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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第20話 オペレーション・トゥムレイダー
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泥との戦い

~承前




   ――――この奥の深さを測れ



 ドリーが発したその命は、ある意味では無駄の極致だと思われた。

 そもそもあの古城が乗る巨石以上の空間はあり得ないからだ。


 だが、そこに思わぬ生存者が現れたことで、事態は急展開した。

 ボルサが松明を持っていた関係で、暗闇の広間に凹凸があると知ったのだ。


 この地下空間は全くの平坦ではなく、中央部が盛り上がっていた。

 ボルサの松明が照らし出した暗闇には丘状の何かが浮かび上がった。


 そして、チームメンバーがライトで照らした時、広間の中心にそれを見つけた。

 広間の中央付近は高くなっており、その真ん中には椅子状のモノがある。

 誰だってそれを見れば意味を理解するだろう。



   玉座



 そう。この漆黒の闇にいた支配者が座っていたであろう玉座。。

 この玉座はまるで天井を支えるように頭上方向へ背もたれを伸ばしている。

 いや、背もたれと言うより柱の一部と言った方が良いくらいのスケール感だ。



            「……でけぇな」



 誰かがボソリと呟き、ドリーもそれを認めたのだろう。

 だからこそ深さを測れなどと言う指令を出したと皆が思った。

 なにより、そこには別の冷徹な目的が隠されていることも……だ。



   ――――そこにこいつらを置き去りにして死んでもらう



 死んでもらう。

 殺すでも埋めるでも無く、死んでもらう。

 言い方を変えるなら、勝手に死ね……だ。


 もはやシリウスの独立はなったのだろう。

 地球との対等な関係も実現したと言って良い。


 つまり、エディが生涯を捧げた夢が叶ったのだ。

 そうなれば、このAUG関係者が生きていたなんてニュースは歓迎しない。

 まだ各所で燻っている過激派や強行派に望みを与えてしまう。


 もっと言えば、彼等の死が確認されたことで、破れかぶれになりかねない。

 かつて地球で吹き荒れた猛烈なテロ闘争がここシリウスで再開されかねない。



    ――――我々の理想を邪魔したからだ!

    ――――お前らも同罪だ!



