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8/42

8.契約(8/42)

 精霊を祀る教会も外観は王都のそれと遜色無かった。ただ、大聖堂とは規模が違う。鐘楼もこぢんまりとしていた。


 聖堂に入る。正面には外光を取り込みうっすら光るステンドグラス。描かれているのは背に翼をもった精霊様だった。


 村長に促され奥へと進む。本来、説教台がある場所に台座が備え付けられていた。

 本が二冊。白と黒という色の違いこそあれ、同じ装丁のされた立派なものだ。

 それぞれ栞がはさんである。


 他に台座にはペンとインクが揃っている。まるで記帳台だ。

 ソンチョが白い本を手に取り開いた。瞬間、本から魔法力の揺らぎを感じた。


「気付いたようじゃのログ殿」

「普通の本じゃないんですね」

「そうじゃ。精霊様に祝福されたこの二冊。光の書と影の書というての。片方に書いたものが、もう片方にも記されるようになっておる」


「複製魔法ですか?」

「それよりも、もっと強固なものじゃ。この本は、たとえ星々の距離ほど引き離されておっても、描いたものが同時に記されるようになっておる」


 もう一方の影の書も開く。新しいページには何も書かれていなかった。

 ソンチョは続ける。


「ここにログ殿の姓名を記してほしい。そうすれば晴れて村の一員じゃ」

「魔法の掛かった本に名前を?」


 もし、魔法的な誓約や制約がある場合には、その呪いを受けることになりかねない。


「警戒するのは当然じゃが、それがしきたりなのじゃよ。当然、名を記せば誓約となる」

「具体的な契約内容の開示を要求する……じゃなくて、教えてくれませんか?」


 ソンチョは顎髭を整えるように撫でた。


「ホッホッホ。今のが、お前さんの本性じゃな。正直になってくれて嬉しいぞ。しかしのぉ、言えぬのじゃ」

「言えない? どうしてです?」

「それも誓約のうちじゃ」


 どんな内容かもわからないのに、魔法的な契約を呑まされるなんてあり得ない。

 ソンチョは悲しげな目をすると。


「過去にはここで止めて帰った者もおる。マリエルの父親がそうじゃった。赤子のマリエルを村に送り届けたまでは良かったが……じゃから、お前さんが去っても誰も責めんよ。もちろん、マリエルもな」


