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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第20話 オペレーション・トゥムレイダー
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意外な存在との遭遇

~承前




 それをどう表現すれば良いのか、バードは言葉に詰まった。

 四つん這いになった人の上から毛布でも被せたような姿だ。


 もっとも率直な表現ならば、意思を持って動く泥。


 塊となってズリズリと動くその泥には、明確に『眼』だと解るものがある。

 人の顔のように僅かな張り出し部分があり、そこに正面を向いてふたつあった。


「ありゃ何だ?」


 銃口を差し向けたライアンが呟いた。

 それと同時、全員がヘルメットのバイザーを閉めた。



 ――――やばい……



 なにがどう……と説明出来ないやばさ。

 あの泥の塊には明確な敵意と殺意がある。


 炯々と光る赤い眼。その光を見れば、誰だって背筋を寒くするだろう。

 生ける者全てを恨むかのような幽鬼の眼差しだとバードは感じた。

 全く科学的では無いが、それでも本能的に怖れを抱く存在への忌諱感だ。



 ――――ゴースト(ゆうれい)が質量を伴った存在



 物理学者が聞けば一笑に付すような話だ。

 もしかしたら、研究材料にと生け捕りを希望するかも知れない。


 およそ科学者という存在は、未知の存在を全く許容出来ない性分だ。

 知らないものなら研究したいという知的好奇心のバケモノだ。

 そんな性分の者が見れば、我慢ならない存在かも知れない。



 ――――捕まえてこい



 そんな指令が出ないことをバードは祈った。

 だが……


「行ってみるか?」


 弾んだ声でロックがそう言った。

 バードの思考回路からはまったく理解出来ない言葉だ。

 ただ、それはもう突き詰めれば男と女の違いでしかない。


「面白そうだな!」


 ライアンがそう返答し、兵士や士官や任務を帯びた存在というものが消えた。

 今ここに有るのは探求心や冒険心に突き動かされた『男の子』の本能だ。


「ドリー」


 言外に『行かせろ』と了解を求めたロック。

 ドリーもドリーで苦笑しつつも『フォーメーションを崩すな』とだけ応えた。


 『行くな』ではなく『フォーメーションを崩すな』である。

 つまり、チーム全体に前進を促した形だ。



 ――――あちゃぁ……



 こうなればもうバードも苦笑いだ。

 改めてYackのマガジンを確かめ、問題がないことを再チェックした。

 至近距離で9ミリ弾をバラ撒く準備は整っている。


「……見えねぇな」


 前進しつつ前方にライトを向けたライアンがぼやく。

 視界に赤外情報をオーバーレイしたバードも呟いた。


「熱が無いみたい。本当に泥かも」


 床も壁も全てが冷たい空間だ。

 戦闘支援情報には摂氏3℃とデータ表示されている。

 生身の兵士が居れば、吐く息は白いだろう。


「シリウスのローカル生物ならば生物学者が欲しがるだろうな」


 ボソリとこぼしたビルは、漆黒の闇にライトを拡散させた。

 驚く程巨大な空洞が広がり、LED系の光が闇に溶けていた。


「城が乗ってた巨岩の内部だとしたら、宙に浮いてたのも納得だぜ」


 ジャクソンが言うそれは、恐らくは岩の質量の問題だろう。

 どんな仕組みだったかは解らないが、少なくとも城ごと宙に浮いてたのだ。


 岩の内部がみっちりと詰まっていたなら、こうはならなかったはず。

 つまり、内部が肉抜きされた軽量構造が故の空中浮遊だった可能性がある。



 ――――そんな馬鹿な……



 バードは内心でそう独りごちた。

 しかし、物理の授業で教えられた事を鑑みれば、それが最も理に適う。

 なにより、これだけの空間が広がる容量の空洞を納めるには最適なサイズ感。


「つまり、風船に乗ったお城って事だな」


 軽い調子でそう言い放ったビッキー。

 だが、その直後にチームのメンバー全員が一斉に同じ方向を向いた。


 足音だ。

 それも複数人の。


『誰か居るぜ』


 ラジオでそう呟いたライアンが最初に明かりを消した。

 足音を立てる以上は生物か稼動する代物。熱の発生は避けられない。

 つまり、赤外で見ればすぐに解るし、こちらが絶対的に有利。


 ほぼ同時に全員がそれに気が付き、一斉に灯りが消えた。

 視野情報が消失し、どこまでも続く漆黒の闇が広がった。


『ブラックアウトした時みたい……』


 心底嫌そうな声音でアナスタシアがそう漏らした。

 サイボーグにとって一番嫌な瞬間と言うべき感覚は全員よく分かる話だ。

 赤外を視野表示させたところで温度的に均一な空間はグレー単色になる。



 ――――これは確かに……

 ――――精神的にくる……



 超高ストレス環境へいきなり放り込まれれば誰だってウンザリだ。

 その意味では誰でも良いから姿を現せとすらバードは思った。


 そして……






     ――――――誰か居るのか!






