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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第20話 オペレーション・トゥムレイダー
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呆気無い終わりかた。終わらない悪夢

~承前




 その光景を、バードは呆然と眺めていた。

 一時的な虚脱状態に陥ったのは士官としてあるまじき事と言える。


 だが、短時間のうちにあまりにも膨大な経験をしたのだ。

 しかもそれが人智を越える出来事なのだから、呆然自失もやむを得ない。


「呆気無かったな」


 ボソリと呟いたロックは、バードのとなりで同じ様に眺めている。

 孤立大陸ヲセカイにある古代文明遺跡の城前でだ。


 テッド大佐が金属球を塩の像に押し付けた瞬間、眩い光が漏れた。

 アナスタシアは全バンドでノイズと叫んだ。

 ただ、それも長続きはせず、あっという間に光は消えていた。


 そして、チームはそこを離れた。

 もはやなにも起きないと妙な確信があったからだ。


「あれ、やっぱエディだったんだね」


 ふたりが眺めているのは、地上に降りている城塞遺跡から搬出される塩の像だ。

 チームの面々が突き崩した像は幾つもあったが、それでもまだまだ残っていた。


 Bチームを回収に来た海兵隊は妙に頭数が多かった。

 それを不思議に思いつつも、バードはただ黙って眺めた。

 海兵隊の面々が城に入り、残った像を運び出し始めたのだ。


 そしてその中に、あの時テッド大佐が黄金の球体を押し付けた像もある。

 ニケのビーナスを思わせる女性的なラインの像だが、両腕も顔も無い状態。

 だが、ふたりにはそれが間違い無く女性なんだと思うのだった。


「……だな。大佐が妙に活き活きしてるのみりゃ解るだろ」


 ロックが顔を振ってバードの意識を向けさせた先にテッドは居た。

 回収にやって来た地上軍や海兵隊の諸兵に指示を出しつつ動き回っていた。


「ジッとしてると……つらいもんね」


 ひとりやふたり目の前で死んだところで、今更ガタガタ言う程やわじゃない。

 数々の死線を潜り抜けてきた歴戦のヴェテラン故の慣れとも言える。


 しかし、そんな男にもつらい局面だってあるのだ。


「結局あれはなんだったんだろうな」


 ロックの率直な疑問はバードもずっと考えていた事だ。

 あの遺跡の屋上でテッド大佐が塩の像に押し付けたもの。


 現時点で考え得る最適解は、何処か遠くで行われた戦闘の後始末だ。


 シミュレーターとしか思えない戦闘だったが、現実と繋がっていた。

 それがどんなメカニズムかは解らないが、そうとしか考えられない。


 そして、あの正体不明のモンスターやアンノウンの存在を前にエディは戦った。

 何がどうなったかは解らないが、結果的にエディは勝利し敵は消滅した。

 ただ、完全無傷というにはほど遠く、エディの存在は金属球に姿を変えた。


 溶けて固まった可能性もあるが、それはどうだって良いことだ。

 金属球に変わったエディの一部を塩の像に突き付けた時、何かの封印が解けた。

 そう考えるのが一番素直な受け取り方だと思わざるを得なかった……


「シリウスが絶望的に貧しかった理由の一つ……なんだろうね。きっと」


 バードの言葉にロックが短く『かもな』と応えた。


 テッド大佐がまだシリウスでカウボーイだった頃の話を幾度も聞いていた。

 どれ程に大地を耕し、施肥を繰り返したか解らないと言う話だ。


 シリウス入植開拓団は膨大なレプリをシリウスの地上で土に還したはずだ。

 この惑星の耕作地は、レプリの死体の上に植物が育つとまで言われた位に。


 有機物を大地に混ぜ込み、膨大な土壌改良を施した筈。


 だが、それでも収穫量は絶望的に少なかった。

 地球の大地に比べ、収量は50%に達していなかったのだ。


「あの女性が……シリウスの毒を無害化し続けてたって事だろ。要するに」


 あの女……とは言わず、女性とソフトに言い換えたロック。

 その内心を察したバードは、僅かにほくそ笑んだ。

 自分に対して気を使っているのを察したからだ。


 ただ……


「あの光はさ……」


 なにかを言いかけたバード。

 その背中にロックがそっと手を回した。


「すげぇよな」


 その一言でバードはロックの言いたい事を理解した。

 少しばかりぶっきらぼうな反応かも知れないが、それもある意味やむを得ない。

 あの遺跡の屋上で見た光景は、人智なんてものでは理解出来ないものだった。


