エディの遺言
久しぶりにログインしたサイボーグ向けの仮想会議室は、相変わらずの古城を模した巨大なスタジアム形状だった。その中に集まった士官は皆がコスプレ状態になっていて、楽しげな笑いが溢れていた。
「なんか前より豪華だね」
そんな事を漏らしたバードの姿は、晴れ着姿のお嬢様だった。
女性和装の頂点か?とも思ったのだが、他に資料が無かったのかも知れない。
「まぁ、作り込みが進んだって事だろうな」
そう応えるロックは豪華な前立ての付いた兜を被る、当世具足の甲冑姿だ。
室町後期から戦国時代の終わりに使われた当時最新鋭の防御装備は、鉄砲の実用化と集中運用による戦術の変化に対応した、実戦的な防御力向上型の形状をしている。
その上で刀を振ったり槍を振り回したりと言った部分に制約が少ないのだから、これを考えた当時の職人もまたエンジニアの極みだったのだろう。ただ、そんな事を覗いても、この時代の甲冑は当時の武士の思想を反映したモノが多い。
豪華で煌びやかなだけで無く、派手なのだ。我はここに有りて候!と自己主張の強いデザインだ。
「しかし、これって誰の趣味だと思う?」
振り袖で口元を隠し、ホホホと笑ったバード。
その姿が何とも上品に見えて、ロックは苦笑いだ。
「馬子にも衣装って言われんぜ。いつも通りだ」
「そうだね」
ただ、ふたりの前にジャクソンが立ったときには思わず大爆笑しかけた。
西部劇に出てくる無頼のアウトローを取り締まる保安官宜しく、チェックのシャツの革のベストを掛けて帽子を被ったジャクソンは、腰のホルスターに拳銃を下げていた。
その胸には立派な保安官バッジがあり、肩には長いロープを丸めて掛けているのだった。
「あら。シェリフはパトロールですか?」
バードがそんな事を言うとジャクソンはニヤリと笑って言った。
ウェスタンスタイルの立ち姿は、中々サマになっていると思ったのだ。
「そうさ。隊長のお下がりなピースメーカーもあるしな」
ジャクソンの腰にあるのは、テッドの愛用しているコルトのピースメーカーだ。
悪党よりも一発多い蓮根型の弾倉には、丸い頭の弾丸が詰まっている。
「さて。悪党を捕まえに行くか!」
上機嫌で歩いているジャクソン。その後にロックとバードが続く。
そこへ合流したのはイェニチェリ様式に鉄砲を担いだスミスだった。
「なるほど。スミスの場合は常勝軍団となった訳か!」
上機嫌のジャクソンにスミスはニヤリと笑って応える。
「イスラームの守護者だからな。アッラーの思し召しだ」
「なるほどなぁ」
陽気に笑っているスミスを見つつ、『これってストレス解消?』と思ったバードは、改めて周りを見た。
ヴァシリとアナは予想通りにコサック騎兵とスラブのお姫様だ。そのヴァシリを冷やかしているビッキーとアーネストは、スカンジナビアの北方民族系な衣装を着て銃を持っている。
「各々の出自って言うかルーツがよく解るね」
「だよな。ビルなんかほら、ブリテン様式だぜ」
ブリテン人であるビルの場合は、燕尾服にシルクハット姿な貴族の正装だ。
時代も階層もバラバラながら、それぞれがそれぞれの出自をよく表していた。
「さて、そろそろ全員集合だ」
そう言いつつ姿を表したドリーは、アフリカ系の何処かは解らないが立派な身形になっていた。黒い肌を包む極彩色の衣装は、アフリカの文化的な豊かさを象徴していた。
「なんかさぁ、ドリーが一番似合ってる気がする」
何処か嬉しそうに言ったバード。その言葉にスミスとビルが反応した。
「まぁ、隊長ともなればそりゃ必要だぜ」
「それに、ドリーの場合はそもそもインテリだからな」
ふたりは真っ直ぐにドリーを褒めた。その言葉には深い信頼があった。
ただ、それを聞いていたドリーは、イヤイヤ……と言いそうな顔で首を振った。
「もっと似合ってる人があそこにいるよ」
ドリーの指差した先、立派な貴族の身形をしたアリョーシャがいて、その隣にはブリテン様式の将軍姿なブルが居る。その奥には白いカツラを被り王の衣装に身を包んだエディが見えた。
ただ、その場に居て本当にサマになっている男はひとりだけだ。革製の立派な帽子を被り、カウボーイ姿になったテッド大佐がいた。その胸に一際光るのは、真鍮製のシェリフバッジ。ジャクソンよりも遙かによく似合う姿だった。
