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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第20話 オペレーション・トゥムレイダー
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ビギンズがやりたかった事

~承前




「駄目!」


 咄嗟に口を突いて出た言葉はそれだった。

 バードはなんの根拠も無い部分で、それが悪手だと直感していた。


 何らかの機能を持った金属球かも知れない。

 先ほどまで見ていたシミュレーターの如き映像の影響だろう。


 魔法だとか魔導なんて物があると信じるほど子供じゃ無い。

 だが、先ほどまで見ていたアレがもし超古代文明だったら……



 ――――魔法なんかあってたまるか!



 それがどんな理由かは分からないが、バードの心にそんな感情が沸き起こった。

 一瞬だけ脳裏に浮かんだのは、もうすっかり遠くなった日の光景だ。


 自分の身体が段々と思うように動かなくなり始めた日。

 地球の高度医療センターで導き出されたALSの診断。

 そしてその後、より厳しい現実がバードを襲った。


 診察に当たった全ての医者が『物理的にあり得ない』とこぼした現象だ。



 ――――チキショウ!



 心の奥底に封印したはずの忸怩たる思いが再びわき起こってきた。

 自分の身に降り掛かる不幸を噛み潰して飲み込んだ筈だった。


 当初の診察ではALSと同時進行でFOPという病が進行しているとされた。

 進行性骨化性線維異形成症と呼ばれるタンパク質が骨になる遺伝子疾患だ。

 しかし、彼女の場合はそれは骨ではなく石化という代物だった。


 そしてその時、主治医は言った。

 まるで魔法のようです……と。



 ――――魔法なんてあってたまるか



 その心理は現実へも影響を及ぼす。

 兵士ならば前置き無く現実と正対せねばならないものなのに……


 しかし、魔法という未知の技術体系を前に、バードはそれを拒否した。

 自分自身の身体に起きた事を認めたくないという心理の影響だった。


 メカニズムがどうであれ、どんな影響を及ぼすのかは考慮せねばならない。

 何故なら、判断を誤った兵士には、死あるのみだからだ。


 しかし、そこに挟まれた思考バイアスは、正常な判断を失わせるものだった。


「バーディー やばいと思うか?」


 銃を撃つ直前でライアンが思いとどまった。

 頭の芯がズキズキと痛む高周波が続いている状態でだ。


 チームの空気がバードに判断を求めている。

 それを敏感に感じ取ったバードの内心がスッと冷静に戻った。

 あれほどの激情が荒れ狂ったと言うのに……


「……解らない。解らないけど、駄目な気がする」


 キンキンとハウリングする高周波に耳を焼かれつつ、バードはそう応えた。

 チームの中でも指折りな勘の鋭さを持つ彼女の言葉にチームは素直だ。


 それを理解しているからこそ、彼女もまた自分を勘定に入れない判断が出来る。

 何気ない部分での確実な成長に、テッドは僅かに目を細めた。


「ちょっと待ってくれ。これで……どうだ?」


 ペイトンがそんな言葉と共に全員へ何かのファイルを転送した。

 視界に浮かぶ『!』のマークを展開したら、応急パッチが出てきた。


「とりあえずそれを実行してくれ」


 それは、ペイトンが速攻で拵えた何かしらのサポートパッチファイルだ。

 バードは何ら疑う事無くそれを実行したのだが、その直後に音が消えた。


「あ」「おぉ」「静かになったな」


 チームの面々が驚くそれは、特定周波数の音のみを聞こえなくする物だった。

 あっという間にそれを書き上げたペイトンの技量にドリーが笑った。