 それがどれ程に幼稚な理屈だとしても。

 いや、幼稚を通り越したメチャクチャな理屈だとしても。

 残念な事に一定の賛同を集めてしまうのが人間社会だ。


 僅か数年の従軍でしかないが、バードはその心理の発露をいくつも見た。

 そして、人の心とは本当に計り知れない物なのだと実感し、僅かに気落ちした。


 だからこそバードは進んで暗闇の奥へと歩みを進めた。

 この戦いを終わらせる最後のイベントだと信じていたから。


 だが、目の前に意外なものが現れ、バードは少しばかり面食らっていた。


「ねぇ。これ、なんだと思う?」


 柱を廻りこんで広間の奥へとやって来たバードのライトに照らされたモノ。

 それはまるでミイラのような死体だった。


 身に纏う衣服こそまだ新しいが、その中にある肉体は完全に干涸らびている。

 まるで真空中に放り出された人間の様な状態だ。


「あの泥のバケモノが消化した残りカス……じゃねぇのかな」


 バードの隣に立っていたロックはそう分析した。

 恐慌状態のボルサ一行を放置しやって来た暗闇の奥底。

 そこに横たわる死体は、はっきり言って異常な状態だ。


「けど……さ……」


 片膝を付いてその死体をジッと検めたバードは、そこで言葉を失っていた。

 その姿に少しばかりの違和感を感じ、ロックはバードの向かいに回った。


 バードが死体を見つめる違和感。

 その正体にハッと気が付き、ロックは僅かに屈んでそれを覗き込んだ。


「……こりゃぁ確かに変だな」

「でしょ……」


 その死体は一言でいえば石なのだ。

 水分を失って干涸らびた死体と言えば、乾燥肉かサラミの質感になる。

 脂肪部分が持つ油脂だけが残り、妙な光沢になるから。


 だが、今ふたりの目の前にある死体はそうでは無かった。

 弾力性を感じさせる肉の質感が一切失われているのだ。

 そして、まるで磨く前の大理石のように、ザラザラと乾燥した状態だ。


「石化してる……と言っていいのかも」


 バードが漏らした『石化』の意味にロックは言葉を失った。

 死体の石化ではなく人間の石化。それは彼女には特別な意味を持つはず。


 バード本人が苦しんだ遺伝子疾患から来る奇病。そしてその結果としての陵辱。

 いつだったか潜ったバードのゴーストライン付近でロックはそれを知った。


 なにより、バードの内側に居る恵の味わった屈辱感をもだ。


「……あんまり歓迎しねぇ事態だな」


 相方へ最大限に気を遣った物言いのロック。

 だが、その返答は予想外だった。


「なんで?」


 バードは寸の迷いもなく、そう返答した。

 それこそ、ロックが二の句に詰まる程に迷いの無い言葉。


 少し呆れてチラリとバードを見たロック。

 だがそれでも気を遣った物言いを続けた。


「だってよ、お前と一緒だぜ」


 バードではなくお前呼びしたロック。

 その瞬間、バードは背筋かうなじの何処ががゾクリとした。



 ――――おまえ



 ぶっきらぼうで朴念仁なロック。

 その内側にいる徹雄という人格は、何処まで行っても武闘派な男。


 ただ、粗にして野だが、卑に非ずを地でいく存在でもある。

 そんなロックの心が久しぶりに自分の内側を触ったような気がしたのだ。


「……そう言えばそうだね。忘れてた」


 ややもすれば棒読みのような物言いのバード。

 ただ、ロックはその僅かな機微に気がついていた。


「らしくねぇな」


 フッと笑ったロック。一瞬だけ緊張の空気が弛んだ。

 幾多の戦場で死線を潜って来たふたりにとって、それは致命的な一瞬だった。



 ――――ッ!



 バードの視界に何かが横切った。

 ライトを向ける前に視線を向けた時、赤外の視界がオレンジに染まった。


 視野の全てに横切る熱を帯びた何かがある。

 それが何であるかは考えるまでも無かった。


「ロック!」


 バードの両手がロックを突き飛ばした。

 一瞬何が起きたか理解出来なかったロックは、真正面からそれを受けた。


 ふたりの重量差は如何ともし難いが、バードの運動エネルギーが勝った。

 片膝を付いていたバードが斜め上に押し上げるように突き飛ばした形だ。



 ――――え?



