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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第20話 オペレーション・トゥムレイダー
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現実復帰

~承前




 つい先ほどまで見ていた筈の光景とは全く違う景色。

 一歩踏み入れた古城の回廊でライアンはロックにたずねた。


「なぁブラザー。これで終わると思うか?」


 何度繰り返されたか解らない言葉。

 自らの身に降り掛かった境遇は、表だって言わないだけで心の重荷だ。



 ――――なんで俺が?



 そんな心境は常に心の奥底で蠢いている。

 もうすっかり遠くなってしまった、新しい人生を迎えたあの日。

 あのメディカルセンターで目を覚ました時から一秒たりとも途切れずに……だ。


 ライアンが今見ているのは、古色蒼然とした雰囲気なんて物を通り越した物。

 城と言うよりも遺跡と言った方が正確な表現だとすら思う、荒廃した光景。

 壁に飾られていた花や窓際の花入れなどは全て消え去っていた。


 時間経過の長さを感じさせるその様相は、人の営みを一切感じさせなかった。

 かつては……と、そんな表現が最も相応しいと思える状態だ。


 なにより、その廊下には砂が厚く溜まっていた。

 様々な理由により流れ込んだのだろう。


「まぁ、終わんねぇだろうな。けど、俺達の旅は続くが、エディの旅は……」


 ロックの一言にライアンは言葉を返せなかった。

 あのシミュレーターの如きシーンの最後だ。


 エディは笑っていた


 普段のエディからは想像も付かない、快活な笑いだった。

 それ故に、言葉にしないだけで、実は皆もう解っていた部分がある。


 エディのやりたかった事。エディが描いた物語の大団円。

 最初のシリウス人として生まれてきたビギンズがやりたかった事の核心だ。



 ――――人生の宿題



 一言でいえばそうなるのだが、それは幾度も繰り返してきた人生そのもの。

 エディはあのコボルドの王から何度も転生を重ねて今を生きていた。

 そして、過去の全てを清算するべく、あの時代の城へと干渉したのだろう。


 どんなメカニズムなのか?


