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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第20話 オペレーション・トゥムレイダー
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全てを破壊する鉄槌

~承前




 城のてっぺんを踏み切ってバードは空中へと飛び出した。

 一瞬だけシリウスの空が見え、その空の青さに心が震えた。


 ただ、自分はいま空中に居るのだ。その意識だけは切れていなかった。

 そのまま降下艇の大型ハッチへと飛び移り、振り返って外を見た。

 先に降下艇へ乗っていたスタッフの視線が痛かった。



 ――――そう言えば……



 あの時、東京の空へと跳んだ一瞬をバードは思い出した。

 すっかり日の暮れた東京の空は深い蒼色だった。

 あれから何年経ったのだろうか、そんな事を一瞬で考えていたのだが……


「なんだありゃ」


 艇内で振り返ったヴァシリが息を呑んで漏らした言葉。

 その言葉に全員が振り返り視線を地上へと落とした。

 城を形作る巨大な岩石の隙間という隙間からスライムが出てきていた。


「あの地下空洞には収まりきれないサイズだぞ、これ」


 ダニーを抱えているダハブがそうもらす。

 理論や理屈では説明出来ない何らかの力が働いているのだろう。


「まるで巨大な粘菌だな。このサイズになるとは思えないが」


 ダニーはそんな分析をして見せたが、そもそも粘菌は単一細胞な筈。

 それに、そもそも嫌気性じゃ無かったか?とバードは思った。

 口に出せば誰かが突っ込む間違いだが、今はそんな事は問題じゃ無い。


 あの城の地下で見た姿よりも遙かに巨大な体積だ。

 それが岩石の隙間から溢れ出てきているのだ。


「地下水でも取り込んだか?」


 ライアンがそう呟く。

 そこにジャクソンが突っ込みを入れた。


「そう言うのは後から考えようぜ」


 そうだ。今大事なのは生きて帰ることだ。

 もっと言えば、ダニーが持っているサンプルを分析する事だ。


 何処でどう分析するのかは後から考えれば良い。

 問題はあの巨大なバケモノをどうするかだった。


「とりあえず高度を上げようぜ」


 ハッチの縁に立っていたロックがそう提案し、同時にハッチを閉めた。

 緊急脱出の可能性を考えて開けっ放しと言う選択肢もあった筈だ。


 だが、このまま高度を上げれば艇内気圧はさがるだろう。

 生身のクルーも居るのだから、それは避けねばならない。



 ――――流石の気遣い……



 ヘルメットの中、バードは僅かに笑みを浮かべた。

 惚れた男の良い姿に心が温かくなった。


 ……その時だった。


「垂直ブースト! 高度を稼げ! 下から手が来る!」


 唐突にビルが叫んだ。

 降下艇の小さな窓から外を見ていたビルの眼がそれを捉えていた。

 地上のスライムから巨大な柱がせり上がり、巨大な傘のように広がったのだ。


 それはまるで巨大な掌だ。地上から伸ばされた意志のある手。

 逃がさない……とでも言いたげな、そんな強い感情を感じさせた。


「うわっ!」


 降下艇は垂直エンジンを使って一気に高度を稼いだ。

 そのGに誰かが声を上げた瞬間、窓の外の巨大な手が閉じた。


 傘のようにも手のようにも見えるその先端は降下艇をかすめる。

 ややあって重力に負けたのか、ドロドロと粘性のある状態で地上へと落ちた。


「チャフを撒いたのか」

「一瞬の間だったが、流石だな」


 ビルと同じ様に外を見ていたライアンが気付いたのだろう。

 手を伸ばしたスライムに向かって降下艇のパイロットはチャフを散布した。


 その熱に焼かれ一瞬だけ手を引っ込めたのかもしれない。

 機転の良さにペイトンも唸っていた。


「まぁ、ここまで高度を稼げば何とかなるだろう」


 ドリーが僅かに安堵したような言葉を漏らした。

 その言葉にバードはSGPSのデータを呼び出した。


 海面基準高度より400m程の上空だ。

 垂直エンジンで一気に300mはジャンプアップしたのだろう。

 流石のスライムも届かないと諦めたらしく、手の形はすっかり消えていた。


「ほんとうに諦めたのかな……」


 小さな窓から再び外を見たバード。

 その言葉にロックが言った。


「バードがそう言うって事は、まだなんかあるぜ」


 何気ない彼女の言葉にBチームは敏感だ。

 ジャクソンが地上を見た時、スライムに押し潰された城の岩石が崩れ始めた。


 その瞬間、スナイパーであるジャクソンの脳裏に何かがイメージされた。

 あのスライムのそこまでの知性や知能があるのかと不思議になるモノだ……


「高度だ! もっと高度を上げてくれ! 最低でも3000位まで行くんだ!」


 ジャクソンは何を言ってるんだ?