「あの人、あそこでずっと待ってたんだろうね。こうなるのを」

「……だろうな。だからエディが来たんだろ。こうなる為に」


 小一時間前に見たその光景をバードは生涯忘れないだろうと思った。

 陳腐な表現をするなら、それは未来永劫変わらない女の願いその物だから。


 テッド大佐があの塩の像に球体を押し付けた後、それは起きた。

 何処か遠くから澄んだ泉のような透明さを持つ声が聞こえた。

 それがどんな意味かは解らないが、その直後に眩い光が像から溢れた。


 全ての理屈や理論を飛び越えた所で、バードは直感した。



 ――――封印が解けた



 ……と。


 エディがあの世界の王だった遠い昔。

 それがどれ程昔かは解らない。いや、理解出来ないほど遠い昔だろう。


 あそこで、あの世界で、あのエディを心から愛していた女性がいた。

 その女性は世界の為に犠牲となる事を買って出て、そして実行した。


 遠い遠い遥かな未来、エディが必ず助けに来てくれると信じて。

 自分自身の命を使って、このシリウスを浄化しようとしたのだ。


 そしてエディはそれを実行した。


 遠い遠い遥かな世界まで行って、同じように封印を解く鍵となって果てた。

 この世界へと戻ってきたテッド大佐が全てを理解してそれを実行すると信じて。


 きっとその為に何十年と掛けてテッド大佐を育てたのだろう。

 エディならこうするはずだ……と、間違いなくそれを実行する様に。


 そして今、そのテッド大佐は莫大な喪失感を誤魔化すために動いている。

 きっとこうなった時に自棄にならない為に、リディア大佐を何とかした。

 全てはエディが書いた筋書き通りに事が運んだ。



 ――――深謀遠慮ってこういう事なんだ……



 言いようの知れない感動がバードの心にあった。

 そしてもっと言えば、その中で自分が上手く踊れたかどうかが心配になった。


 そんなタイミングでヴァルター大佐が姿を現した。

 あれこれ指示を出すテッド大佐の隣に立ち、腕を組んでいるのが見えた。

 同じ様に全身を装甲で鎧う重装備の姿でだ。


「ヴァルター大佐もつれぇだろうな」

「……そりゃもう、間違いなくだよ」


 ロックの言葉にバードはそう応えた。


 あの大佐コンビにとって、この闘いが最後の決戦だったのだろう。

 あまりにも呆気無い結末だが、それでも重要な闘いだった。


 およそ戦争などと言う馬鹿げた行為の全ては、いざ現場に直面すると呆気無い。

 多くの従軍経験者や軍属。そして、巻き込まれた一般市民はそう口を揃える。


 野砲の砲声や爆発音や、そう言った音という面は確かに凄まじい。

 しかし、もっと恐ろしいのは、人の死に皆が鈍感になる事だ。

 まるで果実が樹の枝からポトリと落ちるように、死ぬ。


 映画やドラマやアニメのように、華々しいクライマックスなど何処にも無い。

 それこそ、床のゴミが掃き集められ捨てられるように人が死んでいくのだ。

 関心を持たぬ他人の死など、誰だって心にも止めないように……


 だが。


「大佐コンビ。内心相当凹んでるだろうし、立ち直るのに時間掛かるだろうな」

「……うん」


 何処かハツラツとしている様にも見えるテッド大佐とヴァルター大佐。

 あのふたりの内心をロックとバードは誰よりも理解していた。


 ここまでふたりを育て上げたエディの死は間違い無い。

 その衝撃が小さい訳が無い。だからこそふたりは現実逃避しているのだ。

 ここでの任務にしっかり身を入れて、感情のスイッチを一時的に麻痺させた。


「あの時見た光は――


 なにかを言いかけたロックがバードをチラリと見た。

 フルフェイスのヘルメットは顔の部分だけが開いていた。


 普段から作り物でしかない顔だが、この状態ではそれが加速して見える。

 無表情に近い乏しい表情が隙間から見えるだけ。

 しかし、見方を変えると本気な時に見せる真面目な顔でもある。



 ――――あっ……



 バードの心が一瞬だけキュンとした。

 ただ、そんなバードの顔もまたほぼ無表情なのだが……


 ――きっとこのシリウスにとって鍵なんだろうな」


 ロックの言葉に『鍵?』と返答したバード。

 僅かに首肯したロックはもう一度遠くを見て言った。


「あぁ。鍵だ。シリウスの大地を解放したんだろ。とんでもねぇ時間を掛けてあの得体の知れないモンスターをあの女性が少しずつ分解して世界に溶かしたんだと思う。んで、最終的にはあの女性も解けて消えるはずだった。けど、エディはそうならないように、遠い過去に戻って歴史を書き換えた。エディはそこで力尽きて、未来へ帰っては来れなかった」


