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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第19話 オペレーション・ダウンフォール
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物騒なアークエンジェル

~承前






 ――――どこで間違った!


 リッジはソレを自問自答しながら後退していた。瓦礫の降り積もった街には幾つもの死体が転がっていて、その多くが原型を留めていなかった。


キャプテン(大尉)!」


 瓦礫の影を走り込んできたネリス准尉がリッジを呼び止めた。各所に返り血を浴びているネリスは、アチコチで処置を行って来たらしい。


「後退は危険です! どこか地下入り口を探しましょう!」


 そうだ。地下だ!とリッジは表情を変えた。

 地上をウロウロして入れば、何処かで見つかってしまうのが予見できた。

 だが、安定した気候が特徴の小規模な街に地下街などある筈も無い。


「まさかシェルとやり合う事になるとはな……」


 吐き捨てる様に言ったリッジの言葉は、現状ODST102の総意だ。少なくとも手持ちの兵器でやり合う相手じゃ無いし、主力戦車や対地攻撃系の飛行兵器が対処出来る相手でもない。


 宇宙を超高速で飛びながら相手をやり合うための常識外れな兵器。そんな兵器が地上に居る事自体、異常な事だった。


「レナード! 本部に繋がったか!」


 リッジの呼んだ通信兵のレナード曹長は、力無く首を振りながら厳しい表情だ。

 それを見ればリッジだって表情を曇らせるしか無く、手持ちの武器でやり合うしか無い事を覚悟した。


「全員散開して敵に狙いを絞らせないようにしろ。それぞれが背後を取ったらエンジンを攻撃するんだ。飛べないハチは怖くない。とにかく無闇に接近するな。機を見て一気に接近し叩く。何か聞きたい事は?」


 リッジの手順説明に生き残った者達が首肯を返している。だた、本来なら300人近く居たODST102の派遣集団は、残り50名足らずになっていた。


「あのガンランチャーはとっておきのミートチョッパー(挽肉製造器)だ。迂闊に接近すれば装甲付きでも簡単に削られるし、装甲が耐えた所で打撃力は通るから一発で身体がバラバラだ。けど、俺達はODSTだ。やるしかねぇ! 行くぞ!」


 リッジは最初に走り始めた。瓦礫の山にそって大きく回り込む方向でだ。

 それを見ていたバーンズ曹長は逆方向に走り始めた。そして、それぞれのODSTが思い思いに様々な方向へ動き始める。


 ――――くそっ!


 リッジは腹の底で運命を呪っていた。何でこんなザマになったのだと腹立たしい思いで一杯だった。手柄争いは士官の性だが、シェル相手に地上戦をやるなどと考えた事も無かった。


キャプテン(大尉)! あれを!」


 リッジの後を走っていたネリスが指を指した先、あのシリウスロボが機体の方向を変えつつあった。思わず『動けるのか!』と呻くも、そんな事をする前にやる事が山ほど有るのを思いだした。


「勝手に死ぬなよ!」


 気休めにもならない言葉を吐いてリッジは接近する。だが、5分としないうちにリッジはあのシェルとシリウスロボの動きに違和感を覚えていた。


 ――――なんだ?


 シェルもロボもしきりに足下を気にしている。まるで蟻でも踏み潰そうとしているかのようにしている。それが何を意味するのかはまったく解らないが、少なくともこちら側を、ODST側を気にしてるようには見えない。


 と言う事は、あの足下に何かが居るのだろうとリッジは予測した。そして、少なくとも独立派にとっての敵か、ソレとも……


「……………………あっ!」


 リッジは迷う事無く真っ直ぐにシェルへと走った。根拠は無いが、絶対に撃たれないという確信があった。どう説明するか?と言われたら、説明不能だとしか答えようのない感覚だった。


 だがそれは、幾多の死線を潜った兵士だけが持つ勘であり、また、確信でもあった。そう。あのシェルからこちらに敵意が来てないのだ。全身の毛穴が開くような敵意が来てないのだ。


 ――――まさかとは思うが……


 リッジの脳裏に浮かび上がった残虐なシーン。ソレを確かめるために真っ直ぐ走った彼は、ネリスと共にシェルまで300メートル足らずの所まで来た。そして、彼らは信じられないモノを見た。


「……キルマークですね」

「あぁ」


 ネリスの呟きにリッジがそう答える。

 シェルは足下にいる人々を踏み殺し、その数だけ機体の左腕に傷を入れていた。

 縦に4本の傷を入れ、そこに斜線を加える。そうすれば5の勘定になる。


「粛正ですかね?」

「あぁ。いわゆる総括という奴だな」


 過去、テロ闘争に夢を馳せた多くの組織が最後に行うイカレな行為。

 それは、敵に勝てないフラストレーションを解消し、また、諦めつつある配下の兵士を引き締めるための行為。テロしか出来ない集団が行うのは、仲間に対するテロ行為その物だった。