 だから俺だけを教会に連れてきたのか。

 ここで逃げても良いように。村長なりの配慮だったのかもしれない。


 だが――


「お茶が冷める前に帰りましょう」


 俺はペンを取りインクをつけて光の書に走らせた。

 不思議なことに、隣に並んだ影の書にも同時に俺の名が記される。一瞬の遅延も無く。

 名を記すと、二冊それぞれのログ・ノーティスの文字が一度だけ光った。


 何が起こるか身構えたが、特に心身共に変調は感じられない。


「これで構いませんね? 契約内容を教えてくれますか?」

「まさか即決するとはの」

「マリエルを守ると誓ったんです。他の誰にも代わりなんてさせません」

「ホッホッホ。こりゃガミルじゃ勝てぬわい」


 ガミルというのは村の入り口で俺に敵意を向けてきた、マリエルの幼なじみだったか。

 それよりも。


「で、契約内容は?」

「勇者の血を引く者……マリエルの願いを叶えること……じゃ」


 拍子抜けだな。もとより、そのつもりだ。


「俺に出来ること。俺が可能な範囲内、最大限でマリエルの願いを叶えます」

「ふむ……そうか。マリエルは幸せ者じゃ。お前さんのような、素晴らしい伴侶に恵まれて……」


 どこか悲しげに老人は笑った。


「は、伴侶って……」

「あいつを幸せにしてやってくれ」

「はい! もちろんです!」


 最初に教会で誓う相手はマリエル本人が良かったのだが、ともあれ――

 こうして俺はフォート村の一員に名を連ねることとなった。




 光の書と影の書について、あのあとソンチョから再度説明があった。

 一度書いたものは消せないというのだ。


 だから、村で死んだ者の名には取り消し線を村長が書き込むらしい。

 消えてしまった者。いなくなった者も同様だという。


 加えて、この二冊は無限だった。

 ページをめくってもめくっても終わりがない。


 厚みは一定なのに、数千ページでも数万ページでも記すことができるのである。


 一番新しいページには常に栞が挟まれるようになっており、そこから遡る限界はあれど、未来は無限に続いている。


 大学の教授連中が知ったら、研究調査の名目で強奪しかねないな。


 翌日には村中に、俺が名前を記したことが知れていた。


 というか、消える人間は翌日まで村に残らないのだ。


 こうなると、もはや誰も敵意を向けてくることはなかった。


 マリエルの幼なじみのガミルにまで「俺の負けだ……マリエルを任せたぞ」なんて肩を組まれた。目が真っ赤だ。泣きはらしたんだろう。気の毒にも思えたが、譲るつもりはない。


 だから「任された」とだけ、短く返した。


 マリエルはといえば、喜んでくれるかと思いきや神妙な面持ちだ。


 青空の下。

 彼女は鍬を振りかぶり、大地に振り下ろしながら言う。


「誓約のこと、気にしなくていいからね?」


 隣で同じく、鍬を振りかぶって俺は返す。


「それも願いなのか?」

「あっ! もう、意地悪なんだから!」

「ごめんごめん。けど、無茶は言わないでくれよ」

「当たり前じゃん。わたしはログ君とこうして畑を耕せて嬉しいんだから!」


 働かざる者喰うべからず。ではないが、何か仕事をさせて欲しいと村長に願い出たところ、マリエルが好きだという農作業に従事することになった。


 日差しの下で汗を掻く。土に鍬の一撃を打ち込む度に、体中が鈍い悲鳴をあげた。


 なんというか、農具がやたらと重たいのだ。まるで鍛錬だった。


 マリエルは俺の三倍近い能率で開墾を続けている。


「本当に身体が弱いのかよ?」

「筋力と魔法力はすごいんだよ。ほら、ええと……勇者の末裔だから」


 もう隠す必要もなくなったからか、マリエルが言いよどむことは少なくなった。思えば大学で時々、はぐらかしがちだった彼女だが、勇者の血筋であることに関しての話で、言いたくても言えなかったんだろうな。