――――――――サイボーグ向け仮想会議室
リアル時間 2303年 4月11日 午後1時
「さて諸君。最後の会議になるかも知れないからしっかりやろう」
そんな言葉で会場に居た全員の注意を集めたのはヴァルター大佐だった。
大きな騎士十字章をかたどったプレートアーマー姿の大佐は、宗教騎士国家であったプロイセンの騎士になっていた。
「さて、先ずはこれを見てくれ」
ヴァルター大佐の示した地図は孤立大陸ヲセカイの中心部。
星都と呼ばれる街、セントゼロだ。
この大陸の街道は全てこの街に収斂されていて、起点ではなく終点に指定されていた。それは、この惑星に産まれた者が最期に辿り着く場所だと言う思想からだった。
「シリウス戦争の締め括りだ。我々の手が遂にここまで届いた。そして、巻く引きを図ることになる」
大佐の言葉に各所から拍手が湧き、気が付けばバードも拍手していた。エディとテッドから聞いた100年に及ぶ独立闘争の締め括りは、結局この街に帰ってくることに成った。
この惑星に入植した人々が最初に降り立った地でもあるセントゼロで全てが終わる。それは、言葉で訊くよりも遙かに巨大な出来事なのだった。
「現時点でセントゼロ周辺に展開する国連軍は総勢で55個師団に及ぶ。まぁ、航空支援などの戦力まで含めてこの数字だが、実際に地上軍でドンパチに及ぶのは、ざっくり言えば70万と言う数字だ――」
70万……
その数字の大きさはバードの想像を超えた。
ただ、冷静に考えれば、そもそもこのオニキス計画に動員された総人数が5500万人なのだから、それ位の数字は合って然るべきとなる。だが……
「――ここで一つ重要な前提を話しておかねばならない。セントゼロという街の特殊性だ。そもそもこの街には全てのシリウス人を記録してあるメモリアルセンターがある。つまりはシリウス人にとっての聖地だ」
聖地……
その言葉が内包する様々な物語は、無限の広がりを持ってシリウスに伝播していくだろう。ただ、ヴァルター大佐が危惧している内容は、それこそ本当に手に取るように理解出来た。
「聖地を焼いちまったら無限の闘争だぜ……」
スミスがボソリと零した通り、聖地を巡る感情は理屈では割り切れない。大切な地を護る為とあらば、それこそ講和に応じたシリウス人も再び闘争に参加しかねないのだ。
地球の歴史を紐解けば、そんな事態は数え切れないほど起きてきた。その民族や宗教や国家にとって、決して譲れない大切なストーリーの根幹となる場所。その重要性は言葉でなんか説明出来るモノでは無いのだ。
「従って、我々は別の手段を執ることにする」
ヴァルター大佐はガシャリとプレートアーマーをならして舞台から降りた。
その後に舞台へと登ったのはテッド大佐だった。あの匂う様な男盛の姿でシェリフの威厳をバラ撒くのだ。アチコチのフィメール勢からため息が漏れた。
「隊長格好いいよねぇ」
何処かうっとりした様に呟いたバード。
だが、ロックの回答はある意味意外なモノだった。
「悔しいけどそれにゃぁ同意せざるを得ねぇぜ。あの人は漢だ」
何か眩いモノでも見るかのようにテッドを見ているロック。
そんな姿にバードの心がキュッと音を立てたような気がした。
「さて。諸君らにまず報告しなければいけない件が二つある。まず一つ目はある新兵器を先日テスト運用した。例によってBチームがデータを取ってくれたが――」
その画像が表示されたとき、会場から『おぉ!』と歓声が漏れた。
高機動型空中戦闘兵器、VAF-1・ケンプファーが遂にお披露目された。
「コンセプトは簡単だ。地上の大気圏内で仕えるシェルを目指した。エンジン出力は問題無く、戦闘時間はざっくり2時間を取れる。現地で燃料補給すれば更に2時間が上乗せ可能だ。何よりこの兵器の凄い点は――」
ロックがニヤリと笑ってバードを見た。
言いたい事は解っているだけに、バードもまたニヤリと笑っていた。
「――完全遠隔操作型兵器だ。ドローンやAIとは違う脳波制御型の遠隔操作を可能としている。データラグ的に足りない部分はAIが支援してくれるが、何より重要なのは被弾墜落や直撃弾による撃破を怖れなくても良いことだ」
