死者の宮殿
~承前
その穴を前にした時、百戦錬磨のBチームですらも躊躇していた。
パッと見ではクローゼットか物置程度に見える小部屋の中だ。
海兵隊が見付けた地下への入口は、機能的に失われた隠し通路の途中だった。
それこそ、なにか秘密にしたいモノを隠す小部屋のような構造だ。
ただ、その小部屋に入ってから振り返ると、そこには別の入口がある。
通路からでは見えない所に開いている地下への入口。
その前に立った時、激戦を潜り抜けた者なら背筋に冷たい物を感じるはず。
まるで奈落の底にすら感じる深い闇の奥から沸き上がってくる敵意。
長年かけて丁寧に丁寧に熟成された、煌めくような憎悪の悪意が漏れ出ていた。
「こりゃぁ……マジでヤベェな」
ボソリと漏らしたロックは、無意識に銃のセーフティを外していた。
危険性だとか安全規範意識だとか言ったもの故の対応だろう。
アンブッシュしている敵が漏らす猛烈な殺意を感じ取れて兵士は一人前。
その極みの位置にある様な者達にすれば、ここは立っているだけで不安になる。
ロックの隣で穴を覗いていたライアンはチラリとバードを見て言った。
「コイツ、どうだ?」
チームの戦乙女ポジションにいるバードだ。
過去幾度もバードの直感が窮地を当ててきたし、痛い目にもあった。
何気ない一言が後の戦闘では重要な事象を暗示していたと気付くのだ。
それ故か、バードの直感は神の啓示レベルでチームが信用する。
ライアンはそんなバードの持つ直感力に期待しているのだろう。
つまりは、『やめとけ』というご神託への期待だ。
「……率直に言えば降りたくない。けど、降りたら全てが終わると思う」
バードは硬い表情のままそう言った。
顔ユニット以外の全てが装甲で覆われた姿でだ。
およそ普段の姿とはかけ離れた見かけのバード。
しかし、そんな姿でも解るほど全身に緊張感が漂っていた。
暗く深い石積みの階段がずーっと続いていて闇に消えている入口だ。
ジャクソンが音響探査を行ったが、最深部はUNKNOWNだった。
誰だって、好んで降りたくは無いだろう。
10万の敵が待ち受ける敵前強襲降下の方が、よほど気楽な降下と言える程だ。
不気味さと言う点において、今回だけは全員が尻込みしているのだ。
「……まぁ、バードがそう言うなら行くっきゃねぇだろうな」
心底嫌そうな雰囲気でペイトンがそう言った。
誰かがやらなきゃいけない仕事なのだろう。だからこそと言うマインドだ。
長くブリテン人のジョンソンと組んでいたせいか、その辺りに感化している。
皮肉と強がりはブリテン人のプライドだが、負けん気や意地や根性もそうだ。
そして、そんな空気を読み取ったのか、ドリーは静かに言った。
「ロックとライアンが先頭だ。バードはその後ろ。ビルとヴァシリがサポートに付け。後方にダニーとアーネスト。隊列をコンパクトにしないように注意。床が抜ける可能性もあるからな」
全員が黙ってそれを聞き、すっと動き出して隊列を作った。
そんな中、先頭に立ったロックは銃を背中のマウントに納めた。
「近くは任せろ」
ライアンにそう言うと、愛刀の脇にあった小太刀を抜いた。
普段見ない小さなモノだが、狭いところでは取り回しが良いのだろう。
「そうだな。いきなり襲い掛かられたら刃物の方が有利だ」
ニヤリと笑ったライアンとロック。
そんなロックにダニーが声を掛けた。
「俺のも使うか?」
ダニーが差し出したのは、愛用している山刀サイズなナイフだ。
刃の途中から前にせり出した構造のそれは小太刀に匹敵する。
「ククリナイフだな。二刀流は余り自信が無いが、あると助かるよ」
ロックはダニーのナイフを右手に、そして自らの小太刀を逆手で左に持った。
その姿にバードは小さく『あぁ』と呟く。
ロックの父が行っていた二刀流の構えその物で接近戦闘の極みだ。