 それは誰にも解らない。もしかしたら神の領域かも知れない。

 数十次元への干渉を可能とするような力は、人のそれでは無いはずだ。


 だが、エディはそれをやってのけた。

 きっとなにか凄い仕組みを使えるのだろうが、現時点でそれは問題じゃ無い。


「一番奥でエディが待ってるぜ。きっとな」


 ライアンの言葉には妙な暖かさがあった。

 ロックやバードにとってエディがもうひとりの父親なのは言うまでも無い。

 だが、このライアンだってテッドと同じくエディのかわいい教え子だ。


 親子の情にも似た感情が芽生えたとしても、それは何もおかしい事じゃ無い。

 実際、このBチームはテッドを窓口としてエディから散々鍛えられたメンツだ。


 時々は昔話をする様になったテッドの言葉に、それらが出てくるのだ。


「んでよぉ……」


 相変わらずぶっきらぼうで朴念仁なロックの言葉。

 ライアンも長い付き合いで余り良い空気じゃ無いのを察している。


「あぁ。解ってるぜブラザー」


 チームの先頭に立ち進むポイントマンのふたり。

 そのふたりが全身に感じている違和感は言うまでも無かった。



 ――――死体がねぇ



 言葉にしないだけで、誰もが感じてる違和感だ。

 およそ人間の死体という物は、様々な形で痕跡が残る物。


 こんな稼業をしていれば、腐乱死体や白骨化した物など幾つも見てきた。

 シリウスの地上各地で、かつて行われた恐怖政治の痕跡を幾つも見てきたのだ。



 ――――人間の所行とは思えないな



 ダニーがそんな言葉を零したことすらあった現場。

 大きな穴に幾つもの死体が投げ込まれ埋められた跡もあった。


 そんな場面でいつも見てきたからチームの面々は知っているのだ。

 誰かが片付けない限り、死体は骨になっていつまでも残ると言うことを。

 あの乱戦の中で残された数々の遺体は、誰かが片付けない限り骨が残る筈。


 つまり、誰かが片付けた可能性が高い。

 だが、仮にそうじゃ無い場合は、ここに誰かが居ると言うことだ……


 しかし。


「ロック。ライアン。気にするな。前進しろ」


 チームの後方に陣取っていたテッドは冷徹にそう指示した。

 何者かが待ち構えている可能性を否定するような言葉に、ロックは唸る。


「イエッサー」


 手短な言葉を返したライアン。だが、その姿勢が一変していた。

 前方を警戒するような仕草がなくなり、無造作に銃を持って歩き始めた。



 ――――なるほど……



 ふたりのやや後方に陣取っていたバードはヘルメットの中でニヤリと笑う。

 テッド大佐の指示は簡単だ。何も無いから遠慮無く行けと言うことだ。


 恐らく大佐には何かしらの情報が降りてきている。

 或いは、何かを知っている可能性が高い。

 口にしてないだけで、エディからなにかを教えられている可能性がある。


 疑心暗鬼とも言えるそんな感情がふと沸き起こり、バードの表情は曇る。

 そしてそれは、バードだけじゃ無いのだった。


「死体が残ってないな」


 空気を読んだか読まなかったのか、ヴァシリがボソリと呟いた。

 回廊を進み、いくつかの階段を上がって激戦だった辺りに近付いた頃だ。


 所々に崩落の痕跡があり、バード達が辿った裏ルートは完全に通行不能だ。

 その行程の全てで死体が綺麗に片付けられている状態なのだ。



 ――――シミュレーターなら残らないよね



 バードも始めはそう思っていた。だが、皆も途中でその矛盾に気が付いていた。

 不思議な事に銃弾の弾痕が岩で出来た壁の各所に残っているのだった。


「シミュレーターとは言い切れない可能性もあると言うことか」


 妙な分析を見せたビルは、弾痕の周囲を触って確かめた。

 人工皮膚の中にある光ファイバーの疑似神経が無い指先だ。


 触った感触はグローブ越しのそれでしかない。

 だが、それだけでも大きなヒントを与えてくれているのも事実。


 そこに残っているのは、強力な.50弾の痕跡だった。


「時間経過で風化しきったんですかね?」


 妙な所でアカデミックな分析を見せるヴァシリがそう言う。

 バードも最近になって気が付いた事だが、この男は知的好奇心の塊だ。


 自分が知らない事はなんでも吸収しようとする。

 そしてそれを自分なりに咀嚼し分析し、自分の一部にしている。


 人口に膾炙する通り、地頭が良いという特徴そのものだろう。

 ただそれは、学歴的に乏しい存在を慰める最大限の優しい表現でもあるのだが。


「ヒドロキシアパタイト。要するにカルシウムの塊な骨は少々じゃ壊れない筈だ」


