9.繋がる想い(9/42)
夕暮れに目が覚めた。俺が倒れたことも村でさっそく噂になったらしい。村長の屋敷にお見舞いと称して、食材が届けられた。
ウナギというぬるっとした川魚に、一メートル以上ある長い山芋。それに鹿の赤身肉やら、今朝採れた卵が山のように篭に積まれていた。
他にも村の名産だという豆やら、俺は見たことも無いがちゃんと食用だというキノコ(ちょっと毒々しい外観だが美味いらしい)やら。
屋敷のキッチンでエプロン姿のマリエルが「今晩は腕を振るうから、待っててね!」と、袖まくり。
山の幸をメインにした、素朴ながらも豪勢な夕食をソンチョとマリエルと三人で囲んだ。
結果――
昼間に眠っていたこともあって、寝付けない。
身体の様子がおかしい。火照っている。慣れない農作業で全身がバキバキになったというのに、もう完全回復していた。
それどころか力が有り余っている。
持て余している。何とは言わないが。
あてがわれた屋敷の客間で悶々としていると……。
廊下側からドアがノックされた。
「ログ君……起きてる?」
マリエルだった。部屋に入って後ろ手に扉を閉める。
彼女は……薄着だった。透けるような寝具姿だ。
青白い月明かりが窓から差し込む。浮かび上がった彼女の柔肌は、それでもどことなく紅潮して見えた。
「寝付けないのか?」
「うん……あのね……お願いしてもいいかな」
「あ、ああ。けど、こんな夜中に」
「えっとね……え……」
「え?」
「えっち……してほしいなって」
「なん……だと」
「お、驚かないでよ! ずっとずっと我慢してたんだから! ログ君は優しいけど、そういうこと興味無いんじゃないかってくらいだったし」
「興味無いわけ……無いだろ。俺だって男だから」
「じゃあ、して……くれるかな?」
上目遣い気味に顔を真っ赤にするマリエルが愛おしい。
彼女の気持ちに気づけなかった自身の鈍感さに辟易せざるをえない。
「いいのか?」
彼女は小さく頷いた。
「うん。ログ君のことが好きだから。好きすぎて怖いくらい」
「怖がることなんてないだろ?」
「そう……だよね。だからね、ログ君なら……いいなって」
彼女は大きな瞳に涙をため込んでいた。
「初めてだから……優しくね」
「じゃあ同じだな、俺と」
お互いに正面に立って両手の指を絡め合うように握る。
「いっぱい気持ち良くしてね」
「ぜ、善処する」
「うん……君らしいな……本当に」
そのまま前のめりに彼女は体重を預けてきた。
ベッドに二人、倒れ込む。
キスだけは何度もしたのに、まるで初めてのような感触だった。
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「ログ君と結ばれて……死んでもいいって思っちゃった」
「縁起でも無いこと言うなよ」
「演技じゃないよ本気だよ」
「いや、その演技じゃなくて」
「なーんてね、わかってるって」
「不安にさせないでくれ」
「本当だよ……泣けてきちゃうくらい」
「あっ……ええと……大丈夫か?」
「うん……大丈夫だよ、わたしは」
「辛いことや嫌なことがあったら、ちゃんと言ってくれよ」
「うん、ありがと。驚かせちゃってごめんねログ君。……また、しようね」
この夜を、俺は生涯忘れない。
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フォート村に着いてすぐ、彼女の故郷で結ばれた。
それから一ヶ月。
農作業に従事した俺は、それなりに筋力も鍛えられていた。大学では講義ばかりだったし、思えばまともな鍛錬なんてしてこなかったので、身体にキレを感じるなんて初めてのことだ。
マリエルとは一層親密になり、俺の寝室は客間からマリエルと同室になった。
夜の関係もほぼ毎晩続いている。
段々と彼女がどうして欲しいのかが、わかるようになってきた。
上達……してるのかな、これって。
だからもう、全てにおいて満足で、幸せで、これ以上は何もいらなかった。
そんな矢先――
村長に呼び出された。応接室でソファーにかしこまる俺に村長は言う。
「実はお願いがあってのぉ」
「あ、あの! すみません! 夜の事は!」
「そのことで呼んだのではないぞ! 若い者同士が盛んなことはその……結構なことじゃ」
ホッと胸をなで下ろした。なにせマリエルはソンチョにとっては大切な孫なのだ。それをその、毎晩となれば……親族として複雑な感情を抱いていてもおかしくないところだろう。
「では、なんですか?」
ソンチョは丸太のような腕を組む。
「やはりお前さんには農作業は向いておらぬようでな。仕事を辞めてもらうことにした」
「えっ!? クビってことですか?」
「そういうことじゃな」
目の前が真っ暗になった。このままでは本当に、マリエルに食わせてもらうことになってしまうじゃないか!?