そもそもCQBスペシャリストになったロックの真骨頂でもあった。
「うん。良い感じだな」
「これで膾に刻んでやるさ」
ニヤッと笑ったダニーとロック。ふたりはそのままバードを見た。
そのバードもまた銃を背中に預けていて、手にしてるのはYackだ。
「これの出番ね」
ドラムマガジンを挿した連射の効く自動拳銃はサブマシンガンと同じ。
至近距離で大量に弾をバラ撒くならうってつけの武器でもある。
「なんだかんだ言って、ようは弾をバラ撒きゃいいんだ。大抵のことは火力でどうにかなるってな」
ライアンの言葉にニコリと笑ったバードはそのまま面帯を降ろした。
やる気モードのスイッチが入ったと皆が感じ取り、チームの空気が変わる。
「さて、じゃぁ前進開始だ」
肩まで上がったドリーの手がパタリと前へ倒れる。
最初に地下への階段へと一歩踏み出したのはロックだ。
「光が全くねぇな。何も見えねぇ。音響探査で降りる」
フィメール型と違いメール型の重装甲仕様には音波センサーがあるらしい。
今更それを知ったバードだが、ロックから送られてくる超音波の視界は明瞭だ。
相当深くまで続く一直線の階段は所々に踊り場が儲けられている。
その脇にはどう見たってベンチだろうという岩が配置されていた。
隅々まで気を使って作られたその構造は、間違い無く高度な文化の証。
ただ、人工灯火の無い文明でこんなに深い穴を作る意味が解らない。
松明などで明かりをとったとしても、CO2問題は避けて通れない筈。
――――仮に人が居たとしたなら呼吸で早晩行き詰まる……
それはもう間違い無いレベルで痛感している。
先ほどから視界に浮かぶ酸欠注意の警告が激しく点滅しているから。
そんな時だった。
「えッ?」
少しばかり焦った声を出したライアン。
その隣に居たロックはスッと腰を落として小太刀を構えた。
ポイントマンふたりの動きを見て取ったバードも自動拳銃を構える。
しかし、その理由に気が付いた時には、落とした腰も伸びきっていた。
「……なんだこれ?」
ライアンが言うそれは、青白く光る炎だった。
リンかアルコール系と思われる炎色のモノが壁際にポッと灯った。
壁の出っ張りだと思っていたのは、石壁から飛び出ている燭台だ。
その先端辺りにボンヤリと灯る明かりが踊り場を照らした。
それ程明るくは無いが、漆黒の闇では視覚センサーを焼く程に眩い。
「炎の温度は……60℃程度だ。リンか?」
ペイトンが装備している温度センサーによれば、燃焼温度はかなり低い。
100℃に満たない温度で燃焼する元素はたかが知れている。
だが……
「何が燃えてるのかより、なんで燃えたのかの方が重要だな」
バードの後ろにいたビルがそう分析した。
こう言った部分では、ついつい見逃しがちな部分をビルは気が付く。
まるで一行を待っていたかのように自動着火した灯り。
その意味を理解する方が重要だろう。
ただ、その意味を理解する前に新たな衝撃がチームを襲った。
灯りの灯る壁とは反対側の壁には、想像を絶するモノがあった。
「なんだこりゃ」
「マジでスゲェなこれ」
最初に気が付いたのはヴァシリだった。
そして、ヴァシリとドリーの間にいたダハブが感嘆の声を漏らした。
「ライトだ。明かりを点けよう」
ドリーはそう決断し、機体に装備されているライトを点けた。
直後にアナスタシアとビクティスも明かりを点け、壁を照らした。
その明かりに浮かび上がったのは縦3メートル横5メートルはある絵画だ。
「……これ、天然色だな。どんな顔料なんだ??」
最初は壁画かと思ったが、壁画と言うより一つの芸術作品レベルの代物だ。
そこにはあのコボルドに囲まれた環境で戴冠する王が描かれている。
チーム全員が目を疑ったのは、そこに描かれている人物だった。
「誰がどう見たってエディだぜ、これ」
