ完全に破断してしまったのだった。