再び会場から『おぉ!』とどよめきが沸き起こった。それと同時、先のアケト市街上空で行われた戦闘シーンが再生された。各機の視野映像を編集したそれは、上空で何が行われたのかを雄弁に語るモノだった。
「ご覧の通りだ.シリウスロボだけで無く大気圏外向けシェルも一発で吹っ飛ばした代物だ。戦闘力的に何ら不安は無いので、燃料切れだけが強敵だ」
大佐の説明が続く中、バードの目はエディを捉えていた。アリョーシャとブルの二人に挟まれ、何事かを相談している。その背後や周辺には隊長軍団であった大佐陣が控えていて、同じようにアレコレとディスカッション中だ。
「何の話をしてるんだろう?」
バードは袖口から手を出してエディを指差した。その仕草を見ていたロックは、心の何処かをギュッと何かで締められた気がしたのだが、それは考えずにバードの指差す先を見た。
「……だな」
そこに居たエディを含めた面々は、正直余り良い表情とは言いがたい。どちらかと言えば硬い表情になっていて、周囲と視線を合わせつつ短い言葉で会話している状態だ。
そんな様子を見れば、誰もが不安を抱くモノ。いったい何の話だろうか?と首を傾げるが、その実は中々教えてはくれないだろう。
「まぁ、信じるしかねぇさ……」
ロックはいつものぶっきらぼうな様子でそう言った。
もうそれにも慣れたバードだが、その時点でテッド大佐の口から衝撃的な言葉が漏れた。
「もうひとつ、重要な案件がある。これは覚悟の要る言葉だが――」
……あっ
バードは何となく全てを察した。テッド大佐が硬い表情になって言おうとしているモノこそ、あのエディ達が表情を硬くしている確信なんだと気が付いたのだ。そしてそれは少なくとも、今の501大隊にとって歓迎せざるるモノなのだろう事が想像出来た。
「――三軍統合本部からの通達として、我々は予備戦力に回された。地球の国連安全保障理事会内部で高度な政治的判断が行われたのだろう。どこまで行っても我々は使われる側なのだから口を挟むことは出来ない」
テッド大佐の言った言葉に各所から怨嗟の言葉が漏れた。
バード自身も『なんで?』ともらし、ロックは『マジかよ……』と絶句した。
「諸君らの不平不満も十分理解しているが、ここでスタンドプレーをするのは得策では無い。地球の政治家としてはサイボーグとレプリカントの代理戦争という部分を消し去りたいのだろう。従って我々は静観することにする」
それを言うテッド大佐を見れば、憤懣やるかたないのは火を見るより明らかだ。
だが、三軍統合本部の決定は絶対であり、そこに口を挟むのは懸命では無い。
ましてや今はエディの事が大事だ。恐ろしく消耗したエディはなかなか回復しないで居るし、エディのサポートに付いているバーニーやハミルトン准将も疲労困憊な状況だ。
「諸君らも経験しただろうが、現状で抵抗を続けるオーグ関係者は本当に手強い。彼らは死を怖れず大義のために死ぬ事を望んでいる。つまり、早晩手に余すと私個人としては想定している――」
そりゃそうだ……
バードだってそう思うのだから、直接やり合ったモノなら同じ印象になるだろう事は容易に想像が付いた。彼らオーグだって今さら独立できるなどとは思ってないだろう。
だが、抵抗したいのだ。抵抗して抵抗して抵抗して、そしてまた抵抗して、その上で血を流して死に絶えたいのだ。損得勘定ではなく理想や大義と言った部分で凝り固まった原理主義だ。
だからこそ、根絶やしという非情の措置が必要なのだ……
「――従って、今は爪を隠し牙をしまい、時を待つのが賢明だと判断した。諸君らも言いたい事はあるだろうが、今はとりあえず飲み込んで欲しい」
テッドの言葉はそれで締めくくられた。
そして、後ろを振り返りテッドはエディを呼んだ。
ゆっくりと首肯し立ち上がったエディは、豪華な王の衣装をまとい演台の真ん中に立った。そして、会場をグルリと見回してから切り出した。
「明日、士官総会が開かれる。これからの予定について説明が行われるはずだ。その席で私は独立連隊として独自活動をすると宣言する。勿論、目的はただひとつ、敵を打ち倒し、味方をひとりでも救い、戦争を終わらせることだ。その為には諸君らの協力が必要だ。もう少し……付き合ってくれ」
エディの口からお願いが漏れた。
バードはそれを、エディの遺言のように聞いていた。