 そんな空気になった時、最初のそれがやって来た。

 降下艇が機首を上げて旋回しようとした瞬間だった。


「え?」

「は?」

「マジか!」


 最初に声を出したのはアナだった。

 ほぼ同時にアーネストも声を上げ、ライアンが素っ頓狂に叫んだ。


 地上のスライムが何かを投げてきた。投げたと言うより射出だ。

 スライムの中で加速させた何か。それが降下艇をかすめて通り過ぎた。


「岩を撃ちやがった!」


 ジャクソンの言葉が全てだ。

 スライムは内部に取り込んだ岩の中から人間大サイズのモノを選び撃ちだした。

 巨大なカタパルトのようにスライムの中で加速させ、空中を狙ってた。


「くそっ! センス良いぜ!」


 ペイトンが悪態を吐いた時、再び岩が襲ってきた。

 なんて仕事熱心なんだと変なところでバードは感心した。


「あぶねぇ!」


 窓の外を見ていたビッキーが叫んだ時、岩が降下艇の小さな翼をかすめた。

 リフティングボディ形状故に翼はごくごく小さなモノ。

 その翼の先端をかすめたのだから、次は当たる!と覚悟を決めた。



 ――――あれに取り込まれたら……



 バードの脳裏に口に出したくないイメージが沸き起こった。

 強靱な機体が握り潰され、その中から自分の脳がはみ出してきて喰われる。

 脳自体は痛みを感じないはずだけど、それまで色々大変だろうな……


 そんな妄想も大概にしろと心の中で誰かが喚いた。

 現実から逃避している場合では無いのだ。

 しかし、そうは言っても……と言う奴だ。


 降下艇の操縦席でパイロットが悪態を吐き続けている。

 必死の操縦で狙いを躱して逃げようとしているのだろう。


 撤退命令は出てないのだから、現場に留まるしか無い。

 だが、ここにいればいずれ命中弾を貰う事に成って墜落する。

 それ故に、とにかく距離を取るしか無いのだ。


 どれ程に強い力で打ち出そうと、射程の外なら問題ない筈だから。


「……ウソだろ?」


 ジャクソンが呆れた様に呟いた。

 次の瞬間、先ほどよりも遙かに優速の岩が飛んできた。


 先ほどの攻撃が砲弾だとしたら、今回のは戦車レベルのサイズだ。

 大きい分だけ重量は重くなるのが道理。そしてその分だけ速度が落ちるはず。


 だが、あのスライムはその巨大な岩を遙かに優速で飛ばしてきた。

 しかも連射でだ。どれ程に力があるのかと恐ろしく感じるほどに。


「成層圏まで出よう!」


 ドリーがそう指示を出し、パイロットはエンジン推力を更に上げた。

 少佐級の士官が脱出の意思表示を下のだから、これ幸いとばかりの行動だ。

 艇外のエンジンが轟音を上げ、降下艇は機首を上げた。


「このサイズがガンだな」

「おまけに重量がある」


 ダハブの呟きにダニーがそう応えた。

 降下艇は定員一杯まで人と機材を積んでいた。


 大気圏外向けエンジンを使うにはまだ高度が足りてない。

 しかし、巡航エンジンでは速度も出力も不足気味だ。


「撃墜する気まんまんだぜ。あのバケモノ」


 ロックの呟きにライアンがチラリとダニーを見た。

 何を言いたいのかは言うまでも無かった。


 ただ、サンプルを回収しろと言われた以上、やらない訳にはいかない。

 腹を括って覚悟を決めて、とにかく逃げ切るしかない。


「もっと低知能な存在だと思っていたが、案外知恵が回るようだな」


 ビルの分析ももっともだ。およそここまで知恵が回るとは思えない。

 原生生物レベルの知能でしかなく、本能で動いてるものだと思っていた。


「いや、マジで褒めて良いな。あんな姿でも岩を道具に使えるんだから」


 ジャクソンもそんな風に言うほどの立ち回りだ。

 どんなメカニズムかは解らないが、少なくとも侮って良い存在ではない。

 そして、そんな認識がチームに広まった時、恐れていた事態が起きた。



 ――――え?