 何処かから強い熱源が探知された。

 それが火だと解った時、闇の向こうから何かが姿を現した。


 松明状のモノを持つ大柄な男だ。その周囲には幾人かの取り巻きが見える。

 灯りは2本あって、その周囲だけが明るかった。


 暗闇の奥底で火を焚けばCO2中毒の危険がある。

 そんな危険性を冒してでも灯りを必要としたのだろう。


「誰だ! 名乗れ!」


 ロックは鋭い声音で誰何した。

 その声に松明を持った一団の足が止まった。


 何事かを相談している。或いは口論していると言った雰囲気だ。

 密閉区間の中で幾人もの存在が一斉に喋り出せば聞き取るのは困難だ。

 酷いハウリング状態のなか、それでも何か一定の合意に至ったらしい。


 避難民か、それとも、そもそもここに住んでいたシリウス人か。

 可能性は色々ある。だが、帰ってきたのは意外な言葉だった。


「ノボレフ。私はボルサ・ノボレフ」


 は?


 バードはそれ以上の言葉が出なかった。

 ここに反地球連合、オーグの首魁がいる。

 その事実に言葉を失った。


「オーグのボルサ・ノボレフか?」


 ロックに続きジャクソンがそう誰何した。

 全員がキツネに化かされたような感覚だ。


 どう考えたって計算が合わない。そう思わざるを得ない。

 そもそも、セントゼロ攻防戦は2年近く前の話なのだ。

 地下に潜ったところで生き延びれられる筈が無い。


「そうだ! 誰でも良い! 救助を要請する!」


 ボルサの声が情けないほど震えている。

 何があったの?と疑問に思ったバードだが、その前にドリーが口を開いていた。


「我々は国連宇宙軍海兵隊だ。お前には国際指名手配が出されている関係で救助では無く逮捕となる。それに同意するか?」


 あくまでも法の執行者として振る舞う事を選択したドリー。

 バードはその行為について1ミリの疑念を挟む事は無かった。



 ――――テッド隊長なら、こうする



 Bチームの中に息づくテッド大佐の流儀。

 その胸に見えないシェリフバッジを佩用していたシリウスの男が纏う矜持。

 保安官と軍人は実行する活動の種類が異なるだけの話だ。


 過去様々な場面でテッド大佐が法と秩序の守護者であるシーンを見て来た。

 その根底にあるマインドは、Bチームの基本的な理念そのものだ。


「逮捕でもなんでも良い! あのバケモノをどうにかしてくれ!」


 ばけもの?


 内心で首を傾げたバードは黙って事の成り行きを見守った。

 何故ここにボルサが居るのかはともかく、バケモノって何だ?と。


 つい今しがた見たあの動く泥がバケモノなのか?と一瞬で様々な可能性を思う。

 しかし、最も確実なのは、当人の話を聞く事だろう。


「バケモノってなんだ?」


 ドリーではなくジャクソンがそう尋ねた時、暗闇の奥から悲鳴が聞こえた。



    ――――やめろ!

    ――――来るな!

    ――――やっ!



 情けない声だとバードは思った。

 単純な感想だと自嘲の一つもしたくなるが、それでも率直な思いだ。


 良い歳をした男が悲鳴を上げている。

 その事実にどこか白けた気分になったのだ。


 だが……


「あれは! あの化け物は死体を喰うんだ! 生きた者に覆いかぶさって窒息させて、それで死体を喰う。既に24人やられた!」


 ボルサは完全に恐慌状態に陥っていた。

 全身がガタガタと震えているのが見える。



 ――――なんで?