 バードはそのロックの考察を不思議と心地良いと感じた。

 心の中にストンと収まって、何処にも違和感が無かった。


 何より、自分の思考が導き出した結論と同じ答えを惚れた男が口にした。

 それだけでバードは身悶えるほど嬉しかった。


「エディはバックトゥザフューチャー出来なかったんだね」


 バードの言葉にロックがニヤリと笑った。

 20世紀の名作映画はこの時代でも相変わらず愛されていた。

 幾度もリメイクが作られ、古典映画の教科書的な扱いだ。


 そんな作品を映画好きのロックが知らない訳が無い。


 時代や世界を飛び越え、過去と未来を繋ぐ一本の糸。

 歴史という名前で語られる物理現象としての時間経過をエディは飛び越えた。

 その全てはシリウスの為に。だが、そこでバードはハッと気が付いた。


「けど、エディは……と言うか、あのコボルドの王様は未来まで来て責任を果たしたんじゃないのかな」


 バードの漏らした言葉にロックが驚きの表情を浮かべた。


「つまりあれか。自分がやりたかった事とか、やっちまった事の尻ぬぐいして、後始末して、で、あの時代……って言うか、あの環境に残ってると」


 バードの意志を正確に読み取ったロックがそう応えた。

 そして同時に、エディの行った事の核心を読み取った。



 ――――エディはその為に産まれて来たんだ……



 エディの意志では無く、もっともっと大きな意志による差配。

 この世界の核心部分で世界を動かしている巨大な何かがそうさせた。


 だとするなら……


「それをエディから直接聞いたからこそ、ヘカトンケイルはエディをビギンズと呼んだんだよ。きっと。この世界を救う為にやってきた御子なんだろうね」


 頭部をそっくり覆っている追加装甲だが、顔の部分は露出している。

 その表情を作るアクチュエーターが満足げな顔を作っていた。


 思えばすっかり機械慣れしているふたり。

 ロックはそんな顔をしている己の相方にグッと来ていた。


「なんか……世界の真実を見たな」

「そうだね。けどさ――


 バードはそっと彼方を指差した。

 一時的に出すべき指示の無くなったテッド大佐が立ち尽くしていた。


 その肩にヴァルター大佐が手を乗せている。

 あのふたりにとってエディの存在がどれ程大きかったのか。

 言葉には出来ない思いを雄弁に語るその姿は、なんとも声を掛けづらい。


 共に死線を潜った仲間などと言うが、ロックとバードの比では無いのだから。


『Bチーム。全員聞こえるか』


 一瞬だけ虚脱状態だったふたりの脳内にチームラジオが入った。

 声の主はジャクソンで、その声音を聞けば何かが始まるのがすぐに解った。


『ジャクソン? どうしたの? パーティー?』


 煽る様に明るい声を出したバード。

 しかし、その返答は予想外のモノだった。


『そうだ。パーティーだ。緊急集合してくれ。西側の広場にジーナが降りてる』


 先の降下で大破した先代のジーナは破棄され、新型を受領したBチーム。

 彼等はその降下艇を同じくジーナと命名していた。

 一回り大きくなったその降下艇は、小さなコルベットだった。


 今までとは全く違うシルエットのジーナだが、その役目は今までと一緒。

 降下するBチームを大気圏へと降ろし、地上を離れて宇宙へと帰る。

 地上にある時は行動の拠点となる便利な代物だ。


「よし、全員集まったな。急遽開催のパーティーだ」


 そんなジーナへ行ってみれば、ドリーが珍しく上機嫌で待っていた。

 すぐそこにはだいぶ凹んでいるふたりの大佐がいるのに……だ。


「おいおい。どうしたってんだ?」


 すかさずライアンが冷やかすとジャクソンもまたニンマリと笑った。


「これで地上は終わりなんてんじゃ、食い足りないだろ?」


 ジャクソンがこんな物言いの時は女絡みくらいなもの。

 だが、そんなモノを飛び越す話がドリーの口から出た。


「見付けたんだよ。遂に」


 思わせぶりな物言いにロックはバードと顔を見合わせた。

 エディの胚は全部回収済みだし、ヘカトンケイルもこちらの手にある。


 いったい何が残っているんだ?と首を傾げたロック。

 バードも肩を窄めて『解らない』の返答だ。