ジャクソンの声に全員が唸った。
頭の上にイヌ耳がピンと立っているエディが描かれていた。
その周囲には沢山のコボルドがいて、恐らくは笑っているのだろうと思われた。
――――人民王
ふと、バードの脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
しかし、それと同時に表現出来ない違和感もまた浮かんでいた。
「……まだあるかな?」
不意にそんな言葉を口にしたバード。
それを聞いたドリーは『そうだな。とりあえず前進だ』と告げた。
階段の踊り場を照らすライトを前方へ向ければ、うっすらと次の広場が見える。
ロックとライアンは一瞬顔を見合わせ、なにか達観したように前進し始めた。
警戒感を解き、まるで地下の酒場へと降りる階段を進むように。
そして……
「やっぱあったぜ」
両肩部に装備されたライトを壁に向けたライアン。
そこには先ほどと同じサイズの絵画が飾られていた。
どう見ても酒場というような見付の場所で何かを飲んでいる絵だ。
エディの前には黒いコボルドがいて、大きな口を開けている。
その間のテーブルには大きな肉の塊があって、湯気が出ている。
豊かな食卓と盛り上がる店内。
絵画の隅には何か楽器らしきモノを演奏する一団が居る。
「なんか盛り上がってるぜ」
「混じりてぇな」
ロックの言葉にライアンが返答した。
そこに見えるのは大いなる歓談のシーンだ。
エディが王だったのはもはや疑う余地は無い。
ただ、その周囲にいる人物は王や貴族とは思えない。
どんな服装で生活していたのかは分からないが、エディとは全く異なる姿だ。
「貧しい階層でも酒場に出入り出来たんだな」
ビルがそう分析してみせた。一枚の絵から読み取れることは余りに多い。
昔から人口に膾炙する通り、地図と絵画は『読む』ものなのだ。
文章はその行間を読めと言うように、絵画とは主人公以外の情報に価値がある。
「エディはこれをヘカトンケイルに見せたのかもしれないな」
ジャクソンがポツリと呟いた時、バードは『あっ』と漏らした。
まだ仮説でしか無いが、先ほどの絵画に感じた違和感の正体だ。
「次の踊り場にもあるよね。きっと」
バードが指差した先。彼女のライトに浮かび上がった踊り場は少し狭い。
そして、そこへ向かいライアンが一歩足を踏み出した時、それは起きた。
「ウワッ!」
そう叫んだライアンは、反射的に一歩下がっていた。
壁際の燭台が再び明かりを灯したのだ。
それはまるで一行を誘うかのように灯った。
そして、そのまま階段の下へ向かって次々と明かりが灯り始めた。
さぁ来いと急かすように。或いは、早くおいでと優しく呼ぶように。
「行かなきゃ……なんねぇだろうな。ブラザー」
上等だぜと言わんばかりにロックが言った。
その声が弾んでいるのを全員が苦笑いで聞いた。
「あたりめぇだぜ!」
威勢の良い事を言いつつ、ライアンはヘルメットのバイザーを降ろした。
至近距離でも対物狙撃ライフル程度は防げる代物だ。
それがお守りだったとしても、今はそれが欲しいもの。
最悪の可能性を考慮しつつ、ロックとライアンが歩みを進めた。
そして……
「こりゃ……」
「……あぁ」
そのふたりが見上げた先には、馬に似た生物に跨がるエディの姿だ。
漆黒のマントを背中に掛けているの見て取れる。
「……出撃だね」
バードも見上げてそんな言葉を漏らす。
そこに見えているのは、凛々しく勇ましく馬上にある王の姿だった。
王
そう。そこに居て周囲を睥睨し、傲岸な笑みを湛える存在。
エディの周囲にいる者達は死への不安を一切見せず、誇らしげに従属している。
「エディは本当に王様だったんだな」
「間違いねぇ」
ジャクソンの言葉にペイトンがそんな言葉を返した。
意地と気合と度胸と見栄の純粋結晶みたいな存在だったエディ。
