サイボーグとアンドロイドの境目
~承前
「どっちだと思う?」
遅めのランチを食べながら、バードは怪訝な声音で言った。皿の上にはケチャップの掛かったオムレットが残っていて、まるで血を流す死体のようにも見えるそれを、バードのフォークが弄んでいた。
「……オレの見立てじゃ8:2で……Dチームだな」
ミートボールを飲み込んだダニーは、やや低めの声でそう言った。兵士では無く医者としての知見で行けば、胴体断裂で出血多量の現状だと生き残る事は難しいと考えたのだ。
アケト市街上空でのデモンストレーションは無事に終わり、チームのメンバーは機体が上空にまだいるのに、ケンプファーからログアウトしていた。機体はAIがコントロールして勝手に帰ってくる。自立ドローンの様に帰ってくるその姿は、文字通り未来の姿だった。
「そういやぁ……サイボーグ化とDユニット化との境はどんな何ですかね?」
そう切り出したビッキーは、一足早く食事を終えて口の周りを拭いていた。
この男は周囲よりも数段早く食事を終える癖があり、バードなど正直に言えばもっとゆっくり食べて欲しい。慌ただしすぎると感じているのだが……
「まぁ、ビッキーの疑問ももっともだよな」
ビッキーの言葉にダニーが微妙な顔色になった。
医者でもある彼からすると、その境目は少々冷酷に過ぎると感じていた。
「例えば戦場でこれだけ死人の山が出来たとする」
持っていたフォークでマッシュポテトの山を弄りながらダニーは説明した。気が付けばそのポテトの山はこんもりと盛り上がっていた。そのポテトの山をベシャッと潰したダニーは、フォークの刃を使ってマッシュポテトに幾つもの畝を作った。
それから受ける印象は一つ。戦場の片隅に並べられた死体の列だった。これから身元を確かめられ、死体袋に押し込まれる前に医療班が最終確認を行うそれは、まだ可能性があるかどうかの最終判断だ。
「この辺くらいまではまだ大丈夫だろう。最初はそんなトリアージを受けて救命センターに送られる。ここから先は専門機関の出番だが――」
段々に並んだそのポテトの山を切り分け、半分を口に運んだダニー。
プレートに残った畝の列にソースを掛けながら話は続いた。
「――生命反応薬……要するに強心剤だ。これを投与してまだ心臓が動く者を探すんだけど、それで動けばサイボーグセンター行きの芽が出る。生命活動を維持するための脳機関がまだ生きてるかも知れないからな」
人間の脳は進化の過程の化石とも言われている。脳の中心部。肝脳の部分は原始的な生物が持つソレと機能的に大差がない。そして、そこの機能が失われてしまうと、もはや自律神経の活動は望めない。
23世紀の医療に於いて、脳幹の停止は自立した生命活動の停止と見なされるのが基本認識で有り、その活動を維持出来るだけの機能が身体に残っているなら、それは救命活動の対象となるのだった。
「……それが駄目な場合は?」
アナはその続きを促した。そんなアナにコクコクと首肯しつつ、ダニーは話を続けた。口に入れたポテトと飲み込んで、ルイボスティーで口内を洗浄してから。
「強心剤で反応が無い時は、小脳と大脳の活動を見る。具体的に言うと、脳髄の部分に電気ショックを与える。これで脳内シナプスに火花が飛べば、まだ可能性はあると判断される」
ダニーのフォークがマッシュポテトの畝を再び切った。
残された畝は1/4程に減っていた。
「反応が飛ぶなら急速冷凍の上で脳幹をコンピューターに切り替えて脳自体を行かす方向になる。この時、どこまで脳が生きてるかが問題になるんだけど――」
ダニーは顔を上げて話を聞いている面々をグルリと見回した。
医者の所見を聞くのは初めてなのか、全員が興味深そうな顔になっていた。
「――脳幹だけならブリッジチップで生き延びられる。ここまではサイボーグだ。だけど小脳が駄目な場合には大脳だけを生かすことになる。こうなった場合はアンドロイド化だな。なんせ自律神経までコンピューターが介入してるから」
ダニーはあくまで軽い調子でそう言った。ただ、そこには人とそうでは無いモノの壁が出来ているのを聞いていた全員が理解した。
「小脳と大脳の間に壁があるのか……」
腕を組んだロックがそう呟く。
ただ、隣に居たライアンは違う反応だった。
「オレが聞いたのは、俺達Bチームメンバー並の高適応率者だと肝脳とか脊髄上部あたりも自前だって話だったけど、それってどうなんだ?」