「さすがだな。これでじっくり話が出来る」


 ドリーはそんな事を言いながら、石の床に転がっている金属球を手に取った。

 ズシリと重いその球は、鉛に近い比重だった。そして、その表面は滑らかだ。


「金属球同士のハウリングかも知れないな」


 こんな局面では爆発物スペシャリストのスミスが居たなら……と誰もが思う。

 金属系への知識量ならばチームで一番だったからだ。


「試しにあっちも突いてみるか?」


 ドリーからやや離れた所に居たジャクソンがそんな提案をする。

 その指が指し示しているのは、近くにあった別の塩の塔だ。


 白い塊になっているその塔は大小様々に幾つも立っている。

 ダハブがひとつふたつと勘定すれば、全部で12ほどだ。


「やってみましょう。恐らくみんな同じって事じゃ無いと思います」


 アーネストの言葉には確信めいた妙な自信が溢れていた。

 何がどう……と言葉では説明出来ないが、それでも確信する時だってある。

 彼の言葉には、それが溢れていた。


「まぁ、この塩のモノリスは何かしら意味があるのだろうから」


 ビルまでもがそんな事を言い出し、いきなり手近な塩の塔を銃で殴った。

 先ほどよりも硬かったのか、金属的な音が響きわたった。


「こっちの方が硬いのか?」


 そこにペイトンも加わり、S-16で殴り続けた。

 幾度かのアタックを経て大きなヒビが入った時、中から眩い光が漏れた。


「ウワッ!」


 その光をペイトンがまともに浴びたらしい。

 妙な悲鳴と共に後方へジャンプしたのだが、勢い余って後方の塔に激突した。


「ペイトン!」


 その直ぐそばにいたジャクソンが救援に入った時、再び光が漏れだした。

 こっちの塔は随分と柔らかいらしいが、光は強烈だった。


 そして……


「キャッ!」


 アナスタシアが唐突に悲鳴を上げた。悲鳴と同時に片膝を付いて蹲った。

 銃を床に置き、頭に手を添える彼女の姿が痛々しい程だ。


 サイボーグにはあまり関係無い仕草なのだが、無意識にそれをやるのだろう。

 生身の身体だった頃の仕草は脳の運動野が記憶しているものだから。


「どうしたアナ!」


 ドリーが声を掛けると同時、全員の視界に何かの警告が浮かんだ。

 真っ赤なアラートマークと同時、大量の文字が視界を走った。


「高周波震動警告? なんだそりゃ」


 ダニーが首を傾げるその文字。

 だが、すぐに問題が発生した。


「ブラザー! 背中だ!」


 ライアンがいきなり叫んだ。ロックの背中を指差しながら。

 ロックは一瞬だけ理解が遅れたようだが、すぐにバードを見た。

 彼女の機体表面に映っている自分の背面を見たのだ。


「マジかよ!」


 彼等Bチームが現時点で装備している機体の背面には武器ランチャーがある。

 銃や愛刀を保持するマウントの根元辺りが僅かに膨れあがっていた。


 全く理解出来ない現象だったか、直後にそれを理解した。

 高周波震動によりネジやボルトが緩み始めたのだ。

 そして、装備自体の重みで肩胛骨辺りの部分から剥がれ落ちようとしていた。


「全員手近なモノリスを破壊して後退しろ! 城から出るんだ!」


 テッド大佐はそう指示を出した。

 なにが起きてるのかは分からないが、バードはアナを支援して最初に後退した。


 ロックやライアンが次々と塩の塔を破壊する中、次々と眩い光が漏れた。

 その光は垂直に空を貫く物もあったが、多くは放射状に広がって消えた。


「なんなんだ!いったい!」


 愚痴るようにペイトンが叫ぶ。

 だが、その言葉が終わるか終わらないかの時にそれが起きた。

 最後に残っていた塩のモノリスをロックが突き倒した時だった。


「マジかよ!」


 突然足元がグラリと揺れた。その瞬間、全員が同じことを危惧した。



 ――――城が浮き始めた!