「あの強行派の中から脱落者が出始めたんだろうな」


 リッジがそう漏らすのも無理は無い。強行派の抵抗拠点で盛んに問題になっているのは食糧事情だった。多くの抵抗拠点で食料備蓄がそこを突きつつあり、ヲセカイにおける各都市の食料備蓄もまた、尽きつつあった。


 そもそも食糧事情の良くないニューホライズンだ。調子に乗って食べてしまえばあっという間に食い尽くすのは言うまでも無い。だが、人は喰わねば死んでしまうのだ。


「水だけでも2週間は生きられるって言いますけど……」


 ネリスが漏らしたのは、その踏み潰されている者達の姿に対する率直な印象だ。

 シェルやロボに踏み潰されている者達は、そのどれもがまるで骸骨のように痩せ痩けている。昨日今日そうなったとは思えない姿になっていて、その多くが下腹部を大きく膨らませた栄養失調の姿だった。


「極めつけに酷い光景だな」

「えぇ」


 リッジの言葉にネリスが応える。だが、次の瞬間、何処かからSAMを発射した者が居た。『SHIT!』と叫んだリッジは、手持ちの双眼鏡で発射点を探した。発射点に居たのはフレディ曹長で、その麾下には幾人かのODSTが見えた。


「アレじゃ丸見えだ!」


 だが、ソレもやむを得ないだろう。沸騰もやむなしの酷い光景を目にした上に、シェルが背中を向けているのだ。チャンスと思ったなら動け。それがODSTの鉄則なのだからやむを得ない。


 しかし、SAM如きで撃破出来る敵じゃ無いのは誰もが解っているはずだ。シェルはすぐに振り返り、狂った様に地上を掃討し始めた。ついさっきまで地上に居た者達を踏み潰していたはずなのに……だ。


「まぁ、やる事はやりましょう!」


 ネリスはリッジを置いて走り出し、シェルの背中を取るポジションについて携帯運搬筒からSAMを取り出すと、二段ロケットブースターのAPDSをセットして構えた。


 ロックオンすればすぐさま反応するだろうから、無誘導で真っ直ぐ飛ぶ様にセッティングして引き金を引いた。同じようなタイミングで様々な角度から一斉にSAMが放たれ、次々とシェルに向けて飛んでいった。だが……


「嘘だろ……」


 シェルの持つ後方警戒用のガンランチャーは、何の苦もなく全てのSAMをたたき落としている。そして、その間にもシェルのパイロットはフレディ曹長を追いかけ回していた。


 周囲から放たれるSAMを全て無視し、執拗に執拗にフレディを追跡する。ロボに比べれば小さいが、それでもシェルの巨躯は一歩の幅が違うのだ。地上をちょこまかと逃げ回るフレディに比べ、シェルは余裕を持って動いていた。


「野郎共! 曹長を支援しろ!」


 リッジの支持に全員が連動し始める。だがソレは、最悪の一手であった事をリッジは知った。各所から放たれるSAMやパンツァーファウストの全てをたたき落とし、シェルは発射点へ猛烈な射撃を加えた。


 樹脂コンクリートを軽く貫通する超高速徹甲弾は、ODSTの面々を次々に挽肉へと変えていた。そして、その都度にキルマークが増えていく。それを見ていたODSTの面々は、シェルを撃退する為の行動から自衛戦闘に変わっていた。


 そして、50名はいたはずの仲間が僅か10名少々になった時点で、リッジは悲鳴を飲み込む努力を続けていた。シェルが遂に自分を捉えた。自分をロックオンしたと気が付いた。


「くそっ! くそったれ! ふざけんじゃねぇ!」


 手持ち最後のSAMに瞬発信管付きの対戦車榴弾を装填し、シェルのセンサーを潰す事を考えたリッジ。だが、瓦礫の尾根を乗り越えてから反転し、方にSAMを載せて構えた時点でリッジの動きは止まった。


 シェルの左手に付いているガンランチャーがこっちを向いていた。高速で回転するクラスター化した銃身が鈍い唸り声を上げているのが聞こえた。


 ――――…………ッ!