その問いは微妙な影を孕んでいた。つまり、『どこまで死んだんだ?』という質問と同義だからだ。そしてそれは、非常にデリケートな問題をも含んでいる。つまりは『サイボーグ化の必要が無かった存在』を改造したかも知れないのだ。
「さぁなぁ…… それは俺にも解らないよ。なんせサイボーグオペレーションなんてやった事無いから」
ダニーは言いにくそうに応えた。だが、それを聞いていたバードは何の根拠も無いが『嘘だ』と直感していた。
誰にでもある機能では無い部分での直感。それが女の直感とか猟犬の直感と言われるモノだったとしても、大概は核心を突くことが多いのだが……
「まぁそれはともかく『そうだ。そんな事はどうだって良い』
ペイトンの言葉を遮り聞き覚えのある声が聞こえた。
驚いて全員が部屋の入り口を見た時、そこにスミスが立っていた。
「スミス!」
驚いた声で叫んだジャクソン。全員が食事の手を止めて立ち上がった。
「久しぶりだな。俺が居ない間にずいぶんと作戦をこなしたそうじゃ無いか。話しに聞いたがずいぶんと面白い作戦だったらしいけど、ずるいじゃ無いか」
アハハハと笑いながら入って来たアラブの男は、負傷前よりも一回り身体が大きくなっているように見えた。新しいパーツを組み込んだか、それとも……
「……スミス、太った?」
バードは最大限オブラートに包んだ表現でそう問うた。
誰もが聞きたい事であり、出来れば聞き無くないことでもある。
つまり……
「心配すんなバーディー。プラスチックとセルロイドのお人形にはなってねぇよ」
サイボーグがブリキの人形と揶揄されるのは定番だが、Dチームなどハードボディでは無いソフトパッケージ化されたアンドロイド体ユーザーはセルロイドのお人形と呼ばれる事がある。
機体の表面をサイボーグなどのように人工皮膚で覆うのでは無く、まるでジャケットを羽織っている化のような姿に見えるアンドロイド体のDチーム。彼らは
アンドロイド型機体のパイロットという解釈だった。
「まったく新しい機体って訳には行かないが、それでも最新鋭の機体を受領してきた。G4世代に突入らしいが――」
スミスは自分の頭をコンコンと指で叩き笑った。
「――ここの構造が全く違うんだと。正直、俺にはその違いが全然わからないが、少なくとも前のG35よりも反応が早くて素直な気がする」
サイボーグの多くが感じる身体の違和感は、その多くが反応の遅れや作動誤差によるモノだ。そして、その改善は膨大なトライアンドエラーの繰り返しで行われることになる。
スミスはG4系列最初のユーザーとなったが、その中身はまだ誰も知り得てないのだ。ただただ、スミスの言う『反応が早くて素直』という言葉の中身を知りたがった。
いつか自分も使えるだろう。そんな気がしているが、もしかしたら脳の構造自体を弄るのかも知れない。正直、それは歓迎しかねるのだが……
「まぁ、そんな訳で復帰する。俺もあの新しい機材を早く使いたいぜ」
両手を広げてスミスはそう宣言した。
セド市街にある前線本部となった施設の中でだ。
チームの面々が拍手で祝福し、スミスは謝意を示すポーズになった。
「さて……それじゃ次に行くか」
黙って様子を伺っていたドリーがそう切り出した。
何が起きるんだろうか?とアナ達が警戒の表情になった。
――解りやすいな……
ふと、そんな事を思ったバード。
そしてあの姿は、5年前の自分だとも思っていた。
「次って?」
ライアンが軽い調子でそれを訊ねると、ドリーでは無くジャクソンが応えた。
「これから急遽の士官総会が開かれるらしい。まぁ、実際は明日の朝だが、重要な話を全員に行うってエディが言ってきた。まぁ、そんな訳で明日までは休暇だ」
出撃した日の翌日は休み。
そんなリズムが何気なく帰ってきている事にバードは気が付いた。
そしてそれが、戦争の終わりを告げるプレリュードである事も……だ。
「何の話だろうね?」
すぐ近くで食事してたロックにそう問うたバード。当のロックは茶碗の中に残って居た白飯を口の中へ押し込み飲み込んでから応えた。
「いよいよ決戦ってこったな」
「セントゼロ?」
「そう言うこった」
ロックの言葉に全員が表情を変えた。今回小規模なドンパチを行ったアケト市街からセントゼロまで、直線距離で70キロ程しか無い。つまり、ケンプファーの運用本部を作るにはちょうど良い規模の街が陥落しようとしているのだ。
「酷い事になりそうだね」
「そうでもねぇさ。今だって充分に酷いぜ?」
バードの言葉にそう突っ込みを入れたロック。
ただ、迫り来る決戦の時は、思わぬ事態から始まることなど、この時は知る由も無かった。