 何がどうとか説明出来る物じゃ無いが、あり得る可能性はそれだけだ。

 予備のパラシュートが無いのだから、脱出は不可能。


 となれば、どんな手段を使ってでも今すぐここを離れるべきなのだが……


「ちょ! ちょっと待ってよ!」


 バードの足が石畳から離れた。彼女自身が空中に浮き始めたのだ。

 そしてそれはバードだけでは無く、Bチーム全員が同じ状態になった。


「おいおい!」

「勘弁してくれよ!」


 ロックもライアンも少しマヌケな声で喚いている。

 そんな中、床を構成していた石畳がフワリと捲り上がった。

 かなりの重量がある代物なのは間違い無い巨石レベルの床材だ。


「なにが始まるんだ?」


 ボソリと呟いたビル。その言葉を受けるようにジャクソンが言った。


「面白くなって来やがった!」


 元気で陽気で脳天気を画に描いたようなヤンキー気質のジャクソン。

 そんな男の目の前にせり上がってきたのは、まるで彫像の様な塩の塔だった。


「これ、あのイヌの支配者の近くに居た人物だ!」


 ヴィクティスが驚いた様にそう言うと、全員が改めてそのモノリスを見た。

 いや、モノリスと言うより正に彫像だと全員が思った。


「やけにリアルですね」


 ダハブもそう唸る姿のそれは、胸の前で両手を組んで祈るような姿だ。

 それに手を触れようとして腕を伸ばしたバード。

 気が付けば全員が床に足を付けていた。


「……これか」


 不意にテッド大佐の声がして手を引っ込めたバード。

 振り返ればすぐそこに大佐が立っていた。


「ボス。目的ってこれですか?」


 ジャクソンが少し怪訝な様子でそうたずねた。その言葉にバードは確信した。

 恐らくドリーとジャクソンのふたりは任務の核心を聞いていたのだろう。



 ――――城の奥にこれがある



 ……と。

 そして、エディはテッド経由でドリーに指示したはずだ。

 何かしらのアクションを行え……と。


 そもそも、エディが残した遺言レベルのオーダーは『城に行け』だった。

 エディはそれ以外の事を言わなかったし、目的も教えられなかった。


 もし仮にBチーム全員が拒否していたらどうするつもりだったんだろう?

 そんな疑問が頭を過ぎったが、すぐに気が付いた。拒否するはずが無いと。



 ――――エディだもんね……



 心の奥底でそう得心したバードは、同時に胸の奥が暖かくなった気分になった。

 全てを見通すようにしてひとつひとつプランを練ったはずだ。

 過去だけでは無く未来のことすら見通していたのかも知れないが。


「恐らくそうだろうな」


 テッドはバードの肩に手を置いてそう言った。

 その手の重みにバードはテッドの内心を思った。


「どうするんですか?」


 スッと一歩引いて場所を空けたバード。

 察しの良い娘だ……と思いつつ、テッドはその場所へ入った。


「あぁ。これでシリウスを解放する」


 テッドの手にあったのは、最初に壊した塩のモノリスの中身だ。

 白銀の光沢を持つブロックばかりだと思ったが、テッドのそれは黄金色だ。



 ――――心だ!



 なんの理由も無いが、バードはそう直感した。

 あのモノリスはシミュレーターもどきで見たコボルドの王だろう。


 いや、もしかしたら、あそこに残ったエディかもしれない。

 恐らくは同一人物だろうから、融合した可能性だってある。

 ただ、実際そんな事はどうでも良いのだ。


 あのコボルドの王はあの女性を大事にしていた様に見えた。

 そこにどんなドラマがあったのかは知らないが、あの女性は自己犠牲になった。



 ――――あれがリリスだッ!

 ――――バーニーッ!



 点と線が繋がった。

 Bチーム最大の脅威だったあのパイドパイパーの女達。

 そんな彼女達を束ねたバーニー大佐こそがあの女性の転生先だ。


 そして、転生はしたのだが本体?はここに残っていた。

 あの時に自分を犠牲にして世界を救おうとした女性を解放したいのだろう。

 