 アカデミックな表現でダニーはそう応えた。

 医者の見地からいって、城壁の風化具合から勘案するに骨は残る筈。


 つまり、この先には……


「仮にあそこでログアウトしたんだとして、その後はどうなったんだろう?」


 バードの疑問は尤もな話だし、誰が片付けたかが問題だ。

 あの城の乱戦に乱入した形のBチームだが、その後の事は解らない。


 まだあの城内にどちらかの兵士が居た可能性がある。

 或いはあの犬にも見えるコボルドの軍隊が救援に来た可能性だってある。


 むしろその可能性が強いのだとバードは考えていた。

 原始的な組織だとは言え、仮にも指揮命令系統がはっきりしているのだ。

 そうなれば、王を救出に軍団が派遣される可能性は充分にあるのだ。


「まぁ、上まで行けば解るだろ」


 バードと並んで前進していたペイトンがそう呟いた。

 ここしばらく、厭世的な空気が強くなっているペイトンの様子が少し重い。


 全てが終わった後、思い切った事をしなければ良いなとバードは思う。

 人の心という物は感情の影響でかなり揺れ動く物なのだから。


 そして、そんな事をしている内に、彼等は呆気無く古城の屋上へとやって来た。

 あの時なにかが起きた屋上は、何事も無かったかのように広々としていた。


 しかし、そんな屋上にはBチームの理解不能な存在があった。


「なぁ、これなんだ?」


 呆れるような口調でライアンがそう零した。

 ライアンと並んでそれを見ているロックは『わからねぇ』と手短に応えた。


 白い柱としか表現しようのないもの。

 あの時見ていたコボルド達のなれの果てなのかも知れない。


 ただ、仮にそうであった場合、バード達Bチームは時を越えたことになる。

 タイムトラベルなどと言うSF染みた話を実体験する事になるのだが……


「塩……だな」


 ダニーは手持ちの各種センサーでそれを調べ始めた。

 こんな場面では動く分析機レベルなダニーが役に立つ。


 その姿を見守っていたチームの面々だが、やがてダニーは銃剣を取り出した。


「大佐。これ、破壊してみても良いですか?」


 唐突なダニーの言葉に全員が『は?』と返した。

 正体不明であるなら中身を見てみたい。そんな欲求なのだろう。


 だが、ここでそう簡単に壊して良い物かどうかは判断が分かれるはず。

 仮にこれがシリウス旧文明の超貴重な文化的遺物だとしたら問題になる。


「……さすがにそりゃまずいだろ」


 テッド大佐が返答する前にドリーがやんわりと諫めた。

 ダニーの特性として、こんな場面では倫理観より興味の方が勝るのだ。

 猪系な突進型行動のバードとも重なる部分だ。


「まずX線で見たらどうだ?」


 ジャクソンがそんな事を言うと、ダニーは両手を広げて言った。


「いや、もう見たんだ。これを見てくれ」


 すかさず全員の視界に割り込んできたダニーのX線画像。

 そこに映っているのは丸い物体が塔状に積み重なって固まったものだ。


 バードはそれを灯籠と感じた。

 何かしらの意味を持たせたオブジェなのだろう。


「なんのオベリスクだろうな?」


 ビルはそれをオベリスクと表現した。

 意味する所は一緒だろうから、文化環境の違いによるテンプレートの差異だ。


「案外、あの時に溶けたエディの残骸だったりしてな」


 ライアンの口を突いて飛び出したショッキングな言葉。

 しかし、その認識はチームの誰もが持っていた物だ。


 あの時なにが起きたのかは分からない。

 だが、一緒に居た筈のエディがここには居ない。

 つまり、あそこに残っているか、最初から居なかったかのどちらか。


 途中から入ってきたエディは、シミュレーターにログインしただけかも……


「……まぁ、その可能性は否定しないが」


 言葉を濁したドリーは、振り返ってテッド大佐を見た。

 完全なフルフェイスのヘルメット故に、視線が交差することは無い。

 つまり、ジェスチャーでしかない。だからこそ意志も伝わるのだが。


「そうだな。ひとつ割ってみてくれ。銃は使うな」


 手短なテッドの指示。

 いつものように迷い無く決断する強い男を体現する姿。

 しかし、そんな些細な振る舞いひとつでもバードには違和感があった。



 ――――決断したんだ……



 男と女の脳構造には大きな差異があると教えられたのを彼女は思い出した。

 右脳と左脳を繋ぐ脳梁と呼ばれる部位は、女性の方が優位に太いと言う。


 今どきのCPUは同じチップがダイ上に20~30前後乗ってるのと同じだ。

 そもそも人間の脳自体は恐ろしい数の並列演算GPUだ。

