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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第19話 オペレーション・ダウンフォール
303/358

新兵器vs強敵

~承前






 目まぐるしく変わる地上の光景を見ながら、バードはそこが広大な農場地帯である事をようやく理解した。散在するタワー状の構造物を最初はサイロだと思ったのだが、ややあってそれが居住区画であると気が付く。


 ――逃げ出せないように作られた監獄状のアパート……


 そんな印象もあながち間違いでは無いらしい。バードはいま地上効果が現れるギリギリの高度を音速の2倍で飛んでいた。リフティングボディ形状の高速強襲型対地攻撃兵器ケンプファーは、バードのデコットを包んで飛翔中だ。


「そろそろ会敵エリアに入る。言うまでも無いがこれはデモンストレーションだ」


 脳内に直接響く無線では無く、ドリーの声が実音声として耳に届く。だが、その声は大気を震わす音波としてではく、その様に脳が理解しているだけだった。


「ボチボチ対空戦闘兵器ゾーンに入る。目一杯増速するぞ!」


 ジャクソンの声がやや上ずっている。ただ、それも無理の無い事だ。


 そもそもシェルを大気圏内の有重力環境で使おうと言う事自体が狂気の沙汰なのだが、それを更に加速させ、大気圏内でもっと使いやすい兵器を作ろうと言う発想自体が狂気の産物だった。


 大気との摩擦や惑星環境下における面倒な外力――重力――に抗する為、機体は出来る限り小さく軽く、そして高速を志向して作られた。ただそれは、結果論として装甲と言う重要なファクターとのバーターだ。


 高密度金属で作られた重装甲がシェルの特徴だが、このケンプファーは正面部分以外に装甲らしい装甲が装備されていない代物だ。そしてその正面装甲ですら、音速を超える機体に掛かる断熱圧縮の高温を受け流す為の耐熱マテリアルだ。


 ――――パイロットの安全性は一切保証しない……


 そんな意志が見え隠れするこの強襲兵器は、リモートコントロールするのを前提にサイボーグが使われる兵器。そして、これ自体がエディの意志の発露だとバードは感じた。


 つまり、いつまでもサイボーグが現場で必要とされる為に造られたモノ。言い換えれば、あのブーステッド達やシリウス側のレプリカントの様に。必要ないからと言って自爆前提の無茶な作戦に投入されないように……だ。


 ――まぁ仕方ないか……


 内心で苦笑いしたバードは、無意識レベルで両肩にある使い捨てブースターに点火した。大気圏外で使うシェルのように強烈なGが襲い掛かってくるのだが、ブラックアウトなどの現象は一切起きなかった。


 ――身体は止まってるんだからね……


 そう。()()()()()()は今、ケンプファーが発信した戦略拠点の1つに居た。その周辺には502大隊所属なDチームの大型シェルが警備していて、海兵隊では無くシリウス地上軍と共に警戒に当たっていた。


 そして、Bチームのコントロールするケンプファーは、セドからセント・ゼロへと延びる街道沿いの中規模都市アケトに向かっていた。複数の街道がこの街に一旦集まり、ここからセントゼロへの道が始まっている。その街道はヲセカイ主要道路の中で管理ナンバー1を持っていた。


「あった! アレだな!」


 ペイトンの声が弾む。衛星放送受信用のパラボラアンテナに偽装された誘導レーダーがこっちを向いている。こちら側の空に衛星が無い以上、放送受信向けという線はあり得ない。


「ヤッホォー!」

「オッシャー!」


 ライアンの奇声にヴァシリが応えた。そのアンテナの直上をケンプファーが最高速で突っ切った。バードの視界に浮かぶデータでは1500ノットの表示が浮いている。


 地上効果の発生する高度をマッハ2で飛ぶのは狂気の沙汰だ。だが、それ以上に今は狂気染みた事をやっていた。対空兵器のど真ん中へと飛び込んだケンプファーは、垂直ランチャーからコールドローンチで撃ち上げられたミサイルに追跡され始めていた。


「あっはっはっは! 最高の鬼ごっこだぜ!」


 ライアンの声が相変わらずだ。ただ、笑ってばかりも居られない。メインブースターに点火した対空ミサイルが猛スピードで追跡してくる。バードの機体に付いている後方警戒システムが後方に向けガンランチャーを向けた。


 ――エッ?


 一瞬何が行われたのかバードは理解出来なかった。ただ、ケンプファーから送られてきたデータは、震動という形でバードの脳に届いた。


 ――マッハ2の音速飛行中に後方へ実弾射撃??