 石化した死体を見下ろすほどに飛び上がったロックは着地体勢をとった。

 車から降りるように空挺降下を行える練度なのだから、もはや無意識だ。


 そして、その間に何が起きたのかをロックは見て取った。

 アレが戻ってきたのだ。茶色い泥色をしたなにかだ。

 スクリーン状に広がり、バードを狙っていた。


「バード!」


 バードが検めていた死体を飛び越え、あの泥がバードに襲い掛かった。

 クロックアップした視界の中、まるで液体だとロックは思った。


 ただ、実際にはそんな事を思ってる場合じゃ無い。


『バードが泥に喰われた!』


 瞬間的にラジオでそう叫んでいたロック。

 その直後、今度はバードが叫んだ。


『外気ベント弁閉鎖! 開口部に異常なし!』


 慌てる事は無く冷静に状況分析したバード。

 ややあって落ち着いた声での報告が続いた。


『どうやら非有機物は分解出来ないようね。締め付ける力は凄いけど、機体を壊すほどじゃない。ただ――』


 片膝を付いていたバードだが、ロックを突き飛ばした関係で立ち上がっていた。

 その身体を締め付けるように泥状の何かがギリギリと縮まっていく。


 恐らくは生身の身体ならひとたまりも無いのだろう。

 だが、現時点でのバードは基礎骨格の上に外骨格状の装甲を纏っている。

 高密度ポリマーとカーボンアラミドに流体金属を組み合わせたものだ。


 その科学的安定性は耐酸性耐アルカリ性共にハイグレード。

 非有機物であるからして、分解酵素にも非常に強い。


『――なんか身体中をなめ回されてるみたいで気持ち悪い』


 バードの身体を押し包んでいた泥状の何かは機体をねじり潰そうとしている。

 しかし、少々の外力で損傷するほど柔な機体では無い。


 外骨格状の装甲は対物狙撃系の50口径弾にも耐えられる。

 余程の至近距離ならともかく、距離が有れば楽勝だ。

 つまり、相当の力でも無ければ全く問題無かった。


『バーディー! 今そこに行くからスケベ野郎を逃がすなよ!』


 いつも陽気なヤンキーらしいジャクソンの物言いに全員が笑った。

 ややあって柱状のモノを回り込んでくるライトがバードにも見えた。


 視覚センサー部の泥をバードの手が拭いとると、ブチブチとした感触があった。


『これ、なんだろう? 泥の中に繊維があるみたい』


 黒ベースの機体に茶色い泥が張り付いているバード。

 そこへチームのメンバーが集まり始めた。


「変わった色のドレスだな」


 遠慮無く冷やかすペイトンだが、その印象もやむを得ない。

 フィメール型のスレンダーな機体に布を巻き付けたような印象だ。


 所詮はブリキのお人形……


 サイボーグを腐す物言いは酷いが、こんな時には役に立つモノ。

 ただ、そうは言っても中身は女なのだから、誰だって手を出すのは憚られる。


「不思議な感触だな」


 バードの背中部分。

 武装のマウント部にべったりと張り付く泥をロックが握った。


 ある意味、無遠慮でバードを触れる唯一の存在だが、それでも気を使う。

 水を含んだ泥ならば、指の間からニュッと逃げそうなものだ。


 だが、ロックの手に伝わってきたのは、まるでボロ雑巾の様な感触だった。

 乾ききった薄い布を幾枚も重ねて握るような手応えが気色悪い。


「サンプルを採らしてくれ。後で研究室に差し出す」


 医者でもあるダニーはそれに興味を持ったらしい。

 完全密封出来るケースを取り出し、その中にロックが掴んだ泥の一部を入れた。

 金属製の小さな器は相当な強度があるんじゃ無いかと思われた。


「まだ動いてるぜ」


 バードの身体に手を伸ばしたライアン。

 彼女の身体の上をグネグネと動く泥をライアンが握り潰した。


『ドサクサに紛れてどこ触ってんのよ!』


 バードが口を尖らせた時、ライアンはハッと気が付いた。

 その手がバードの左胸を握っていた事に。


「おいッ! てめぇ! 俺の目の前で良い度胸だ!」


 背中の太刀に手を伸ばしながらロックが叫ぶ。

 その瞬間の殺気に当てられたのか、ライアンは後ずさりして喚いた。


「ちげーよ! ちげーって! 事故だ! 事故!」


 相変わらず緩いBチーム。

 ただ、そうは言ってもバードには災難だ。


「とりあえずそいつをどうにかしよう。俺たちは平気でもそのまま基地に帰る訳にはいかないからな」


 ドリーは緩い調子でそんな事を言った。

 泥は相変わらずバードの機体をギリギリと締め付けているらしい。


「なんだか拘束衣でも着せられてるみたいね。動けるけど動きにくい」


 泥を無視してバードは数歩進んだ。

 機体の各所からブチブチと何かが引き千切れる音がした。


 生体部分が一切無い関係で泥はバードの消化が出来ないらしい。

 頭部パーツから僅かに伸びている黒髪部分ですら泥の消化酵素が通用しない。