 ただし、その為には膨大な量の犠牲が必要になる。

 もしかしたらシリウス全土の命全てを捧げても足りないくらいに……


 つまり、エディは全部知っていて、これをやろうとしたのだ。


 あの時あの場で、本来の歴史では封印した何かの仕組みや因果を書き換えた。

 ただ、その封印の中でなにかを変換するには長い時間が必用だった。

 だからこそエディはとんでもない難題を一気に解決するべく……するべく……


「あ……」


 思わず声を漏らしたバード。

 黄金色の球体を持って居たテッドが『どうした?』とたずねた。


「エディは全部承知で戦争を始めたんですね。これをする為に」


 バードはそれを言った時、チーム全員の顔がバードの方向を向いた。

 フルフェイス状のヘルメット故に表情までは解らない。


 だが、全員が全員、その言葉でなにかを察して理解した。


「シリウスの開放。その意味はひとつじゃ無かったって事か」


 テッドもそう言わざるを得ないバードの一言。

 絶望的な環境で、それでも大地と共に生きたシリウスのカウボーイだ。

 ビギンズのビギンズたる部分をテッドは初めて理解したのかも知れない。


「エディが良く言ってた。ロックとバードはエンダーだ。絶対に殺すなってな」


 テッドはそんな言葉を漏らし、バードの肩をポンポンと叩いた。

 どけという意味だろうと察した彼女が場所を譲るとテッドは一歩前に出た。


「最初に月面基地でエディとあった時に言われたんです。君に会えるのを楽しみにしていたんだって」


 懐かしむようにそう漏らしたバード。

 それを聞いていたテッドは、短く『そうだったな』と呟いた。


「そうだ。きっと運命だよ……って、そう言われました。その時確信したんです。なんの根拠も無いですけど、それでも。この人は巡り会う運命の人なんだって」」


 巡り会う運命だった。いや、運命なんてもんじゃ無く、必用な事だった。

 だからこそエディはシリウス脱出船団にバードの父母を押し込んだのだろう。


 何年先か解らないが、それでも将来必要になる種を蒔いた。

 必ず芽を出すかどうかは解らないが、それでも……だ。


「バード。きっとお前もそうだ。必用な結果を得るために、エディは何度も時間を巻き戻してやり直したんだ」


 テッドが唐突に言ったそれは、俗にループ物と呼ばれるジャンルのそれだ。

 この世界その物の因果を変えるために、失敗したと思った時は時間を巻き戻す。


 なにが拙かったのかを考え、必用な結果を得るために考察を重ねる。

 そして、その為に何度も何度も時間を巻き戻し、再挑戦を繰り返した。


 そう考えると、エディが見せた驚異的な能力や先を読む能力に説明が付く。


「エディも戦ってたんだな。自分のフィールドで」


 なにかを理解したようにペイトンがポツリと呟く。

 このBチームに集う面々全てが碌でもない人生を歩んできた物ばかり。

 しかし、それ故に一芸に秀でた特殊な才能を持つ者ばかりだろう。


 エディはそれを見越して手を打ってきたのかも知れない。

 全てが自分の手駒として揃うように、テッドを通じて使えるようにする為に。


「で、ボス。それ、どうします?」


 少し不機嫌っぽい物言いでジャクソンが切り出した。

 全員が見ている先には、塩の彫像が鎮座していた。


「そうだな」


 テッドは一言だけそう返答し、手にしていた黄金の球体を彫像に押し付けた。

 いや、押し付けたと言うより殴ったという方が正しい勢いで……だ。


 いつの間にか大きな胸になっているバードだが、その胸よりも豊かな胸。

 その谷間辺りに黄金の球体を当てた時、彫像がゴトリと動いた。



 ――――え?



 驚いた声を出さなかったのはブレードランナーの習性だろう。

 最近はすっかりレプリ狩りをしなくなったが、猟犬の本能はまだ残っていた。


 驚きと戸惑いを抱えつつもクールな様子で眺めていたバード。

 その肩に誰かが手を置き、少し驚いて振り返った視線の先にはロックが居た。


「これでおしめぇって奴だな。ハッピーエンドにほど遠いが」


 ロックの言葉が聞こえると同時、何処か遠くから美しい声が聞こえた。

 澄んだ泉を渡ってくる穏やかな風の様な、優しい声だった。



 ――――イヤイライケレ……

 ――――イヤイライケレ……

 ――――イヤイライケレ……

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