だが、これを見れば万の言葉よりも説得力があった。
「仮にこれをヘカトンケイルが見たのであれば……まぁ、説得力はあるだろうな」
ビルもそう言うしかない圧倒的な姿だ。
それこそ、アナスタシア達新任組にすらも相手を威する圧がある。
だが、それだけにバードは抱えた違和感を御せずにいた。
そこに見え隠れしているのは、表現しようのない気持ち悪さと共感だ。
俗に魂が震えるなどと言う心の共鳴にも似た感覚なのだった。
「次はどんな絵だろうね」
バードの目は次の踊り場を捉えていた。
奥底までボンヤリと照らす灯りに浮かび上がった踊り場。
そこには同じような絵が飾られていた。
「なんか……これ、あれだな。この時代を生きたエディの人生なんだろうな」
ぽつりと漏らしたダニーの言葉にバードはハッとした。
そうだ。王であるエディが経験した人生の絵巻なのだ。
そして同時に気が付いた。
自分が抱えていた違和感の正体だ。
「たぶんだけど……次は悲しい絵だと思うよ」
バードの言葉にチームの中から『あー』と言葉が漏れた。
その直感が意味する事を何となく理解したからだ。
ここまでの絵が順風満帆と言うべき充実した人生のもの。
だが、エディはこの人生の宿題を片付けると言っていた。
つまりは何処かで致命的失敗をしているのだろう。
そしてそれこそが、現状のシリウスを大きく変える重要なファクター。
だとするなら、何かが起きてエディはそれを後悔して、そして転生した。
順当に考えるならそうなるのだ。
「まぁ、行ってみりゃ解るぜ」
来いよ!とばかりに手招きしてロックは再び階段を降りた。
何処からか水の流れる音が聞こえてきた。それも、滔々と流れる様な水量だ。
それが奥底からの物だと理解した時、目の前に大きな絵があった。
巨大なマウンド状のモノに向かって片膝を着く姿だ。
それを見てバードの気が付いた違和感の正体を確信した。
その絵だけは描かれ方が全く異なるのだ。
今までの絵は全てが『誰かの見た光景の模写』そのものだった。
しかし、いま目の前にある絵には王の后が描かれていた。
そしてその絵だけは、俯瞰的に描かれ誰でもない何かから見たものだった。
「ここまでの絵は記録なんだね」
バードは確信を言葉にした。
そう。ここまでに描かれた絵は、誰かから見たエディの人生。
その誰かとはつまり、この絵に描かれた后の視点だ。
ここで、この人生のポイントで、初めて后は后になったのだろう。
エディの隣に立つ存在となったのだ。そして、バードはその人を知っていた。
――――バーニー
エディがリリスと呼ぶ存在。
あのパイドパイパーを率いる女性なのだろう。
ただ、エディは転生して古い時代の記憶を持っていたが……
――――あぁ、そう言うことか
この時、様々な疑問が一本の線で繋がった。
なぜエディはシリウスの王なのか。救いの御子なのか。
艱難辛苦を飲み込んでシリウスを解放しようとしたのか。
その全てがこれに繋がっているのだとバードは確信した。
惚れた女の為に命を賭けているのだ……と。
それに気が付いた時、バードは心の奥底で酷く悶えた。
そんな時だった。
『……なんか音がするな』
いきなりラジオに言葉を流したライアン。
ロックはゆっくり首肯しながら返答した。
『あぁ。奥底の方からな。何かが擦れる系だ』
ボンヤリと光る明かりが奥底へと誘う階段は途中から暗がりで見えない。
だが、その奥底では何かがゴソゴソと音を立てていた。
『まるで死者の宮殿だぜ。死体でも引きずってるのかもな』
ダニーがそんな事を言った。やめてくれとバードは思った。
だが、メンバーの数名がライトを奥底へと向けた時、それが居た。
階段の奥底に見えたのは、動く土塊だった。
まるでルビーのように真っ赤な眼が付いた獣のような代物だった。