 なにより、バードは多少イライラしつつも暗闇の探索を再開した。

 まだどこかに石化した死体があると思ったからだ。

 そして、ややあってビルが最初に気が付いた。


「ん?」


 その声に気が付いたのか、バードは足を止め振り返った。


「どうしたの?」

「いや、どうしたのってのはこっちのセリフだ。バーディーなんかしたか?」


 暗闇を歩いたバードから泥が剥がれ落ちるのをビルが気が付いた。

 ビルのライトがバードの足元を照らせば、はがれた泥が床に溶けた。

 誰もが『あぁ。消化を諦めたな』と思った。


 どうやったところでサイボーグは無理だろう。

 何せこれは鉄とプラスチックで出来た工業製品だ。

 生身の生物では無いのだから、どうにもならないのだろう。


 だが、それで安心して良い訳ではなかった。

 その直後にバードの頭上へパラパラと小石が降ってきた。

 カンカンと装甲部分に小石が当たったとき、バードはグッとダッシュを決めた。


 理由は無かった。説明も出来なかった。

 実戦を積み重ねたシェルドライバーだけが持つ勘だった。


「うわっ!」「マジか!」「やべぇ!」


 ロックとライアンのふたりに続き、ビッキーも叫んだ。

 間髪入れるまもなく、彼等が居た場所に一抱えもある岩が落ちてきた。


 ズドンと鈍い音を立てて落ちるドラム缶ほどのサイズな岩。

 これに直撃されれば、さしものサイボーグも一撃で行動不能だ。


「偶然か?」


 少し離れた所で一部始終を見ていたドリーは静かにそう言った。

 その直後、今度は一気にドリーがダッシュした。


 ずんぐりとした体形のドリーだが、中身は戦闘用サイボーグ。

 その加速力は並みの生物を軽く凌駕する。


「ジャック! 照明弾! 暗闇を照らせ!」


 オーケー!と叫びつつ、ジャクソンは暗闇の天井方向へ照明弾を撃ちあげた。

 その照明弾は空中にふわりと浮かび、暗闇を明るく照らした。

 照明弾と呼んでいるが、それは実際には小型の使い捨てドローンだ。


 マグネシウムリボンが燃え尽きるまでは空中に浮かんでくれる代物。

 その明かりが暗闇を照らした時、アナスタシアが小さく悲鳴を漏らした。


「なんだこりゃ……」


 チーム全員が天井を見上げた時、そこには巨大な眼があった。

 野球場がすっぽりと収まるほどの巨大空洞だが、その天井に描かれているのだ。


 そしてその直後、その眼の瞳部分がグリっと動いた。

 見上げていたバードは『あぁ……』と小さくつぶやく。


 眼だと思ったそれは、天井に張り付いている泥だ。

 瞳に見えるのは、その泥が塊になっている部分だ。


 そして、同時に全員が理解した。

 この空洞の中央部が盛り上がっている理由をだ。


 あの泥はああやって天井を崩したのだろう。

 どんな理由があったのかは解らぬが、今まで何度もそれをしたのだ。

 何かと闘ったのか、それとも暇つぶしか、それは解らないが。


「直撃を受けるなよ!」


 ジャクソンはそう叫びつつ、広間の中心部から移動した。

 少しでも天井にあたる屋根の低い所へだ。


 重力に引かれて落ちるのだから、加速度は重量に影響されないはず。

 だが、加速距離が長くなれば速度は積み重なるし運動エネルギーも増す。


 こればかりは神の摂理だけに逃れられない。


「全くまぁ、エディもやってくれるぜ!」


 ペイトンがそう悪態をついた時、何処かで『ギャッ!』悲鳴が聞こえた。

 その声の主を探した時、ボルサ一行の誰かが完全に潰れていた。

 落ちてくる岩の直撃を受け、ややあってその岩から白い煙が出た。



 ――――マジか!



 全員がそう驚くより他なかった。

 岩に押し潰された死体がみるみる干からびていった。

 まるでフリーズドライにでもなるように……だ。


「どうやらここは……この地下空洞は、泥の魔物の腹ん中だな」


 ロックがそう言うと、あちこちから『間違いねぇ』という言葉が聞こえた。

 そして同時に誰もが理解した。機体が破壊された場合には悲惨な事になると。


 強靭な頭蓋ユニットが割られ、中に納まる脳が直接溶かされて喰われる。

 それをイメージし、背筋が寒くなった。


 だが……


「これ、なんでしょうか?」


 極上のピンチと言うにも拘らず、アナスタシアが何かを見つけたらしい。

 全員の視界に彼女がその『何か』の映像を転送してきた。


 それは、ここへと降りてきた階段とは正反対の部分にある窪みだった。

 岩壁が抉られて窪んでいるその形は、誰もがベッドだとイメージした。


 そしてそのベッドの上にぽつんと何かがおいてあった。

 握り拳よりも僅かに大きい、半透明の真っ赤な球体だった。

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