「地上に残っていた筈のオーグだが、その残党の拠点だ」


 オーグなんて久しぶりに聞いたよ……

 そんな顔になったバードはニンマリと笑ってロックを見た。

 ロックもロックで得物を前にした肉食獣の相貌だ。


「で、そいつは何処なんだ?」

「そうだぜ。勿体ぶらねぇでさっさと教えてくれ」


 渋い声音でロックがそう言うと、すかさずライアンも口を挟む。

 そんなふたりをジロリと見たドリーはニヤリと笑った。


「地上の片づけに降りて来てる海兵隊が見つけたんだよ」


 その言葉と同時、ドリーの手が足元を指差した。

 ピンと伸びたその指先に、バードは小さく『あっ』と呟く。


「……そういやアレだな。エディの言葉には地下を歩いたってのがあったな」


 同じようにペイトンが気が付き、ビルも『そうだったな』と相槌を打つ。

 そんな面々を前にドリーは静かな口調で告げた。


「ジーナで装備を整えてすぐに行くぞ。弾薬だけじゃなく、忘れずに固形ブドウ糖を補給しておいてくれ。気が付いてるかどうか知らんが、地上は三日ほど経過してるからな?」


 ニヤリと笑っているドリーだが、バードはそこで初めて気が付いた。

 城の前に出てきた時点で、降下から70時間が経過していることに。


「……気が付かなかったぜ」

「俺もだ。全くノーマークだった」


 ダブとビッキーがそう漏らすと、アナスタシアはクスクスと笑った。

 視界の中に表示されている時間こそ見ていたけど日付は見ていなかった。


 つまり、再び時間の速度が変化していたのだ。

 生身であればハンガーノックなどの生理現象に見舞われる事態だった筈だ。


「とんだエディの置土産だな。この為にサイボーグが必要だったんだろうな」


 ダニーが感心したようにそう呟いた。

 生物の生理現象として、血中アミノ酸値の低下やカロリー不足は致命的だ。

 その点でサイボーグは電源さえ有れば何も問題無いはず。


 体の各部に蓄えてある固形ブドウ糖で脳は生命活動を維持できる。

 電源も随時アンプル剤による補給でリアクターが動いてくれる。



 ――――生身は足手まとい



 サイボーグの面々が時々口にする愚痴。

 こんな局面ではサイボーグじゃなきゃ不可能な作戦だった。


 同時にバードはこの城の辺りに展開する海兵隊の頭数が多い理由も理解した。

 こうなる事を予測してアリョーシャ辺りが手配しておいたのだろう。


「海兵隊の連中には勝手に潜るなと釘を刺してある。CO2濃度が高い場合には生身だとイチコロだ。O2タンクをフレッシュなのに換装しておけ。間違い無くそんな環境だからな」


 ドリーの言葉に妙な自信がある。つまり、ある程度は話を聞いていた。

 と言う事は、全部エディが描いた画の通り事態が進行しているのだろう。


「打撃系だけじゃ無く荷電粒子系の装備も必用だ。機体装備の50口径とは別に全員C-31を持って行ってくれ。S-16は要らない。恐らくはビーム兵器が大活躍だろう。とんでもねぇモノと遭遇する可能性が高いって事前に言われてるから」


 ニヤリと笑ったジャクソンの言葉にバードは腹の底で唸った。

 チームを預かる隊長と副長がそう言う以上、絶対何かが起きるはずだ。


「可能性的に言うとボルサ・ノボレフとハリル・ターヒルの2名が居る可能性が高いとのことだ。生け捕りは考え無くて良いが捕り逃すのは絶対に避けたい。確実に捕縛するか殺すかしてくれ。記録映像が重要になるんで忘れないように」


 諸注意を並べたジャクソンが言葉を終えるとドリーを見た。

 その僅かなアイコンタクトでふたりは意思の疎通を終えた。


「見ての通り、大佐に同行を聞くのは野暮ってもんだ。だから俺達だけで行く。10分で仕度を調えてくれ。恐らくはこっちの戦闘の方が……大変なことになる」


 そう説明したドリー。

 地下でなにが待っているのだろうか?


 実態は解らなくとも妙な確信がバードの中にあった。

 これで終わると言う確信だ。


「きっと最後だから、状況を楽しみましょ」


 軽い調子でそう言ったバード。

 それを聞いた面々もまた、楽しそうに笑うのだった。

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