 リッジはSAMの引き金を引く前にソレを投げ捨て、ただ闇雲に走った。もう逃げられないと確信しつつ、最後まで諦めない意識を思いだしていた。


「キャプテン!」


 どこから自分を呼ぶ声が聞こえた。だが、足を止める度胸は無かった。走りながら足が震え、無意識に小便を漏らしつつ走り続けた。すぐ目の前にある大きな建物はスーパーマーケットかも知れない。


 あの壁の影に入れば!とリッジは走った。高速徹甲弾ならば簡単に貫通するのは解って居るのだが。


「ヒィィィィ!」


 無様な声だと思った。少なくともバード中尉には絶対に見せられない姿だ。男は気になる女の前では格好付けて当たり前。だからこそ、こんなブザマな姿は見せられないのだが……


「あれ?」


 銃弾が降ってこない。ふとそれに気が付いたリッジは、マーケットの壁から顔を出した。そして、その時点で気が付いた。シェルが明後日の方向を向いていると言う事に。


 尚且つ、その機体の背にあったメインエンジンが白熱し、今まさに離陸しようとしている事に。一度飛び上がってしまえば、シェルは通常兵器で補足し攻撃する事など出来ない。


 ――――終わりか!


 グッと奥歯を噛んだ時、凄まじい打撃音と同時に何かの破片が飛び散った。衝撃波がやって来て、リッジは地面に転がった。ふと見上げた時、ニューホライズンの大きな空が見えた。


 ――――空を見て死ぬのも悪くない……


 そんな事を思ったのだが、最期の時は来なかった。それだけで無く、見上げていた空に何かが横切ったのを捉えた?


 ――――え?


 驚いて身体を起こすと、まさにシェルが飛び立つ所だった。地面に居た大量の人々が一斉に焼き払われ、嫌な臭いが辺りに立ちこめた。しかし、そんな臭いの全てを吹き払うようにシェルが離陸していく。


 ――――手遅れか……


 凄まじい轟音と振動を残し、シリウス製のシェルがニューホライズンの空へと舞い上がった。だが、その直後にシリウスロボが大爆発した。大量の破片を四散させたロボがガクリと崩れ落ち、大量の死体を踏み潰した。


 何が起きているのかを理解出来ないリッジだが、抱えていた戦闘支援無線の中に緊急通達メロディが流れた。そして、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


『こちら501大隊Bチーム。ブラックバーンズだ。現在アケト市街上空でシリウスのシェルとやり合っている。地上展開中の各地上部隊は安全な所に非難して欲しい。これから派手にやり合うので、衝撃波が発生すると思われる』


 それは、Bチームの副長であるドリー大尉の声だった。だが、すぐさま地域作戦本部の声が聞こえ、自分のデータが古い事をリッジは知った。


『こちら地域作戦本部。Bチーム各機は地上戦力に注意されたい。被害甚大な模様なので通信が出来ない可能性がある。詳細はドリー少佐の裁量に任せます』


 ――――……ドリー少佐?


 その時点で『あっ!』とリッジは思い至った。あのバード少尉が昇進して中尉になったのだ。サイボーグ士官は全員昇進した可能性が高い。


「くそっ!」


 そんな悪態を吐いたリッジは、苦々しい表情で空を見上げた。そして、シェルを攻撃しながら飛び回っている何かを見つけた。


 それは、小型のシェルと言って良い代物だった。地上の重力を受けながら戦闘するのに最適のサイズである事が予想された。だが戦闘装備だけは相当なモノが奢られているらしい。


 見る見るうちにシェルの装甲が削られ、飛行が安定しなくなりだした。そして、アケト郊外の広い荒れ地に姿勢を崩しながら不時着した。大量の土砂が舞い上がりシェルは転げ回って止まった。


 ――――アレじゃパイロットは……


 そんな事を思った瞬間、シェルが大爆発を起こした。シリウス製の大出力エンジン『ディアブロス』は地球製に比べ耐久性に劣ると聞くが、詳しい事は機密の向こう側だ。


「フレディ!」


 リッジはハッと彼を思いだした。勇気を出して攻撃したフレデリック・ブーン曹長だ。ガタガタになった荒れ地を走ったリッジは、手持ちの医薬品を確かめた。エマージェンシーキットの中身は少々寂しい事になっていた。


「ネリス! ネリス准尉はどこだ!」


 大声を上げながら走ったリッジ。だが、そのネリスが蹲っているのが見え、リッジはまずネリスの様子を見に行った。そしてそこで、リッジは見つけた。下半身を吹き飛ばされたフレディが虫の息で笑っているのを……


「フレディ!」


 慌ててそこへ滑り込んだリッジは、水筒の水を取りだした。どんな人間だって末期には水を求めるのだ。


「曹長……いま……」


 何かを言いかけた時、ネリスは問答無用で緊急冷却バックを広げた。それを見た時、リッジは僅かに表情が変わった。ただ、それでも、リッジは無言で手伝っていた。自分では無くフレディがサイボーグ化される可能性を承知で……

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