 どれ程に初速が高くとも、マッハ2を越える初速での射撃は火薬発射銃では出来ない。つまり、機体がマッハ2で飛行中ならば、ガンランチャーからバラ撒かれた弾丸はその場にポトリと落ちるか、射撃された方向と180度逆のベクトル方向で徐々に加速するように見える。


 つまり、そこへミサイルが飛び込む事になるのだ。ユゴニオ弾性限界を越える速度にならないよう、そうやってコントロールしているのだった。


「はっ! こりゃスゲェ!」


 それが誰の声だかバードは理解出来ない。だが、少なくともベテラン側では無く新任少尉の側だと思った。ついでに言えば、あのウルフライダーと本気でやり合った事の無いだろう。


 こんな状況など今まで幾らでもあったし、宇宙空間では何度も誘導ミサイルをガンランチャーで撃破して同じシーンを見てきた。爆発して拡がる火球もシェルから見れば爆縮に見えるのだ。


「それ! 見えてきたぜ!」

「ここを叩くのね」


 ロックの声に何とも嬉しそうな声で返答したバード。その機体は地形追随レーダーにしたがって瞬間的に高度を上げ、機体はまるで弾かれたボールのように一瞬で上昇した。


 一瞬だけ視界の広がった状態だが、その直後には地面に突っ込むように高度を下げた。地上効果によりリフティングボディが揚力を取り返し、機体は強い前傾姿勢のまま一気呵成な突進を見せている。


「しかしよぉ…… オヤジはフルサイズのシェルでこれをやったんだろ?」


 ジャクソンの驚きに満ちた声に少尉達が息を呑んだ。かつて直接話を聞いたロックとバードは、そこに出てくるテッドとリディアの普通では無い青春時代を思い起こした。


「この地上で激しいドッグファイとしたって聞いたけどさ……」


 ロックは相変わらずぶっきらぼうな物言いだ。その言葉にダブが『それってマジで?』と遠慮の無い言葉を返してくる。チームの一員になったんだな……と妙な感慨に耽ったバードは、ロックに代わりに返答した。


「あのウルフライダーなリディア大佐と本気でやり合ったって聞いたよ。と言うか最初は正体知らなかったから、本気で殺すつもりでやり合ったって」


 僅かでもテッドと飛んだ者なら、その言葉の意味は嫌と言う程理解出来る。常識や物理法則と言ったモノの全てを無視するように飛ぶテッドのシェルは、一般人の想像の範囲を軽く飛び越える。


 だが、そんなテッド機と互角に渡り合ったと言うリディア大佐が何者なのか。それについての立体的な知識を持つ者は、このチームの中ではロックとバードだけ。どこで産まれた何者なのか。その情報はある意味で非常に重要だった。


「まぁ、なんだ。ボスの腕はエディ仕込みって話だからな」


 かつて地球上空でエディとやり合った面々は、エディの常識外れな実力を思いだした。全ての面で戦闘を支配される圧倒的な実力差がそこにあるのだ。そして、その領域に達するには命を削る戦闘を幾つも経験しないと駄目なんだという事も。


 理論や理屈や理念と言った理詰めで答えの出る問題では無い。それら全てを乗り越えた先に、理を越えた領域がある事を現実で教えてくれる存在。それはややもすれば精神論で片付けられてしまうモノかも知れない。


 しかし、確実に言える事が1つだけあって、それは、考える前に身体が動くように為ってないと対抗出来ないと言う事実だ。言い換えるなら、本能レベルの領域で戦える存在であり、エディと他の全ての人間は根本的に異なる生物と言う事だ。


 ――――戦士……

 ――――或いは騎士……

 ――――そんな存在を束ねる存在……


「まぁ、なんだ。我等の王って大佐達に呼ばれる存在は伊達じゃねぇってこった」


 ドリーが漏らしたその言葉には、嬉しさや楽しさと言ったモノが混じっていた。

 そして、その一員なんだと言わんばかりの姿勢をも垣間見えた。


 ――だよね……


 一瞬だけバードの意識が制御ボックスの中に鎮座する、()()()()()に返ってきたような気がした。デコットとしてヲセカイの地上数メートルを音速で飛ぶケンプファーでは無く、機械で作られた身体の中に……だ。


 もはや自分が機械である事すら忘れているような状態のバードだ。僅かに速度を落としマッハ1.5程でアケトを目指すBチームの面々は、新型地上強襲兵器の実戦テストに狩り出されていた。


「さて、手順を再確認する。と言ってもやる事はシェルと変わらない。まぁ、散々シミュレーターでやった通りだ。とりあえずヴァシリとアーネストは墜落しない事だけを注意しろ。その機材は高いぞ?」


 余り笑えないドリーのジョークに全員が失笑する。そんなシーンを見ながら、バードはアケト市街に思いを馳せた。ここに投入されたODSTは101大隊と102大隊らしい。


 と言う事は、この街に入ったODSTの何処かに、あのサンクレメンテでしごきあげたリッジことライナリッジが居る筈だ。そしてその下にはバーンズ曹長やフレディ曹長が居る筈。