 イメージで考えイメージで結論をだすからだ。


 そんな巨大GPUをふたつ、より高速に接続できる女の脳は……



 ――――間違い無い



 テッドの見せた機微や言葉のそれらから『女の勘』がそう結論づける。

 その証拠とでも言うかのように、テッドはスッとバイザーを開けた。


 装甲に護られたフルフェイスヘルメットのバイザーは厚く丈夫なものだ。

 その奥に見えるテッドの目がジッとその塩の塔を見つめていた。

 人工物でしかないが視覚ユニットだが、それでもその眼は雄弁に語るのだ。


「じゃぁ」


 ダニーは角度を思案しながらS-16の銃床で塩の塔を突いた。

 重量のある戦闘用サイボーグが腰を入れて突いたのだ。

 ズシッと重い音が響いた直後、塩の塔が音を立てて割れた。


 ただ、一撃で崩れるまでは行かなかったらしい。

 ダニーはクラックの入り方をジッと見つつ、角度を思案してもう一撃だ。


 その時だった。


「あっ!」


 思わずバードは叫んだ。

 塩の塔が一気に崩れた瞬間、中から金属的な光沢の歪な球体がこぼれた。


 イメージ的にはビリヤードのボールに近いサイズだ。

 ただし、真円真球ではなく、角を無くした煉瓦のようにバラバラのサイズ。

 それらがガラガラと音を立てて崩れた瞬間、パッと眩い光が見えた。



 ――――爆発する!



 全員が同じ思いなのだろう。瞬間的に全員が振り返って床面へと伏せた。

 爆発物方向へ足を向けるのは手榴弾対応マニュアル通りの行動だ。


 なにが起きたのか?ではなく、生き残ったか?が重要な局面。

 衝撃波に備えたバードは時間の経過を待った。

 世界がスローモーに見えるのは、思考が加速してるが故だ。



 ――――あ、ちがう



 最初、バードは思考がクロックアップしてると思った。

 しかし、そうじゃ無いことを視界の時計が教えてくれた。


 つまり加速してるのはベースクロックでは無く自分の脳でしかない。

 幾多の窮地を経験し、脳自体が思考の加速に慣れてきたと言うことだ。

 そして同時に、もう一つの『違う』にも気が付いた。


「焦ったぜ」


 最初にそれを言ったのはロックだ。

 スクッと立ち上がったロックはバードに手を差し出し立ち上がるのを促す。

 惚れた男の見せた些細な優しさに少しだけ心を振るわたバード。


 彼女はその手を取ってすっと立ち上がった。

 爆発とは思えない状態で内部が見えている塩の塔がそこにあった。


「爆発じゃ無かったね」


 素の言葉でそう呟いたバード。

 完全に割れた塩の塔からは沢山の金属球が出てきたのだった。


「俺の持ってる機材じゃ成分は解らないが、重量からして密度の高い金属だ」


 ダニーの分析器では解らないのだろうが、それも無理もない。

 基本的にはメディカルスペシャリストなのだから。


 チームの空気が僅かに変わった時、アナスタシアが控え目な声で切り出した。


「……その中身かどうかは解りませんが、ギガヘルツ帯に強い電波が出ています」


 通信系スペシャリストのアナによる分析報告。

 それを聞けば全員の意識が一段上がるのは言うまでも無い。


「何処と通信してるか解るか?」


 ドリーが確認すると、アナスタシアは首を振って応えた。


「いや、通信というレベルじゃ無く、むしろノイズ? ノイズというか、それに近い物を辺りへ撒き散らしてるレベルの――


 アナの言葉が急にそこで途絶えた。

 それと同時にやって来たのは聴覚神経系を麻痺させるような超高周波音だ。


「うわっ!」


 誰かが実音声を発して叫んだのが聞こえた。

 つまり聴覚ユニット系では無いとバードは判断した。


 と言うことは、ネットワーク系をハッキングした可能性が高い。

 一瞬でハッキングされ、脳への情報を混乱させようとしている。


「コイツか!」


 ロックは頭を振りつつ、S-16の銃床で塩の塔を殴った。

 その中からゴロゴロと金属球がこぼれてくるのが見えた。


 ロックはその歪な球体を銃床で殴りつける。

 だが、割れるところか傷一つ入らずに鈍く光っていた。


「硬ぇ!」


 ロックの声が少し小さい。その違和感にバードは戦慄した。

 声が小さいのでは無く、小さく聞こえる様になってしまったのだ。


 つまり、脳自体が焼かれている可能性だ。


「ブラザー! 銃だ!」


 ライアンが銃口を金属球に密着させた。

 その瞬間、なんの理由も無いが『危ない!』とバードは直感するのだった。

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