「そういえば、確かにちょっと重かったかも」

「あっ! 今体重の話した? 気にしてるんだから! そういうとこノンデリだよログ君は」

「ち、違うって! 筋密度が高いって意味だから。褒め言葉だ」

「女心がわかってないなぁ……もう」


 口を尖らせている間も、彼女の鍬を振るう手は止まらない。

 こちらは三十分もせずヘトヘトだ。


「ログ君って農作業向いてないかもね? 別に家でゆっくりしててもいいんだよ? わたしが養ってあげるから」

「聞き捨てならんな。うおおおおおお!」


 力を搾り出すように、俺は鍬を振るった。

 おかげで、そのあと十分と経たずにぶっ倒れることになるのだった。




 農作業初日はさんざんだった。

 村人達に担架で村長の屋敷まで搬送されたのである。


 我ながら情けない。

 ベッドに寝かされていると、マリエルが脇に座って俺の顔をのぞき込んできた。


「こういうの、二度目だね」

「あの時とは状況が大分違うな。今回は途方も無く格好が悪い」

「ううん、ログ君はいつだって格好いいよ。わたしの王子様だもの」

「お、王子様……って、からかうなよ」

「本当だよ。だから元気出して」


 彼女がそっと俺の額を撫でる。かすかな魔法力を感じた。が、心地良かった。


「魔法か?」

「うん。ログ君は御存知ないかもしれませんが、わたしってかの有名な王立魔法大学で、生命魔法学を学んでいたのだよ!」


「知ってるし、俺の口まねをするなって」

「あちゃーバレたか。けど、どう? 気持ち良いでしょ? 手当って言葉があるけど、これはその魔法。触れる事で相手の痛みを和らげるんだ」


 マリエルの優しい魔法力が俺の額を通じて全身に流れ込むようで、心地良かった。このまま寝入ってしまいそうだ。


「すごく身体が楽になった。ありがとうマリエル」

「どういたしまして」


 彼女は嬉しそうに微笑む。俺が落ち着いたところで。


「ログ君は勇者の事、どれくらい知ってる?」

「魔王を封印した偉人だろ。魔族達もすっかりなりを潜めて、世界を平和にしたって……俺はノーティス家の人間だけど、正直、あまり興味は無かったな」

「ガーン! ショックかも」

「わ、悪い」


「なーんて嘘だよ。勇者なんて遠い過去の人だし、正直、わたしだってご先祖様のことはよく知らないんだ」

「なんだよ、騙したのか」

「ふっふっふ~♪ まだまだ甘いね、ログ君は」


 普段のやりとりに心がホッとする。正直、フォート村に着いた時には不安もあったが、マリエルさえ隣にいてくれるなら、俺はどこでもやっていける気がした。


 不意にマリエルが真面目な顔になる。


「あのね、村の言い伝えなんだけど……勇者は精霊様と人間の間に生まれたんだって。不思議だよね。結婚して子供が出来ちゃうなんて」

「実際にどうかは当時の資料などを調べる必要がありそうだが、そもそも残されてもいないだろうな。魔王軍が猛威を振るっていた戦乱の時代だったろうし」

「んもー! 真面目だなぁ」

「そっちが真面目な顔をしたから、真摯に応えたんだ」


「勇者って謎だらけだよね。王国中の人達はみんな知ってるのに、名前もどんな人だったかも知らないなんて」

「ルミナスの血を絶やさないために秘密にしたんだろ?」

「それもあると思うんだけどね……お祖父ちゃんから聞いた、とっておきの話があるんだ」


 まるで親が子供に絵本を読み聞かせるように、マリエルは続けた。


「むかーしむかし、精霊様と人間の間に生まれた勇者は、魔王軍を倒すため世界を巡りました。仲間を集めて魔王に挑み、それを封印することができたのです。けれど、勇者は歴史の闇に消えてしまいました。なぜでしょう? 実は、人間は魔王軍にも魔族にも、勝てるはずが無かったのです。勇者の力は人間のそれを遙かに超えていました。そうならねばならなかった。勇者は魔王を封印するために、自分自身のなにもかもを捧げたのです。勇者は戦う度に心を失っていきました。魔王を封印した時に、勇者は空っぽになってしまったのです。勇者は自分が勇者であることさえ忘れてしまいました。だから、勇者は英雄達の元を去り世界から消えてしまいましたとさ。めでたしめでたし」


「めでたくないだろ、その終わり方は!」


 彼女はクシュッと破顔した。

 俺の頭を撫でつつ。


「なんでもめでたしってつけておけば、お話は終えられるんだよ?」

「どう考えてもバッドエンドじゃないか」

「けどさ、勇者が勇者だってことを忘れて、普通の人として暮らせたのは良かったんじゃないかな……って」


「なんで?」

「だって、勇者のままだったら、戦いが終わったあともずっと勇者として忙しかったじゃない? 空っぽでも、一から違う人生を歩んで幸せになれたって思うんだよね」


 その末裔がマリエルなのか。


「前向きな考え方だな」

「人生を乗りきる哲学ってやつだよ、ログ君」

「お姉さんぶるなよ」

「わたしの方が年上でしょ?」

「それは……確かに」


 正論で言い負かされると同時に、マリエルの手当の魔法がさらに効いてきた。


「このままだと寝落ちしそうなんだが」

「落ちちゃえば?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「おやすみ、ログ君」


 まぶたが緞帳のように落ちると、彼女の手の感覚が消えて、代わりに額に柔らかいものが触れた。


 キス……だったのかもしれない。そして意識は闇の底へと静かに沈んだ。


配信予定はこんな感じです。


◆1日目:8月15日(土)

07:00:第1話・第2話・第3話

12:00:第4話

15:00:第5話

18:00:第6話

21:00:第7話


◆ 2日目:8月16日(日)

07:30 / 11:30 / 15:00 / 17:30 / 20:00 / 22:00


◆ 3日目〜6日目:8月17日(月)〜 20日(木)

06:40 / 12:10 / 16:30 / 18:10 / 20:40 / 23:00


◆ 7日目:8月21日(金)

06:40:第38話

12:10:第39話

17:30:第40話

19:30:第41話

21:00:第42話(最終話)

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