 ――助けないとね……


 一瞬だけニヤリと笑ったバード。だが、その表情筋は固く、使い込まれていない顔のユニットは作り物のままだった……






 ――――――――同じ頃






「キャプテン!! 何かが高速で接近してきます!」


 ODST102大隊を預かるライナリッジは、いつの間にか大尉になっていた。バードと同じ少尉だったはずだが、サイボーグ士官よりも遙かに速い速度で生身の士官は出世していくのが常だ。


 それに伴い現場を離れ、事務方や後方支援などに回る事も多いのだが、このライナリッジに関して言えば意地でも現場を希望する状態になっていた。その関係で、今はこのアケト中心部へ突入しようとしている面々と共に市街地の中に居た。


「恐らく地上支援のサイボーグチームだ。ただ、連中の手を煩わせるのもなんだからな。一気に方を付けるぞ!」


 リッジは残っていた弾薬の整理を命じ、それと同時に自分自身のS-4自動小銃をメンテナンスした。7.62ミリの弾丸を吐き出す銃故に銃身の消耗が激しいのだ。


 スペアの銃身に変えたリッジは、廃棄する銃身を足で蹴って大きく折り曲げ、誰かが新品と勘違いして再利用しないようにへし折った。こう言った部分で気を使えるかどうかで、バードの評価が大きく変わるのを知っているのだ。


 ――――そういや中尉に昇進したらしいな……


 リッジの中にはまだバードへの想いがあった。叶わぬ夢とは知りつつも、重傷を受けてサイボーグ化した上で501大隊へ配属という流れを夢見ていた。そして、その先にはバードが居て、彼女の相方なロックは戦死していると言う寸法だ。


 ――――間抜けな妄想だな……


 そうは思いつつも、それを願う男の願望は止められない。突き詰めればそれは、男の本能その物なのだから。


「戦況は!」


 前線へと進み出たリッジの視界に写るのは、アケトの市街地に陣取る抵抗拠点とかした強行派による簡易砦だった。


 誰かが野戦築城でも指導したのか?と訝しがりたくもなるレベルで強靱な陣地が築かれている。そしてそこには、目の色を変えて抵抗する事を選んだ独立派市民が立て籠もっている。


 もはや独立できるなどとは思っていない集団だ。だが、大人しく降伏するなどと言う選択肢は無いし、平和的な解決を図ろうなどと調子の良い事を言う要素は1ミリも無い純粋な抵抗集団だ。


 つまり、1人残らず叩き潰すしか無い。叩き潰して絶望を植えつけ、その牙を力尽くで抜いてやる。その上で穏やかにシリウス社会へ溶けこむ流れを作ってやる。それもまた戦後処理を見据えたモノなのだ。


 だが……


「ぶっちゃけ無理じゃねぇかと」


 遠慮無くそう言ったバーンズも曹長から上級曹長へと出世していた。技術曹長の資格を取り3年の実務をこなした彼は、半ば名誉職と言うべき海兵隊上級曹長の待遇だった。


「連中、どっちかって言うと戦って死にたいって思考ですぜ?」


 バーンズと共に並んでいたフレディですらも、そう言って無駄な努力の可能性を指摘していた。このライナリッジがバードに良い姿を見せたいと願っているのは言うまでも無い事だ。


 だが、それに付き合わされる側はたまったもんじゃ無いと言うのが本音だ。それでもリッジはそれを求めるだろうし、付き合わされる側は苦労する事になる。


「まぁなんだ。死にたいんなら望み通り殺してやろう。彼らは戦って死にたいんだろうからな」


 その言葉にバーンズとフレディが苦笑いを浮かべる。しかし、そんなシーンとは裏腹に、周辺に展開するODSTが着々と突入準備を進めていた。アケトの中心部んは凡そ3000名の独立派市民が陣取っている。その全てを焼き払うのだ。


「行くぞ!」


 リッジは先頭切って走り出し、ODST第2大隊の面々が一斉に散開陣形で前進を開始した。都市部には身を隠す場所が幾らでもあるので、大部隊での前進はそれだけで敵へのプレッシャーになる。

 ただ、この時点でリッジは致命的レベルでの判断違いを犯していた。この街の中心部に立て籠もる独立派の抵抗力は尋常じゃないのだ。そして、その抵抗力の根源にリッジはぶち当たった。


「キャプテン! ヤベェものがいやすぜ!」


 それを叫んだバーンズは、瓦礫の中で身を低くして()()を眺めた。


 ――――マジかよ……


 それは、かつての地上戦で連邦軍相手に猛威をふるったシリウスロボだった。

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