 突然ぐらりと足元が揺れた。

 本能レベルの直感で直撃したと皆が思った。


 バランスを崩しバードはカーゴルームに転倒した。

 素早くロックがフォローに回り、バードはパッと立ち上がった。


 連射していた密度が高く、避けきれなかったのだろう。

 既にかなりの高度があるのだが、それでも当てたのだ。

 率直に言えば、大したもんだと唸るレベルだ。


 そして……


「おっ! おいっ! あれっ!」


 バードと同じように転倒していたダハブがそれを見つけた。

 カーゴデッキの隅にあるハッチのヒンジ部分が大きく歪んでいる。

 その隙間からシリウスの青い空が見えた。


 そして、その隙間からあのスライム状のものが進入してきた。

 子供ほどのサイズだろうか。人の形を取ったスライムは手を伸ばした。






       ――――わたしをかえせ






 一瞬、声が聞こえたような気がしたバード。

 驚いて声を出せなかったのだが、その直後に視界がパっと光った。

 ドリーが最初に銃を構えて撃っていた。


「焼ききれ! 殺しきるんだ!」


 違う。違うんだ。殺意や敵意がある訳じゃない。

 アレは、あのスライムは、自分の一部を回収に来ただけなんだ。


 バードは瞬間的にそんな事を思ったが、身体は別の反応を示した。

 無意識レベルで銃を構え、出力セレクターを最大にしていた。

 降下艇の強靭な外装でも至近距離なら撃ち抜ける威力だ。



 ――――ゴメンネ……



 まるでレプリを撃つときの様な感覚をバードは抱いた。

 ただ、それとこれとは話が別だ。


 分かり合えない、まざり合えない以上は生存闘争でしかない。

 生物の一大原則として、勝った方が世界に蔓延る権利を持つのだ。

 そしてその為に、チームは凶悪なレベルでの収束射撃を開始した。


 強力な荷電粒子の渦がスライムを次々と蒸発させ始めた。

 分子間引力を失い、スライムを形作っていた物質が素粒子レベルに分解された。

 あっという間にスライムは小さくなり、形も崩れた。



 ――――いける!



 バードがそう確信した瞬間だ。


「ちょっと待ってくれ!」


 唐突にロックが叫んだ。

 何をするんだ?と思ったバードの目がロックを捉えた。


 降下艇の内部にあった緊急処置用の急冷バックをロックは広げていた。

 そしてそれを広げ、スポッとスライムにかぶせた。


「なるほど!」


 ライアンがその意図に気付き、ロックに脇に滑り込んでスイッチを入れた。

 化学反応と急冷素子の働きにより、袋の内部が急激に冷やされていく。


「さすがのスライムも冷凍されちゃたまんねぇよな」


 ペイトンが楽しそうにそう言った時には、既に袋には結露が始まっていた。

 ただ、それをどうするんだろう?とバードは思った。


 既にサンプルはある、あのスライムなら袋を破く位はやりかねない。

 素直に焼き払った方が良かった気もするのだが……


「ビッキー! サイドハッチ開けろ!」


 ロックは唐突にそう叫ぶと、結露した緊急処置用バッグを抱え上げた。

 結構な重量にも見えるが、サイボーグには問題無い。


「どうぞ!」


 ビッキーは気圧差で吸い出されないよう防護措置をとりサイドハッチを開けた。

 ハッチの向こう遠くに青い海が見えた。既にかなりの高度だ。


 そんな空に向かってロックは緊急処置のバックを投げ捨てた。

 完全に凍り付いたであろうスライムがどうなるかは解らない。

 だが、少なくとも受け身をとるような事は出来ないはずだと思った。



 ――――まぁ……

 ――――これが早いよね……



 降下艇の小さな窓からバードは落下を目で追っていた。

 緊急処置バックが降下艇のジェットブラストに飛ばされるのが見えた。


 すでにかなりの距離となったが、もしかしたらあそこまで戻れるかも……

 ふとそんな事を思った瞬間、目の前が真っ白に光った。



 ――――え?



 この日すでに何回目の『え?』を漏らしたことか。

 宇宙軍海兵隊に送り込まれてから幾多の経験を積んできたはず。

 だが、何度見てもこれだけは慣れないシーンだった。


「始まったな」


 ボソッと呟いたドリーの声は、降下艇の外から響く音に掻き消された。

 すさまじい閃光と轟音が響き、聴覚センサーの異常警告が視界に浮かぶ。


 この世界にある戦闘兵器の中で、最大最強の威力を誇る鉄槌。

 戦列艦の艦砲射撃が始まったのだった。


「すげぇ……」


 こんなアングルから艦砲射撃を見たのは初めてだろうか。

 ヴァシリが呆れたように呟いたそれは、全てを破壊する巨大な意志の発露。


 形あるモノ全てを無に返す圧倒的な威力。

 物体を構成する全ての素材を原子レベルにまで崩壊させる代物だ。


「貴重な旧文明の遺産なんだけどな……」


 少しばかり悔しげな様子でビルが呟くと、重い咳きがデッキに流れた。

 次々と大気圏外から落ちてくる強力な荷電粒子の塊は地上全てを焼いている。


 その閃光と衝撃波が大気を揺らしていて、降下艇は大きく揺れていた。

 まるで並に揺れる木っ端船だとバードは思った。


「これはさすがに……無理だろうな」


 何がどう無理なのは言うまでも無かった。

 ジャクソンの言葉に納得する以外が無いのだ。


 グングンと高度を上げる降下艇はやがて孤立大陸を見下ろす高度になった。

 デッキクルーが与圧室へと逃げ込み、デッキはBチームだけになっている。


 小さな窓や歪んだデッキハッチの隙間。

 なにより、開けっ放しのサイドハッチから全員が城を見ていた。

 閃光が瞬く都度に地上がえぐれていくのが見えた。


『空気がだいぶ抜けたな』


 チームラジオにダニーが呟いた。

 破断した断面から色々なモノが吹き出していた。

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