 情けなさ的な謗りが消えたバードの頭脳はその理由を考え始めた。

 だが、その結論が出る前に暗闇の奥からドサリと何かが倒れる音が聞こえた。


「また一人喰われた! 去れ! 悪魔め!」


 ボルサは暗闇に向かって大声を張り上げた。

 だが、その声が巨大な空洞に反響したところで、何も変化はない。


「2度の仮眠の間にだ! あれはいったい何なんだ! あんなのが居るとは聞いて無かった!」


 今にも泣き出しそうな声音のボルサはブザマに震えていた。

 それを見た時、バードは彼ら反地球組織の本質を悟った。



 ――――裸の王様なんだ……



 と。


 心理学用語では多元的無知と言うそうだが、そんな事はどうでも良い。

 単純に『気に入らない』で反地球闘争を始めた者たちが至った袋小路だ。


「ちょっと待て。アンタらここへ来てどれくらい経った?」


 何かに気が付いたビルがそう確かめた。

 それに対する返答は、全員を絶句させるものだった。


「まだ三日目だ!」


 手にしていた情報端末デバイスを確かめ、ボルサはそう言った。

 それを聞いたバードは無意識にロックを見た。

 バイザーを降ろしているのだから顔は見えないのだが。


「……おかしいな」


 ぼそりと漏らしたドリーは何処かと通信を始めたらしい。

 将官向けの専用暗号通信だろう。バードには全く聞こえない会話だ。


 ただ、そんな会話が始まった時、それは起きた。

 一瞬何が起きたのか理解出来ない事象だった。


「退避! 後退!」


 ライアンがそう叫び、後方へ大きくジャンプした。

 隣に居たロックも後方へと吹っ飛び、大きく距離を取った。


 一瞬だけ対処が遅れたバードは、視界の中に大きな壁を見た。

 ボルサたちが持つ松明に照らされた明かりに浮かびあ上がった茶色の壁だ。



 ――――え?



 何がどうと判断する前に、バードも後方へ大きくジャンプした。

 その直後、最後尾辺りにいたペイトンが照明弾を空中に撃った。

 30メートルは上空に浮かんだ照明弾が眩い光を放った時、その空間が見えた。



 ――――は?



 それ以上の言葉は無かった。巨大な壁が目の前にあった。

 茶色いその壁は腐った土の色だとバードは思った。

 そしてその土の壁が崩れるようにボルサ一派に襲い掛かった。


「全員ライトを点けろ!」


 ドリーの声が響き、バードは両肩の明かりを灯して周囲を照らした。

 それはあまりにも奇怪な、ややもすればグロテスクな光景だった。


「うっ!」「うわっ!」「やめろッ!」


 口々にボルサの一派が叫ぶ。

 それを見ていたボルサは転げるように前進する。


 土色をした壁がボルサの一派に襲い掛かり、3人程度はそれに飲まれた。

 そして、その光景を見た時にバードはハッと思い出した。



 ――――これって!



 バードの脳裏に浮かび上がったのは、毒ガス装置の中で見たスライムだ。

 コロニーの外壁にへばり付いた巨大な装置の住人だった奴だ。


 あのスライムは青かったが、この壁は茶色をしている。

 先ほど見た赤い眼をもつ茶色の土塊と同じものなのだろう。

 よく見れば、その土の様な質感は肉を取り込んだだけにも見える。


「これってあの毒ガス装置の中で見た奴じゃないの?」


 バードがそう言った時、ロックが『そうかもな!』と応えた。

 土壁に飲まれた者達はジタバタと暴れて脱出を試みているようだ。

 だが、そんな努力も程なく消え去った。そして、その後……


「どうやら間違いねぇな」


 僅かに前進してきたダニーはジッと見つめつつそう呟いた。

 土壁だと思っていたものは、どうやら茶色のスライムのようだ。

 そして、そのスライムは煙を出しながら飲み込んだ者達を消化し始めたようだ。


 鼻を突く刺激臭が漏れだし、ボルサは情けない呻き声を漏らしている。

 恐らく生身の者には耐えられない臭いなのだろう。

 嗅覚情報から腐敗臭を選別消去してもまだ臭い。


「これにやられたのか?」


 確かめるようにドリーがそう言った。

 化物にやられたと自供したボルサの言葉をバードは思い出す。


 素早さは無いが、確実に敵を倒す能力は有るようだ。

 そして、消化し自らに取り込んでエネルギーに変換する能力も。


「そうだ!」


 ボルサはもはや戦闘継続も糞もないところにいるらしい。

 なにか高尚な目標を掲げていたはずだが、恐慌状態となり震えるばかりだ。


 となれば、戦略的撤退の文字がぼんやり浮かび上がってきても言いはず。

 しかし、それをしなかった辺りを見れば、全く知らなかったのだろう。


「残りは何人いる?」


 ドリーは上層部と相談して処置を決めたような口ぶりだ。

 そして同時に、何となく至れる結末をバードは悟った。


 幾度も共に死線を潜った上官と部下の関係だ。

 何を考えどう対処するのかは空気で解る……


「私を含め11名程だと思われる。奥にまだ生き残りがいるかも知れないが」


 思わず『奥?』と呟いたバード。

 そんなバードの背をロックがポンと叩いた。


「デートしようぜ」


 いきなり何を言い出すんだ、このバカ男は。

 心の底からそう思ったバードだが、身体は既に一歩踏み出していた。


「何か楽しませてくれる?」


 軽い調子でそんな事を言うバード。

 了解を求めるようにドリーを見たロックはバイザーを開けていた。


「解った解った。深追いするなよ。お前らふたりともイノシシだからな」


 朗らかに笑ったドリーだが、その裏でチームラジオにオーダーが流れていた。


『この奥の深さを測れ。そこにこいつらを置き去りにして死んでもらう』


 ドリーの下した命令の向こうに、バードはテッド大佐の意志を見て取った。

 他ならぬエディの死を突き付けられた大佐による復讐なのだった……   

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