新しい仕事は魔法の先生だった。
子供達が二十人ほど。村の中央広場に集まっている。
下は六歳。上は十二歳まで。男女の比率は半々といったところか。
この一ヶ月、農作業に従事し村の暮らしをしてきた俺が見知った顔もある。
主にマリエルに会いに来た子供達だな。
「わー! 魔法の先生やってくれるの!?」
「ログせんせーだねぇ!」
「あ、あちし……ログせんせーって……か、かっこいいっておもうの」
「ダメだぞ! ログ先生はマリエルお姉ちゃんとカップルなんだから」
「ヒューヒュー!」
村の子供達あらため、ガキどもとしよう。
さて――
ここには講義のための教室も無ければ、黒板も実験器具も何も無い。
座学と実践でそれなりに魔法を修めた俺だが、人に教える……よりにもよってガキんちょども相手に、どうしたものか。
教本だって無いしな。
ガキどもの視線が集まる。
「早く教えてよー!」
「オレ強い魔法がいい! 山とか吹き飛ばすやつ!」
「あちしはえっと……す、好きになってもらう魔法がいいなぁ」
「それ誰に使うつもりだよ?」
「私はマリエル姉様みたいな光魔法を習得したいです!」
一部、本気で学びたい勢もいるらしい。
仕方ない。俺は手頃な木の枝を筆代わりに、土の地面をキャンパスとすることにした。
やれるだけ、やってみよう。
生徒達への第一声は……。
「魔法とは感情である。感情とは記憶である」
大学で一番最初に聞かされた恩師(?)の受け売りから始めることにした。
魔法の才能は人それぞれだ。村の子供達は平均して魔法力は低かった。中には才能の片鱗を感じさせる子もいたが、感情制御が出来ずに魔法力を暴発させがちだ。
そういった子供に感情制御を教える。問題は、感情から魔法力を引き出すのが苦手な子供だった。
この村は平和なのだろう。実際、一ヶ月暮らしてみて理解した。大人も子供も自分のなすべきことをしつつも、のどかで穏やかな日々が続くのだ。
共同体として一体感があり、お互い助け合って生きている。
だからだろう。負の感情が少ない。
憎しみや怒りや痛みは強烈な魔法力を生み出す。
この村の子供達を見ていると、そういったものとは無縁に思えた。
自分の幼少期と比べると、こいつらは幸福だ。
俺が魔法に打ち込んだのも、父親への怒りや兄達に対する嫉妬心、対抗心からだった。
だからといって魔法を教えるために、憎しみの感情を植え付けるなんて本末転倒だ。
結局、破壊的な魔法や呪詛的なものは排して、子供達には生活に役立つ基礎魔法を教えることになった。
しかし、どうしてだろう。
こんなにのどかな村で生まれ育ったマリエルが、あれほどの光魔法を使いこなせるなんて……。
これも勇者の血筋のなせる業か。
青空教室で毎日子供達に授業と個別指導をする日々が三週間ほど続いたところで――
ある日のこと、授業を終えた俺をマリエルが迎えに来た。
村の広場から村長の屋敷に向かい並んで歩いていると……。
不意にマリエルが立ち止まった。
「先生、向いてるんじゃない?」
「そうかな」
「子供達の評判もいいし」
意外だな。初歩も初歩すぎる内容なのに。
「まあ、教えてるのは基礎ばかりだけどな。それにしたって……子供は苦手だ」
「えっ!? あんなに仲良しなのに」
「遠慮が無いしマセてるしうるさいし……」
「そっかぁ……でもログ君には好きになって欲しいな、子供」
言うなり彼女は俺の手をとると、彼女のお腹のあたりにそっと触れさせた。
「急にどうしたんだ?」
「えへへ……あのね……出来ちゃったみたい」
「出来たって……何が?」
「んもう! 鈍感なんだから」
お腹に出来る……子供を好きになって欲しいって……まさか!?
「あ、赤ちゃんか!?」
「うん! そうだよ。来年にはパパだねログ君」
青い瞳に涙が浮かぶ。
「大丈夫か?」
「あれ……おかしいな……ううん、きっと泣くほど嬉しいんだと思う」
俺が……親になるだって!?
俺みたいな人間に、人の親が務まるのだろうか。
いや、そんなことよりも。
胸の中に湧き上がったのは、ただただシンプルな幸福感だった。
言葉が自然と漏れ出る。
「あ、あ、ありがとう」
震え声の俺に、彼女は涙をこぼしながら微笑んだ。
「ふふっ♪ ログ君、そこは『ありがとう』なんだ」
「他に言葉が思い浮かばない」
「そうだね。だから、おめでとうだよログ君」
愛おしそうに彼女は自身のお腹を優しく撫でた。新しい命を慈しむその顔は、母親のものだった。
記憶にも無い自分の母も、俺が産まれた時にはこんな顔をしてくれたのだろうか。
噂はあっという間に広まって、ドレスが入るうちにと結婚式の準備が進められることになった。
フォート村に来てから、のどかなスローライフどころか急転直下の連続である。




